第九十話
港に降り立った彼らは、フリージアナの街の復興を横目で見つつ、それぞれ馬に乗って移動する。
エクリプスにはヤマトとルクスが乗り、ユイナは自身の馬を呼び出して乗った。
雪深い道をかき分けながら二頭が疾走していく。
どか雪が降る中、街を出て行った一行のことをいぶかしむ者もいたが、そんなものはどこふく風と言わんばかりに全速力で移動していた。エクリプスが先頭で雪道をかき分けているおかげでユイナの馬もそのスピードに何とかついていけている。
「ううっ……さ、さささ、寒いですね!?」
過去に別の大陸に移動したことのないルクスは、吹雪の冷たさにずっと寒いしか言えなくなっていた。防寒具に身を包んでいても、雪の降りしきる中を走り抜けると、冷たい風が痛いほど身体にたたきつけていたからだ。
「もう少しで到着するからがんばれ!」
追加と、ヤマトに新しく出してもらったマフラーに顔が見えなくなるほどまかれても、ルクスはガチガチに震えていた。
「ルクスがんばれー!」
元気よく応援するように手をあげたユイナもルクスに声をかけながら併走していた。
それから程なくして目的の大木のもとへ到着する。
「ううううう、よかったです」
ようやく吹雪にさらされることがなくなったため、ルクスは震えながらも安堵していた。ずずっと鼻をすすっている。
「中は吹雪の影響はないから安心するといいよ」
ふわりとほほ笑みつつ、雪をかき分けたヤマト。そこには相変わらず小さな洞窟の入り口があった。ここでエクリプスとユイナの馬には帰還命令を出しておく。
ヤマトの言葉を聞いたルクスは、早く入りましょうと懇願するような視線を送っていた。
「じゃあ、ミノスたちのところに行こうか」
「おー!」
「は、はははは、早く行きましょうっ!」
のんびりとした二人を急かすように足元でプルプル震えるルクスとともに大木の中に広がるダンジョンへと足を踏み入れた。
ダンジョン内に入ると、一気に温かな空気に包まれる。エントランスで防寒具を脱いだ彼らはミノスがいるであろう場所へ進んでいく。道中、モンスターはおらず、ヤマトたちは一戦もすることなく、すんなりとミノスのもとへ到着することとなった。
大きな扉はヤマトたちが来ると同時に中から開き、奥はミノスとアスターがいた。
「おぉ、お前たちか。よく無事で戻ってきた」
髭を撫でながら出迎えたミノスは、ヤマトたちがダンジョンに入ってきたことがわかっていたため、ダンジョン内のモンスターたちに襲いかからないよう命令を出していた。
「モンスターが襲ってこなかったので、無事に来られましたよ」
ミノスが言う無事というのは、西の大陸から無事にという意味だったが、にっこりと笑ったヤマトはあえてこのダンジョンを無傷で抜けてくることができたと話す。
二人はそれぞれの言葉の食い違いを理解しており、意味ありげにニヤリと笑いあう。
互いに一筋縄ではいかないことをアピールしていた。
「――さて、西の大陸に向かって成果は……新しい装備とその猫ということでいいのか?」
ぱっと見でわかる変化をミノスが口にする。ちょこちょこと二足歩行したルクスが深く一礼する。
「それはもちろんのことですが――例のアレも用意できました」
例のアレといえば、太陽の宝玉の復活案のことであることはミノスもわかっていた。
もちろんヤマトは自分がすっかりそのことを忘れていたのは口にはしないでおく。
「っ、お、おぉおおおぉ、本当にできるのか!?」
その言葉にミノスは勢いよく立ち上がり、感動したように声を上げる。
壁にもたれたまま目をつむって話を聞いていたアスターも壁から離れ、カッと目を開くほどだった。
それほどまでに太陽の宝玉の復活は彼らの念願だった。
「はい。まず、これです」
そう言ってヤマトが取り出したのは、ミノスから受け取った太陽の宝玉だった。艶やかな赤い実が芳醇な香りを放つ。
「これは……我が渡したものか?」
すっと目を細めたミノスは同一種のものではなく、自分が渡したものであると理解していた。
「そうです、本当はうちにあった太陽の宝玉の種を使おうと思ったんですが……これを使います」
満面の笑みのヤマトはアイテムボックスからナイフを取り出すと、するりとそれを差し込み、太陽の宝玉を半分にした。ナイフを入れた瞬間に癖のある香りが一層強くなり、中はとろりと果汁滴る艶やかな果肉が姿を現す。
その果肉の真ん中にぽっこりと丸い種が存在し、ヤマトは手際よく種を綺麗なまま取り出した。切り取られた実はというと、ユイナが用意していた皿に取り分けられ、アイテムボックスに収納する。
「――お、おい!」
Sランクの最高傑作である最後の太陽の宝玉にあっさりとナイフをいれたヤマトの動作に、ミノスもアスターも驚いていた。思わず手を伸ばすももう遅い。
「いいんです。ちなみに、木が生えるとしたらどこがいいですか?」
あっけらかんとしたヤマトの質問に、二人は顔を見合わせる。指し示しあったように彼らは頷いた。
「……こっちだ」
ため息交じりに手招きするアスターは案内を買って出る。部屋を出てどこかへ向かうべくずんずん進んでいった。
ミノスたちのいた部屋から出て、更に奥へ進んでいくと、ダンジョン内でありながら、さんさんと日の差す広場に到着した。
「これは……」
「うわあ、花が咲いてるよ!」
「素晴らしい場所ですねっ」
ここは雪国のただ中にあっても、暖かな日差しに包まれており、地面には多種多様な草花が生息している。降り注ぐ太陽の光を浴びた草花たちが生き生きと美しい姿を見せていた。
「ここはこのダンジョンの中でも奇跡的に生まれた部屋だ。どうやって日差しが差し込んでいるのかは長く住んでいる俺や親父殿でもわからん。……だが、ここはその日差しの恩恵を受けていろんな植物が生きている。昔はここに太陽の宝玉の木があったんだが――侵入者によってなぎ倒され、死んでしまった」
この風景は普段しかめっ面のアスターをも穏やかにさせるほど綺麗な風景だ。だがそれだけに、最後の言葉を口にしたときの彼の顔には相当の悔しさがにじんでいる。
「なるほど……それじゃあ、その木を復活させましょう」
彼の強い思いを受取ったヤマトは、草花の中でもぽっかりと開いた空間――以前、太陽の宝玉の木があった広場の中心に近づく。
そしてその地面をナイフで掘って、そこに太陽の宝玉の種を植えた。その手伝いをするようにユイナも付き添い、種の上にふわりと土をかける。
森の巫女という新しい職業に就いたユイナは、その時貰った【豊穣の杖】という初期装備を手に、祈りをささげ、種に祝福をかけた。一瞬、緑の優しい光が地面を照らし、祝福が成された証としてキラキラと光り輝く。
満足げに頷いたユイナはアイテムボックスから取り出した瓶をいくつかヤマトに手渡す。
「次にこれをかけてっと」
その内のひとつ目の瓶のふたを開けて、ヤマトが振りかけたのは【成長の水】と呼ばれるもの。
これは種の成長を数十倍にする効果があり、ゲーム時代のキャンペーンでもらえたアイテムだった。
「あとは、これもかけないと」
すぐに芽が出てくるので、ヤマトは急いで次の薬品をかけた。緑の液体が入った瓶の中身をぴしゃりと撒く。
「これは、【植物強化薬】だから、病気や虫に負けないようになるはず……――さて、あとは見守るだけだ」
ユイナと頷きあったヤマトは彼女の手を取ってその場を離れ、広場の入り口へと走って戻る。
「――さあ、ご覧あれ」
「……?」
何を言ってるんだ? とアスターはヤマトを見るが、彼もユイナも笑顔で広場の中央を見ていた。二人が何をしていたか分かったルクスもわくわくした表情で見守っている。
それから時間にして数十秒経った頃。
ボコボコと何かが顔を出すように地面が盛り上がり、すぐにそこからぴょこんと元気な芽が出てきた。
「なっ……もう!?」
芽が生えたと思うと、その芽がどんどん成長を始める。にょきにょきと生命力を露わに大きくなっていくその姿は、まるで早送りをしているかのような勢いがあった。
何十年と時間をかけて成長するはずの太陽の宝玉の木が、一気に目の前で育ち続けている風景を、アスターは目を見開いて大きく驚いている。
その横でヤマトとユイナ、そして二人を見ていたルクスがなにかの踊りを踊り始める。
それは木の成長を促すような大きな伸びをする動きや、花が咲くのをイメージした愛らしい動きを組み合わせたもので、知らない者からすると奇妙な踊りにも見える姿だった。
「……な、何をしているんだ?」
見知らぬ動きをし始めた三人を見て、なにごとかとアスターは動揺する。
くるくるひらひらと動き回るヤマトとユイナは手を取り合って踊りを激しくしていく。その足元では更に盛り上げようとルクスが舞い踊る。
「これは五穀豊穣を祈る踊りで、これを踊ると植物の成長速度が上がるんですよ!」
楽しさいっぱいという様子で踊りながらアスターに笑いかけるヤマト。
――というのはプレイヤーの間に広まった都市伝説であったが、面白い動きに誘われて、ゲーム時代、これをやろうとするプレイヤーはあとをたたなかった。
ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203、聖銃剣士LV10
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67、銃士LV17、森の巫女LV16
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV13、サモナーLV21
豊穣の杖
森の巫女の初期武器。木でできた短めの杖で、くるんと丸まった先端に緑の種型の装飾がついている。
成長の水
青い液体をした植物の成長を促す薬品。一気にその植物の最盛期まで持っていくことができる。
植物強化薬
緑の液体をした植物を病気や害虫から守る薬品。この薬品があればどんな病害虫にも負けることはない。
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