第八話
デザルガの街に行く道中で、周囲に人の気配がないことを確かめ、ヤマトはダンジョンで手に入れた装備の確認をしていく。
胸当ての名前は【銀の胸当て】。そして盾の名前は胸当てと同じく銀でできている【シルバーホプロン】という丸い盾だった。
「どっちも、あのダンジョンでは手に入らないものだよなぁ」
今になって思えば、報酬の金貨千枚も最初のダンジョンにしてみれば破格のものだった。
「これは、宝箱の中身がボスのレベルに依存しているのかもしれないな」
状況から考えてヤマトが導き出した結論はそれだった。
「まあ、なんにせよせっかく手に入れた装備だ、ちゃんと装備しておこう」
ヤマトは深く考えることをやめ、胸当てと盾を身に着ける。どちらもメニュー上で操作し、装着を行う。
すると、アイテム欄から装備欄に移動して、身体には銀の胸当てが、そして左手の前腕にはシルバーホプロンが現れる。
「うん、いちいちつけ外しするより便利だよね」
しっかりと装備されたそれらを満足そうにヤマトは見てまた街への道を歩き出す。
おそらくメニュー画面操作によって色々なことができるのは、元プレイヤーであるヤマトとユイナだけであった。
「街に行ったら、他の装備とアイテム、それからアレを受けてこないとだね」
ヤマトはレベルがあがったことで一つの考えがあった。
道中のモンスター相手に装備の調子を確認しながら街に向かっていくヤマトは、行きよりも少し時間がかかっていた。
だがその戦闘は全てあっさりといっていいほど快勝し、装備の具合もいいことから彼の気分はとてもよい。
ほどなくして辿りついた街の入り口には銀色に光る鎧を身に纏った屈強な衛兵の男が二人おり、モンスターや不審者が街へ入ってこないように外を睨みながら門番をしているようだった。
「こんにちはー」
以前、ゲームでここに入った時にも衛兵はいたが話しかけてくることもなく、特に検問はなかったはずだと思い出したヤマトは自然と出た挨拶とあわせて軽く会釈をすると、そのまま門を通ろうとする。
「――ちょっと待った」
だが予想を裏切って話しかけられて引き留められたせいで、何か不審な行動があったかとヤマトはドキッとしつつ自分の行動を内心で振り返っていた。
「はい、何か?」
しかし、それを微塵も感じさせず、ヤマトはにっこりと柔和に微笑んで返事を返す。
「君はこの街に来るのは初めてだね?」
心なしか見極めるように鋭い眼差しの衛兵のその問いに、ヤマトは緊張からごくりと唾を飲みつつ、頷いて返す。
「そうか……それじゃお決まりのセリフを――ようこそデザルガへ! ゆっくりしていってくれ!」
屈強な衛兵の二人はそれまでのいかつい顔をにっこりと笑顔に変え、揃いの歓迎のポーズでヤマトを迎えてくれる。
「ふふっ、驚いたかい? 俺たちは衛兵をやっているおかげか、人の顔を覚えるのが得意でね。それで初めて来た人にはこの言葉を送ることにしているんだ」
「な、なるほど……」
ゲーム時代にはもちろんなかった衛兵の言葉に、呆気にとられたヤマトは驚きつつも相槌を返していた。
「さて、今日のうちに行っておかないと。確か、こっちに……あった!」
ゲームの時の記憶を頼りにヤマトが向かった場所はギルド。ただし冒険者ギルドではなく、魔術士ギルドだった。
古めかしい雰囲気の扉をあけて中に足を踏み入れると、中は独特の雰囲気だった。怪しい香が焚かれており、魔女でも出てきそうな雰囲気で、ヤマトのほかに利用者はいないようだ。
「すいませーん」
ヤマトは中の雰囲気を気にして、少し抑えた声量で声をかける。
「――はいはい、ちょっと待っておくれよ」
入ったばかりの時はギルドのカウンターに誰もいなかったが、ヤマトの声掛けで奥からローブに身を包んだいかにもといった雰囲気の老婆がやってきた。持ち手の部分が丸い杖を片手に持っている。
「待たせたね、一体うちのギルドになんの用だい?」
この老婆がギルドの職員であるらしく、ヤマトの受付を担当するようだ。
「えっと、魔術士になりたいんですけど」
遠慮がちにヤマトがそう言うと、老婆の細い目が右目だけ大きくカッと見開かれる。
「ふむ……それなりに戦う力はあるようだね」
じっとヤマトを右目で見ている老婆の様子を彼は黙って見守っていた。
これはおそらく他の職業に就く際の条件となる、十五レベルのラインを確認していると思われる。老婆の右目にはそういう能力があるのだろう。
ゆっくりと老婆はカウンターから出てくると、ヤマトの周りを一周して様々な角度から確認していく。
その視線をくすぐったく思いながらも、老婆の気が済むまでヤマトはその場でじっとしていた。
「ふむ……ふむ……まあ、いいだろう。あんたならうまくすれば魔術士としてやっていけそうだ。まずは入門金を払ってもらおうか。――金貨十枚だよ」
しばらくヤマトを見ていた老婆は満足したように頷くと、金貨を乗せる受け皿をドンと前に出した。
ダンジョンやここに来るまでの道中にかなりの金貨を獲得した今のヤマトにとってはなんでもない金額であるため、すぐにマネーカードから取り出して金貨を老婆に渡す。
「はいよ、確かに受け取ったさね。それじゃあ、この書類に名前を書いて……あんたヤマトっていうのかい。あたしゃデンダだよ。覚えなくていいからね、次はこっちの部屋に行くよ」
言葉を返す間もなく次々に話が進んでいくため、ヤマトは置いてかれないように慌てて老婆のあとをついていく。
案内された部屋は床に魔法陣が描かれている五メートル四方程度の部屋だった。
「それじゃ、この杖を持っておくれ。それはあんたのものだからしっかりと握っているんだよ」
押し付けられるように渡された杖をヤマトは手にする。杖の名前を確認すると、【樫の杖】と書かれていた。
「あの……」
「杖の料金なら最初の金貨に含まれてるから安心おし、それじゃあ魔法陣の上に立って目を閉じるんだよ。魔力を感じられるようになったら成功、ダメだったら魔術士は諦めたほうがいいね。先に言っておくけどダメだった場合でも料金は返さないからね」
ヤマトが何か言おうとしたが、老婆は先んじて彼が気になりそうなことについて説明する。
「わ、わかりました。それで……」
「いいからそこに立ってな、あとは私のほうでやるよ」
言葉を飲み込んだヤマトが杖を手に位置について目を閉じたのを確認すると、老婆は魔法陣の端に杖の先をとんと乗せて何か呪文のようなものを唱えていく。
「「汝、魔術士として生きることを誓うか」」
老婆の声が二重になって聞こえることにヤマトは驚くが、目を開けるなといわれているため、大人しく返事だけする。
「誓います」
すると、足元の魔法陣が光り輝き、ヤマトを包んでいく。その光量は視界を真っ白に染めるほど強力なものだった。
「――な、なんじゃ!?」
これまで何度もこの儀式を執り行ってきた老婆自身がその輝きに驚いて声をあげていたほどだ。
光輝き続けた時間は一分程度続き、やがて収束していく。ずっと儀式を見守っていた老婆は未だに目がちかちかとする感覚に襲われていた。
「……えっと、大丈夫ですか?」
「あ、あぁ。もう目をあけていいよ」
見たことのない光の強さに動揺しつつも、なんとか老婆は返事をする。
「何か変わったことはあるかい?」
ぐいっと迫られるようにして老婆に質問されたヤマトはきょとんとしながらも自分の身体を見回していく。
「えーっと、なんというか変な感じですね。新しい力が自分の身体に加わったような……」
「そうかい、だったら成功だね。基本的な魔法について載っている本があるからこっちにきな」
老婆は先ほどのことを振り払うかのように、ふんと鼻を鳴らすと足早に部屋を出て受付カウンターへ移動する。
遅れてついていきながら、ヤマトはこっそりと自分のステータスメニューを確認していた。
「――お、ちゃんと魔術士が増えて……るけど、なんだろこれ? 剣士LV19、魔術士LV1って……二つ表示されてる?」
本来であれば、一つ職業に就くと新しく一からレベル上げしなくてはならない。そして、同時に複数の職業に就くことは仕様としてできないようになっていた。目の前のメニュー表示にヤマトは首を傾げる。
「あとで試してみないとだね……」
自分がどういう状態にあるのか、見てみなければとヤマトは考える。その口元には楽しげな笑みが浮かんでいた。
ヤマト:剣士LV19
ユイナ:弓士LV8
銀の胸当て
名前のとおり銀でできている胸当てで、初級から一歩先に進みたいプレイヤーが装備する。
シルバーホプロン
名前のとおり銀でできている盾。丸い形をしており、受け止めるだけでなく受け流すこともできる。
樫の杖
魔術士が最初に装備できる武器。ペンのような太さの堅めの枝でできており、十五からニ十センチほどの長さがある。
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