第八十四話
その後、一行は賢者の聖域を抜け、森林都市へとやってきていた。
「……あぁ、遅かったな。何か問題でもあったのかと思ったぞ」
そう言って街の入り口でヤマトたちを迎え入れてくれたのは、進入禁止区域まで案内してくれたグライムスだった。
「そんなに遅かったっけ……? 確か家について、翌日には……あぁ、そういうこと!」
首を傾げたユイナは自分で疑問を口にして、自分で解決していた。聖域の中と外では時間の流れが違うと理解したようだ。
「そういうことだね。グライムスさん、わざわざ出迎えてくれてありがとうございます」
ヤマトはにっこりと笑ってユイナに頷くと、続いてグライムスに礼を言う。
「あー……いや、たまたまなんだけどな。あのあと気になっていたから、無事なようでよかった……それで、なんか増えてないか?」
礼を言われるのをムズ痒そうに苦笑いしたグライムスは、聖域に行って帰ってきた二人のそばにいるルクスとエクリプスの姿に戸惑いを見せている。
彼の言葉を受けてルクスとエクリプスが一歩前に出た。
「お初にお目にかかります。私はヤマト様の使い魔、ルクスと申します。こちらは仲間のエクリプスさんです。どうぞよろしくお願いします」
丁寧な口調でそう告げたルクスが恭しく頭を下げると、それに合わせて、エクリプスも頭を下げる。
「あ、あぁ、よろしく……すごいな。使い魔に、この馬は強い力を感じるぞ」
一般的な馬と比較して、立派な体躯を誇るエクリプスの力はその分、格段に強力であるため、グライムスにもそれが伝わり、思わずごくりと息を飲んでいる。
ルクスが喋っているのをみても抵抗がないことから、他にもこういった動物型の使い魔は現存しているようだ。
「それで、俺たちは街を見て回りたいんですけど……いいですか?」
森林都市はその名の通り、森林の民の住む街。
この街で一番偉い長老から自分たちは聖域へ行く許可はもらったが、他種族であるため、この街を散策することに問題があるのではないかと考えたヤマトが問いかける。
「あぁ、長老が認めた人物であるなら問題はない。それに何か言われたらこれを見せるといい」
そう言ってグライムスから手渡されたのは、手のひらサイズの四角い木の札だった。
「……これは?」
ヤマトが裏表を確認するが、綺麗な花のマークが記されているだけのものだった。森林都市の近くで咲く花のようにも見えるが、名前まではわからなかった。
となりでヤマトの手の中にあるそれを覗き込むユイナも、初めて見るアイテムに興味津々だ。
「この国の一部の者のみが所有することを許された、認定証のようなものだ。万が一、街の者に絡まれたり、文句を言われても、これを見せれば問題はないはずだ」
この札にそれだけの力があるとは思えず、ヤマトは再び認定証を確認する。調べる、を発動してみても特別な機能がついているわけではないようだ。
「……そんな大事な物を私たちに?」
一部の者のみが、と聞いて貴重なものであることがわかる。顔を上げたユイナが驚きながら呆然と呟く。
「――すべては長老のご意思だからな。俺も長老の言葉を完全に信じたわけではないが、お前たちが救世主だって話、全てホラだとも思えないからな」
肩を竦めたグライムスが困ったような表情でそう言った。
もし、嘘だと断じてしまっては、長老を嘘つきだとしてしまうことになる。
何より、グライムスは自身の目から見てもヤマトたちがそれに値する力を持っていると感じ始めていた。
「そういうことならありがたく受け取っておきますね。助かります、長老にも礼を言っておいてください」
「あぁ、もう会うことはないかもしれないが、達者でな」
改めて礼を言い、グライムスと別れた一行は街の散策に向かう。
「さて、森林都市には何があったかな……」
「確か、四つ目の大型アップデートで追加された街で、当時人気だった職業がいくつかあったはずだよね!」
ゲーム時代の記憶を辿りながら緑あふれる街並みを見つつ、歩く。街並みが全体的に開放的にとられているため、エクリプスが共に歩いていても十分余裕な広さがあった。
「はい。森林都市で取得可能な職業は五つあります。――聖槍士、銃士、森の巫女、サモナー、テイマーになります」
言葉を引き継ぐようにルクスがそう答えて、各職業の解説もしてくれた。
聖槍士はヤマトの剣聖、ユイナの弓聖と同じく、槍士の上位職。
実装前からPVでその存在は確認されていたが、槍聖という名前だと思っていたユーザーの予想は裏切られた。聖槍士ならではのスキルはアクション要素が豊富で、軽快かつ強力な物が多いため、攻撃に重きをおくユーザーに愛されていた。
銃士は名前の通り、銃を使用する職業であり、複数種類の弾丸を使うことで戦闘を優位に進めていく職業。
当時、物理遠距離職業の中でも、銃を使うという目新しさや銃マニアの心をくすぐるデザインの豊富さから、人気職業になっていた。
森の巫女とは、自然の力を利用して回復、援護などを行う職業だった。
装備もどこかの民族衣装の雰囲気を持つものが多く、シンプルに回復魔法を使うだけの回復士と違うため、回復量は多少劣る。だが回復士と支援術士とのミックスと捉えられており、自然の力を利用する点において汎用性が高く、回復職をメインとするユーザーの期待を高めた。
サモナーはそのまま、精霊などを召喚して戦う職業であり、ソロプレイヤーに人気の職業だ。
同様にテイマーはモンスターと共に戦うことができる職業であるため、こちらもソロプレイヤーに人気の職業となった。
どちらも精霊やモンスターを操作するという難しさはあったが、それだけにうまく使えばソロでも十分に高レベルダンジョンに行けるほどの能力を発揮する。
「へー、ルクスすごいねえ。そっかあ、五つもあったんだね……でも、それって結構まずい状況のような気が……」
ユイナはルクスの開設に感心するとともに、この大陸に来るための難易度が高いこと、そしてこの街に来ることは事実上、ほとんどの人物が不可能であることを懸念していた。
「確かにそうだね、強力な職業だから広まったほうがいいような気もするけど。それに、ここの人たちだけで循環しきれなければ、なり手がいなくて廃業になりそうだ」
担い手がいなくなって廃業に追い込まれる――まるで地方の農家みたいだなとヤマトは思っていた。
「とりあえず行ってみようか。マップにはまだ神殿の位置が表示されているけど……さてさてどうなるかな」
ひとまず何事もチャレンジだと、ヤマトたちは神殿へと向かう。
四つ目の大規模アップデートからは店での職業受注ではなく、神殿での職業クエスト受注という形になっていた。
「りょーかい! まずは職業神殿だね!」
新しい職業に就けるかもしれない期待で弾むように前へ飛び出したユイナ。彼女もマップで神殿の場所を確認しており、待ちきれないのか、先行して走っていく。
「ユイナ様はお元気でよろしいですね。明るく過ごしている方のところには良い知らせが集まるものですから」
ユイナの背を見ながら、ルクスは穏やかな表情でそう言った。
だが、それを聞いたヤマトは内心とても驚いていた。
これまでもそうだったが、ルクスの言葉や考えに人間味が強いことを感じたからだ。
「おや、どうかされましたか?」
「……いや、なんでもないよ。ルクスが色々物知りで助かるな、って。俺たちが気づいてないこととかあったら色々と言ってくれるかい?」
使い魔については謎が多いが、仲間になった以上、こういったことでいちいち驚いていては失礼だと考えたヤマトは表情を笑顔にすると、優しく言葉をかけた。
「っ! もちろんです!」
そしてルクスは頼られたことを嬉しく思い、パタパタと尻尾を揺らしながら大きな声で返事を返した。
ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67
エクリプス:聖馬LV133
認定証
森林都市を訪れる森林の民以外の種族の者が、この街の行き来を許された証である木の札。
綺麗な花の絵が描かれており、滅多なことでは発行されないレアアイテム。
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「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」