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第七十九話


「……ここが進入禁止区域の入り口だ」

 それは長老の元まで案内してくれたグライムスの言葉だった。少し不満げな声音と表情だ。


 あの後、許可証をもらい、長老との会談を終えたヤマトたちは、これまた長老に命令されたグライムスの案内進入禁止区域へとやってきていた。


「本来なら誰も入ることができない場所だからな。――あのお方に感謝することだ」

 しかめっ面のグライムスは未だヤマトたちのことを納得しておらず、ぶっきらぼうにそんな言葉を口にする。


「えぇ、とてもありがたいことです。グライムスさんも案内ありがとうございました」

 彼の気持ちもわからなくはないため、ヤマトはグライムスに自然と頭を下げる。


「長老の言うとおりなら、あんたたちは英雄なんだろうが……そうやって相手を問わず頭を下げるのを見るとそうは思えないんだよなあ」

 グライムスはヤマトの腰の低さに困ったような表情で頭を掻きながらそうぼやく。

 頭を上げたヤマト自身は自分たちが英雄だとかどうとは思っておらず、また礼をいうために頭を下げることに対してどうこう思う気持ちもなかった。


「……まあ、そういうところは俺はわりと好きだがな。あんたたちが英雄なのかどうかは別として、もうあんたたちに悪い印象はない。だから、この先に進んで何をするのか知らないが、変なことだけはしないでくれよ」

 進入禁止区域――そこは森林の民でもほとんどの者が入ったことがなく何があるかわからない。ただ、森を荒らされることは森林の民として、誰もが望まないことだった。


「わかってます。賢者の聖域に到着すれば、あとは森に用事はないので大丈夫ですよ。――それでは!」

 いつまでも話しているわけにはいかないため、ヤマトは手を軽くあげるとグライムスに別れを告げて進入禁止区域に足を踏み入れた。


「それじゃグライムスさん、ありがとうねー! ばいばーい!」

 にっこりと眩しい笑顔を見せてユイナは大きく手を振り、ヤマトのあとに続いていく。






「――ユイナ」

「うんっ」

 そこに入り十歩ほど進み、グライムスまで声が届かなくなってきたところでヤマトが優しく彼女の名前を呼ぶ。


「ここ、レストエリアだね!」

 聖女のような綺麗な笑顔を見せたユイナが嬉しそうにそう告げる。

 

 この世界に来てから色々な街に立ち寄っていたが、街中ではモンスターの気配が現れることはなかった。

 これはゲームの中であった、完全安全地域となるレストエリアであることを示していた。


 そして、今回二人が進入禁止区域に足を踏み入れると同時に、街に入った時と同じ感触を味わっていた。


「ということは、賢者の聖域も近いかな?」

「だねえ、んふふっ」

 彼らが目指していた、賢者の聖域とはモンスターが入り込むことのできない安全エリアであり、そこはプレイヤーが家を所有することのできるエリアだった。


 ただ、このエリアにあるハウスゾーンは一軒だけであり、それを所有していたのはヤマトとユイナの二人だった。


 自然と手を繋いでしばらく森を進んでいくと、見覚えのある風景が広がってくる。


 彼らが向かう先には彼ら二人が両手を広げてもさらに横幅のある巨木がそびえたっていた。

 それはエリアの外からは確認することのできない大きな木であり、その木のふもとにある扉。そこを抜けると賢者の聖域へと繋がっている。


「さあ、開くかな?」

 期待と不安に胸がいっぱいになりながらヤマトはそのドアのノブに手をかける。

 プレイヤーのみに許されたその場所へと侵入。それは今も変わらないようで、ヤマトが扉に手をかけると彼らを待っていたかのように自然と開いていった。


「うわあ、すごい……」

 入った途端、大きく目を見開いたユイナはそれだけ呟き、中の景色に見入っていた。


 穏やかな風にふわりと花びらが美しく舞い、空からは柔らかな日差しが降り注ぐ。

 木々は青々と生命力をいっぱいに見せ、近くには小さな川のように水が流れている。

 しっかりと規則正しく敷き詰めれた石畳と柔らかな芝生が家まで伸びていた。


 楽園を切り取ったかのような美しい光景が二人の目の前にあった。


「ゲームの頃よりも、すごく綺麗……」

 その景色にユイナはすっかり心を奪われていた。


 以前に見た時には、他にも多くのプレイヤーがいたが、ここにはヤマトたちだけ。

 もちろん今のように空気や匂いを感じることはできず、やはりどこまで技術が進んでも所詮はデジタルデータであったため、どこか物足りなさを感じていた。


 しかし、今はその全てが手の届く範囲に全て揃っており、それはどこまでも美しい景色だった。


「確かにすごいね。ゲームの頃はただ突き進むことばかり考えてて、風景をこうやって見る余裕なんてなかったからなあ……」

 次のクエストを進めたい。次のエリアに行きたい。強い装備が欲しい――そういった前に前に進みたいという思いが強かったため、景色を見ずに先に進んでいたことをヤマトは思い出す。


「うんうんっ。……でも、いいね。やっぱりこういう景色を楽しむのも大事だよ。せっかくこんな場所に来ることができたんだから!」

「だね」

 嬉しさいっぱいの笑顔を見せたユイナの言葉にヤマトは頷き、それから更に目的の場所へと進み始める。

 静かで穏やかな時間に促されるように、二人はゆっくりと風景を楽しみながらそこへ向かっていった。



 いつもなら数分で辿りつくところ、今日は十分以上かけて到着する。

「――ここだ」

「なんか、やっぱりボロボロだねえ」

 この場所は風の大陸とは別のエリア扱いであるため、時間の流れは通常のエリアと同じ。だがそれでも、おそらく百年経っているためその建物もところどころが損傷している。


 予想していたとはいえ、思っていた以上の損傷具合に二人は苦笑交じりに顔を見合わせた。


「とりあえず入ってみようか」

「やったー!」

 ヤマトが玄関の扉に手をかけると、自然に施錠が解除された。

 外観は損傷していたが、それでも自分たちの家が残っていたことがよほどうれしいのか、ユイナは早く入りたそうにはしゃいでいる。


 ゲーム時代から家にちゃんとした鍵などなく、所有者とその者が認めたプレイヤーだけが入ることができる。

 施錠が解除されたことは、この家の持ち主がヤマトであることを示していた。


「ただいまー!」

「たっだいまー!」

 扉を開き、中に足を踏み入れた二人は誰もいないはずの家の中に声をかける。それが彼らの癖だった。


 すると、家の奥から何者かの気配が飛び出すようにやってくる。


「……あれ? 誰かいる?」

「……誰だろ?」

 その気配の主が何者なのか、少し警戒しつつも予想できた二人はそれがやってくるのをその場で待つことにする。




「ご、ご主人様あああああああ!」

 奥から飛び出すように出てきたのは、猫型の使い魔だった。

 いつもは器用に二本足で立つのだが、感激でいっぱいなのか、四つ足でヤマトたちの元へ全力で走ってくる。


「お前は……ルクス!」

 ヤマトとユイナがこの家を買った際に、家の管理を任せるために手に入れた使い魔。それがこのルクスだった。三毛猫のような柄の猫で、艶やかな毛としなやかな身体をもつ愛らしさいっぱいのマスコット的NPC。


 NPCとして設置できる使い魔のルクスは決まったセリフを言うだけの存在だったが、ゲーム時代とは違い、感情をあらわにしている。


「ご主人様にユイナさまあああ! おかえりなさいませ!! ルクスは、ルクスはっ!」

 ルクスはヤマトとユイナの前までたどり着くと、急ブレーキを踏んだように立ち止まり、興奮交じりにぶんぶんと尻尾を振り乱しながら、嬉しさいっぱいを表現するようにぴょんぴょんその場でジャンプしていた。


「やあルクス、家の外がだいぶぼろぼろだったみたいだけど……」

 NPCたるルクスが自らの意思を持って色々と話していることは、自然と受け入れることができた二人。むしろゲーム時代と姿が変わらず、一生懸命に自分たちを歓迎してくれているルクスに癒やされていた。

 ヤマトが優しくルクスの頭を撫でながら落ち着かせ、まずは家の状況を確認する。


「ああああぁぁああっ、やはりそうでしたか!? も、もうしわけありません!」

 へにゃりと耳や尻尾を垂らしたルクスは額が床につきそうなるくらいの土下座風に頭を下げた。

「ルクス、気にしなくていいよー。それよりも、この家はどんな感じなのかな?」

 可愛らしいルクスにとろけるような笑顔を見せたユイナの問いかけは、アイテム類や、家具などがどうなっているのか、だった。


「っユイナ様! ありがとうございます!! ……実は私、先ほど目が覚めたところでして、一体何が起こっているのかわからないのです……もうしわけありません」

 感激したように顔を上げたルクスだが、悲しげにしょんぼりと耳と尻尾を垂らすと、再度深く頭を下げる。


「そうか、じゃあ色々一緒に確認していこう」

「はいです!」

 懐かしい存在に柔らかく目を細めたヤマトはそれを気に留めず、とりあえず三人で家の中を確認していくことになった。


ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203

ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67

エクリプス:聖馬LV133


お読みいただきありがとうございます。

ブクマ・評価ありがとうございます。


新連載始めました。

https://ncode.syosetu.com/n6248ek/

「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」

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