第七十八話
「――さて、それではお二人のご質問にお答えしましょう。なんなりとお聞き下さい」
邪魔者がいなくなった部屋で、長老は全ての質問に答える準備を整えていた。にこにこと優しい笑みを浮かべてヤマトたちの質問を待っている。
「……えっと、長老さんは俺たちのことを本当に覚えているんですか?」
ヤマトの申し訳なさそうなその質問に対する長老の反応は頷きだった。
「そうですね、私の年齢は他の者よりも遥かに大きく、今年で五百歳になります。あなた方が私の記憶にあるのは、およそ四百年ほど前のことでしょうか」
「よんっ!?」
ユイナが思ってもみなかった大きな数字に驚きを示す。
長老は彼らの質問の意味を理解し始めたようで、驚く二人を見て穏やかに微笑んでいる。
二人はゲームをプレイしていて、その流れでこの世界に飛ばされている。
未来だとは予想していたが、まさかそれほどの時間経過が起きているとは思ってもいなかった。
「そ、それは確実に?」
ヤマトのそれは長老の言葉を疑うような質問ではあったが、気を悪くする様子もなく、長老は笑顔で頷いた。
「あなた方がこの森林都市や大陸のことを覚えておいでなら、木々の成長で変化をお感じになったと思われます。木は年数の経過によって成長し、ここまでに成長したのです」
確かにこの大陸に到着した際に、自分たちが記憶しているものよりも明らかに森の範囲が広がっているのは二人も感じていた。そして森林都市に到着した際も、緑化が進んでいるとも感じていた。
「まさか、それほどの時間が経過しているなんて……」
呆然と呟くヤマトとユイナは思わず顔を見合わせてしまう。
「で、でも、他の街はそんなに大きく変わってなかったよ? 宿の場所とか冒険者ギルドの場所とか、あと色々なシステムにも変化はなかったし……」
戸惑うユイナは最もな疑問を口にしていた。
「――その疑問ですが、恐らくというものでよろしければお答えします」
「お願いします」
ヤマトもユイナと同じ疑問が思い浮かんでいたため、真剣な表情で長老に説明を求めることにする。
彼らの表情を見た老人はそれまでの笑顔を引き締め、ゆっくりと語りだした。
「まず、この大陸。つまり風に覆われている大陸のことですが……どうやらここは外の世界と時間の流れが違うようなのです」
それは初めて聞いた情報であるため、ヤマトもユイナも首をかしげていた。
「先ほども話しましたが、荒れ狂う精霊はあなた方の手によって倒されました。それから数年経過した時です。……荒れ狂う精霊の子どもが何体も現れたのです」
固い表情の長老が語るその話に二人は心当たりがあった。
「……精霊の子どもたち。確か、荒れ狂う精霊の簡易型のクエストであったはずだね」
「――あっ!」
ヤマトのつぶやきを聞いて何かを思い出したようで、ユイナは大きな声をあげる。
「ど、どうかした……?」
「私、わかっちゃったかも」
急に大きな声を出したユイナに驚いたヤマトの問いかけに、彼女はどやっと笑顔になっていた。
「――後発プレイヤー用の救済クエスト、【荒れ狂う精霊の子どもを鎮めよ】。あれは確か難易度が格段に下がったクエストだったはずだよね?」
それはヤマトも知っている情報であるため、その通りだと頷く。
「あのクエストって、そもそも戦闘に至るまでに前段階のクエストがいっぱいあるんだよ。私たちはほんちゃんの方をクリアしたからやってないんだけど、興味あって調べたことはあるんだー」
クエスト好きなユイナはどんなクエストに変わったのかを気にして、色々と情報を集めていた。
「あー、難易度が下がる代わりに時間がかかるのか……まあ妥当か」
ヤマトは反対に自分たちに関係のないクエストだったため、情報を集めることはなかった。
「ふっふっふ、この話にはー、まだ続きがあるんだなあ。実はこのクエスト、時間がたくさんかかるっていうんで、ゲーム内で流れる時間に変化があったんだよ。風の大陸内では外と比較して時間の流れが早くなっていたんだよ。ダンジョン内は普通の流れだったみたいだけどね」
人差し指を立てて頬にあてながらユイナは自慢げに話す。
ダンジョンは別エリアという考え方のようで、時間の経過は外と異なっていた。
「なるほど、それでこの大陸だけ他の場所よりも時間の流れが違うのか……それなら納得はできるかも。どれくらいの違いがあるんだろ?」
「確か、ここは外の四倍だったかな? だから、外では百年の時間が経ってるのかなぁ?」
百年の経過で、更にゲームとしての調整力がかかるとなれば、大きな変化がそれほどないことも納得できる話であった。
「解決されたようですかね?」
穏やかな表情の長老は二人のやりとりには口を挟まず、ゆっくりと待ってくれていた。
「あ、すいませんでした……。それでは次に聞きたいことに移ります。その四百年前にはあったと思うんですけど、賢者の聖域って場所に自分たちは行きたいんですが……」
ヤマトはハッとしたように頭を下げて詫びると、本来聞きたかったことを長老に問いかけた。
こちらは、そんなんものはないときっぱりと衛兵にいわれてしまった場所である。
四百年の時間の経過の末に何かが起きてしまったのかという懸念をヤマトは持っていた。
「ほっほっほ、そんな表情をするということは、衛兵にそんな場所は知らないと言われましたかな?」
ヤマトの表情が固いことで、何を思っているか予想ができた長老は笑いながら彼らがどう対応されたか見事言い当てる。
「はい、そのとおりです。教えられない、というよりは本当に知らないといった様子だったんですけど……」
ヤマトは不安がぬぐえないまま、衛兵を見た印象を語る。
「現在、賢者の聖域は立ち入り禁止区域にあります。そして、その場所に何があるかは私のように長年生きている一部の森林の民しか知らない情報となっています。あの場所はあなたがた、ぷれいやあと呼ばれる方々しか出入りできない聖地ですから、他の者に近寄らないように情報を与えなかったのです」
一部慣れない言葉にぎこちないイントネーションとなるが、そんな長老の言葉を聞いてヤマトとユイナはほっとする。
「ということは」
「はい、賢者の聖域は今もあります。あの場所には自助作用が働くらしく、木々に覆われて入り口が見えなくなるというようなこともないようです。もちろんお二人であれば通行許可を私の名前で発行しましょう」
それは願ったりかなったりな申し出であり、ヤマトもユイナも自然と大きく頭を下げていた。
「ほっほっほ、頭をお上げ下さい。この程度のことでは、礼にはなりませんぞ?」
身体を揺らして笑う長老を見て、二人は次の目的地へと思いを向けていた。
ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67
エクリプス:聖馬LV133
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新連載始めました。
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「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」




