第七十五話
西の大陸に向かうことを決めたヤマトとユイナは用意された船に乗り、数日がたっていた。
それは魔道具で操縦できるものであり、初めてのヤマトでも問題なく操縦することができた。
「すごいねえ、船なんてエンピリアルオンラインじゃなかったからねえ」
船から景色をのんびりと眺めていたユイナは操縦するヤマトを振り返ると、嬉しそうに目を細める。
もちろんゲーム時代も船は存在していたが、プレイヤーが操縦できるものは実装されていなかったのだ。
「結構簡単だよね。車の運転より楽かも」
ゆったりとした気持ちで操縦するヤマトも柔らかく微笑む。
この船は前進、後退、そして操舵輪による左右への方向転換のみで動くため、少し説明を受ければ誰でも操縦できるレベルのものだった。
ちなみに、出港して最初のうちはユイナの持ち前の好奇心で運転を強くやりたがったので、先に運転を担当していた。ユイナは運転免許を持っていなかったが、その彼女でも簡単の操縦することができていた。
しかし、途中で飽きてしまったため、そこからは全てヤマトが担当している……。
「――そろそろ見えてきたね」
「うーん、相変わらず風に包まれているねえ」
少し離れたところで停止してその先を見た二人の視界に移ったのは、強力な暴風。ゲーム時代と変わらず西の大陸は風の壁に包まれていた。
「だね、そろそろ例の魔道具を使ってみようか。ゲームでは飛空艇に強力な障壁を張って飛ぶ方法しかなかったから新鮮だ。――それではどうぞ?」
「おーっし、スイッチオーン!」
いま、ユイナの手に乗っているのは【人魚の泡】と呼ばれる魔道具。
これは水晶の土台にあるスイッチを押すと対象物を水中で行動できるように泡で包んでくれるものだ。
ヤマトに促されたユイナが意気込んで【人魚の泡】を発動させると、まるでシャボン玉の中に入ったかのように船が大きな泡に包まれていく。
「おー! これはすごい!」
そして、そのまま潜水していくのを見て普段は落ち着いた雰囲気のヤマトも歓声をあげていた。ユイナに至っては感動で目を輝かせたまま言葉を失っている。
泡に包まれた船は割れることなく徐々に水の中に入っていき、全体が海中に入りきるとそこはさながら天然の水族館だった。
視界いっぱいに澄み渡るようなブルーが一面に広がる。そんな穏やかで綺麗な海の中には悠々とたくさんの魚が泳いでおり、今まで見たことのないような光景が広がっている。水族館のガラス越しとはまた違う風景だった。
「わー、すっごいね! たくさん綺麗な魚が泳いでるよー!」
「でっかいのもいるなあ」
シンプルな感想だったが、目の前の美しい光景に圧倒されていたため、二人の口からはそんな言葉しか出てこなかった。
ちょうどその時、二人の泡の頭上をゆったりとした動きの大きな水生生物が横切る。
「――さて、感動してばかりいられないね。大陸に向かおう」
しばらく景色を楽しんでいた二人だったが、気持ちを切り替えて操縦用の魔道具で前方に進んでいく。
泡に包まれ、海中にあったとしても、推進力は変わらずに効果を発揮していた。
「本当に海中には風の障壁ないんだねえ」
ユイナは上を見上げながら地上に存在する風の障壁を確認していた。何かを拒むかのように荒々しく暴れる風は海中では全く見られず、まさに別世界だった。
「とにかく、これで大陸には入れるね」
風の障壁は大陸から少し離れた海上をぐるっと囲っているため、そこを抜けて浮上すれば無事に大陸に到着することができる。ヤマトはミニマップを確認しながらその位置を目指して船を進める。
「これって、どういう仕組みなんだろう……」
操縦しながら西の大陸を包む障壁を思い浮かべ、ぼそりと呟くヤマト。
ゲームの頃は、海底に風の噴射口があってそこからいっせいに風が吹き出していると考えていたが、海底は見るからに穏やかな様子だった。
「ねえねえ、それよりも、そろそろ浮上しようよ!」
先ほどまでは海中の風景に感激していたユイナだったが、今は西の大陸へと気持ちが向いているようだった。
「そうだね、確かこれを……」
ミニマップで確認しても障壁を通り過ぎたあたりだと確認できたヤマトが泡を作り出す魔道具をすっと操作すると、今度は海上に向かってゆっくりと浮上していき、完全に上がり切るとパンッと泡が破裂した。
ぶわりと新鮮な潮風が二人の身体に吹き付ける。泡の中は息苦しさなどなかったが、それでも外の空気は気持ちが良いものだった。
ちょうど雲が太陽から避けたようで、降り注ぐ光に一瞬目を細める二人。
それに慣れて目を開けると、目の前に広がるのは確かに西の大陸だった。
「相変わらず、すごい広大な……森だね」
「うん、なんか広がっているねー」
二人が思い描く封じられた森は、大陸の中心に位置する大きな森であった。しかし、今は大陸全土に広がっているといっても過言ではない森の浸食ぶりだった。
木々が青々と生い茂り、人の手が全く入っていない原生林のような雰囲気があった。大陸の近くには人の住んでいるような港などはなく、無人島のようですらある。
「……とりあえず、入ってみようか」
脳内の記憶にある森との違いに二人は戸惑いながらも、船を大陸に横づけ、森の中へと入っていくことにする。
ぽっかりと口を開けた入り口らしき場所から森に入ると、そこは不思議と一本の整備された道があり、二人はそこを進んでいく。
中もまた道を少しでも逸れればまったくどこにいるか分からなくなりそうなほど、自然豊かな風景が広がる。森独特の綺麗な空気と草木が風に擦れる静かな空間だ。
「ヤマト……」
「うん……」
ふと一度足を止めた二人が目を合わせ、交わした会話は会話とは呼べないようなやりとりだったが、それだけで何を意味しているか二人の間では通じ合っていた。
森に足を踏み入れた時から二人は誰かに見られていた。否、誰かではなく複数の人物に見られていた。
ヤマトとユイナはそれを気配として察知しており、念のための確認としてそれぞれがミニマップを表示して視覚的にも確認していた。
ミニマップに表示されるのは、赤丸であればモンスター、人であれば青丸、敵対した人であれば黄色の丸で表示されていく。
二人のマップには青い丸がぽつぽつといくつか表示されていた。
「さて……(どうしたものか)」
ヤマトの呟き、その意図する部分も理解できているため、ユイナは無言で前方に視線を向けていた。
何かあったとしてもヤマトならいい方向に話を持っていってくれるだろうと信頼しているためだった。
あえて尾行を無視して、ヤマトは進んでいくことを選んだ。ユイナも彼の判断に付き従う。
周囲に対する警戒はもちろんしていたが、こちらに害をなすわけではないため、とりあえず放置することにした。
すると、ほどなくして小さな関所のようなものが見えてくる。森の中にあるため、木製のものだった。
関所への距離が近づき、関所の衛兵からヤマトたちの姿が視認できるところで尾行の気配がすっと溶けるように消えていった。
「なるほど、道中で何かやらかさないかを監視していたのか……慎重だな」
「すっごいねえ、忍者みたい」
ヤマトは感心したようなユイナの言葉から、森林の民の設定の中に、隠密スキルが高いというものがあったことを思い出していた。
「――さあ、ここからが本番だ。中に入れるか否か。最悪入れなければ強行突破かもっとからめ手でいってみよう」
そんなヤマトの言葉に、にっこりと笑ってユイナは大きく頷く。
二人は引き締まった表情で関所へと向かって行った。
ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67
エクリプス:聖馬LV133
人魚の泡
起動すると対象物を水中で行動できるように泡で包んでくれる魔道具。
手のひらサイズの水晶の中に自由に泳ぐ人魚が刻まれ、土台の部分にスイッチがある。
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新連載始めました。
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「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」




