第七十二話
その後、魔族の男は力尽きたようでどろりと黒い煙となって消えた。
周囲にいたモンスターもヤマトが魔道具をアイテムボックスに入れてからはぱたりと消えたため、街は少しずつ人が戻り始めていた。
すぐにでも出発したい気持ちがある二人だったが、それでもこの状態の街を放置しておくわけにもいかないため、街の復興に協力することにしていた。エクリプスはひとまず帰還命令によって街の外へと走り去っていく。
そして、瓦礫を片付けていると二人は声をかけられる。
「すいません、少しお話を聞きたいのでギルドまでご同行願いたいのですがよろしいでしょうか?」
糸目の丁寧な口調の男性は冒険者ギルドの制服を身に纏っており、強制力はないが、それでもなんとかしてヤマトたちをギルドまで連れて行きたいという強い意思が感じられた。
ヤマトたちの他にも復興を手伝う冒険者たちがいるのに、明らかに自分たちに向かって声をかけてきたであろう職員の男にヤマトは人違いではないかという表情で困ったように笑う。
「えっと、俺たちは通りすがりの冒険者で、たまたまた居合わせたから少しでも手伝えたらと思って片づけをしているだけですよ?」
「そうそう、片づけが終わったらすぐに出かけないとなので!」
風の大陸へ侵入する方法も考えないといけないため、実際にはすぐに情報集めに動きたいというのは彼らにとって本音ではあった。
「そこをなんとかお願いします」
ひたすら頭を下げていた職員はそろりと頭を上げると、少し近づいて小声になる。
「――お二人の戦い振りを見ていた者がおります。彼が情報源ですので、なにとぞ……」
その人物にヤマトは心当たりがあった。彼が報告したとなると、魔族と戦っていたこともばれているということであった。頭が痛くなるのを感じ、ついため息が出てしまう。
「はあ……ごめんユイナ。ついていったほうがいいみたいだ。俺の戦いを全部見ていた人が、冒険者ギルドに報告したみたいなんだ」
「あー、なるほどね。うん、いいよ」
なんとなく事情を察したユイナはヤマトの失敗を責めることもなく、笑顔で素直に受け入れることにした。
「というわけで、ついていくことにします。でもあまり大ごとにしてもらいたくないんですが……」
「もちろんです! 今回の話も――って私、すいません名乗っていませんでしたね。フリージアナの冒険者ギルドのサブマスターをしているランドと申します。以後よろしくお願いします」
まさか自分たちを迎えに来たのがそこまで上の人間だったと思っていなかったため、ヤマトとユイナも慌てて頭を下げた。
「さあ、参りましょう」
ニコニコと笑顔のランドの誘導に従ってヤマトとユイナがついていくが、ヤマトの視線の端には例の冒険者の姿が映っていた。ヤマトに見つかった瞬間、冒険者の男はびくっと身体を震わせると一目散に人ごみに紛れるように去って行った。
「はあ……仕方ない。行こう」
既に追えないほどどこかに逃げていったため、もう問い詰めることもできなかった。
ところどころ破壊された街を歩き、彼らが冒険者ギルドに到着すると、一気に周囲の視線が集まる。
ここは避難場所ともなったようで冒険者たちが一番に守った場所であるらしく、目立った被害はない。
ランドがサブギルドマスターであることは、この場にいるほとんどの者が知っているため、彼に連行されているヤマトたちを好奇の視線で見ていた。
しかし、それを気にするそぶりもなく三人はホールをとおり、カウンターの中に入り、さらに階段を上がって行った。
階下では、その先に何があるのかわかっていた冒険者たちのざわつきがあったが、笑顔を絶やさないままランドはそのまま真っすぐギルドマスタールームへと二人を案内する。
「――失礼します。例の冒険者をお連れしました」
「あぁ、入ってくれ」
中から聞こえてきたのは知的な雰囲気を感じさせつつも野太い声だった。
「悪かったね、わざわざ来てもらって。私はギルドマスターのギーガーだ。よろしく頼む」
奥の執務椅子に腰かけているのは眼鏡をかけているがインテリという風には見えない。
大きな武器を振るう冒険者のような雰囲気を持つ彼が巨人族――つまりジャイズ族であるためだった。筋骨隆々のその身体をぴっちりとスーツのような服で包んでいる。
「どうも、ヤマトです」
「こんにちはー、ユイナです」
軽くお辞儀しながら二人はそれぞれに返事を返した。
「かけてくれ」
言われるままに二人は近くにあったソファに腰かける。ランドはギーガーの側で立って話を聞くようだった。
「さて、ある者から君たちについての情報提供があった。ただ強い冒険者がいる程度の話であれば、一笑に付したのだが、圧倒的な力でモンスターを次々に倒していき、更には魔族を倒した。そしてそして、今回のモンスターの襲来を止めたともなれば見過ごすわけにはいかないのでね」
向かいに座ったギーガーの眼鏡がキラリと光る。
どうだ、これだけの情報を持っているのだぞ? とでも言いたげな様子のギーガーを見ても、ヤマトはどうということもない様子で肩を竦めると苦笑する。
「そうですか……情報提供者が誰なのかは予想がついています。それで、その話が事実だったとしてですが、どうされたいのですか?」
ヤマトが質問をしたのは、ここへ呼び出したことを問い詰めたいわけではなく、単純に疑問だったためだった。一応冒険者ギルドに所属しているから顔を出したものの、事態の解決に参加したのは依頼でもなんでもないため、ギルドマスターからの呼び出しを受ける理由がわからなかった。
「ううむ……なんの説明もなしに連れてきたから不信に思うのかもしれんな。すまなかった。我々はそれだけの実力者であるなら話を聞きたいと思っただけだ。そして、今回の騒動に関して何か知っているのであれば情報を提供してもらいたい――そう思っている」
言葉足らずだったことをギーガーは素直に頭を下げて謝罪をし、目的を説明する。
「なるほど。俺たちが強いのは……鍛えて戦う力があるから、としか説明できません。今回の件についてわかることはお話します」
どう回答したかユイナと一度目を合わせて考えたヤマトが出した結論に、ギルド側の二人はほっとしていた。できれば強制させずに話を聞きたいと思っていたからだ。
「……まず、今回の首謀者ですが実行犯という意味では俺が戦った魔族がソレだと思います。裏で糸を引いているやつがいるかもしれませんが、それは未知のことなのでおいておきましょう」
静かに語りだしたヤマトはそこで一度話を区切る。ギーガーとランドは息を飲んで話に聞き入っていた。
「ここに来るまでに、俺たちは南の大陸にいました。そこで今回に似た現象に何度か出くわしています。その全てに、とある魔道具が関係していたんです。――モンスターを誘引、そして狂化する力を持つ魔道具。それを今回の魔族も持っていました」
真剣な表情で話すヤマトはそれを出すことはしなかったが、ことの原因については説明をする。
「なるほど……その魔道具を壊したから今回の一件が落ち着いたということか。ふむ……他の場所でもあったとなると、世界に何か起こっている。それもおそらくは魔族絡みといったところか」
ヤマトの口ぶりからきっとその魔道具が壊されたからこそ解決したのだろうと判断したギーガーは彼の話に納得しているようだった。ランドもまた黙ったまま思案顔だ。
「そうですね、魔族がなんの目的でそんなことをしているのかはわかりませんが、どこでも起こりうることだと思います」
ヤマトの神妙な様子を見て、そして街の被害を思い出し、ギーガーとランドもまずい状況にあると理解し始める。
ヤマト:剣聖LV207、大魔導士LV203
ユイナ:弓聖LV204、聖女LV193、聖強化士LV67
エクリプス:聖馬LV133
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。
新連載始めました。
https://ncode.syosetu.com/n6248ek/
「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」