第六十九話
黙ったままミノスはしばらく考えると、懐から一つの実を取り出した。彼の手のひらに乗る丸い実はランクSだけあり、真っ赤な太陽をそのまま果物にしたような艶やかさで美しい。他のランクを見たことがあるヤマトたちは一見して素晴らしいものだと見抜ける。
「それは……太陽の宝玉!?」
極上の逸品であろうそれの急な登場にヤマトは驚いて声に出していた。
「あぁ、これをお前たちに譲ってやろう」
「……っ、親父殿! それは!」
「黙れ!!」
ミノスの言葉で慌てたようにアスターがくってかかろうとしたが、それは一喝して止められてしまう。すさまじい覇気がアスターに襲い掛かった。
「……譲ってもらえるのは嬉しいですけど、アスターの様子を見る限り、ただの太陽の宝玉というわけじゃないんですよね?」
困ったような表情のヤマトの言葉にミノスは緩く首を横に振る。
「いいのだ、気にしなくていい。お前たちを試すような真似をしておいて、何も褒美がないというのも失礼だろう。その詫びだと思って、これを持っていくといい」
前に出した手を止めないミノスを見て、一瞬ためらいつつもヤマトは近寄ってそれを受取ることにする。
「それは……最後の……」
悔しげに歯噛みするアスターの小さな呟きはヤマトとユイナの耳に届く。
二人はハッとしたような表情で顔を見合わせ、次に、手にした太陽の宝玉を見る。
「……最後? えっ、これって最後の一つ? 他にないの?」
不安げな表情のユイナがアスターに聞き返すと、彼は気まずそうな表情で頷いた。
「馬鹿者が……しかしそれを知られたからといって取り下げんぞ。その実はお前たちのものだ。返品は受け付けん」
ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くミノスの頑なな様子にヤマトはしばし何かを考えこむ。手の中にある太陽の宝玉を見つめながら。
「……わかりました、この太陽の宝玉は俺たちがもらっていきます」
「ヤマト!」
最後の一つと聞いたため、ユイナがヤマトを止めようとした。さすがに収集癖のあるユイナでも良心が咎めたのだ。
しかし、ヤマトは静かに首を横に振った。
「ユイナ、もしここがそうであるなら封じられた森にはアレがあるはずだよ。あそこには……」
アレやあそこなど代名詞が多かったが、ユイナはそれが何を指しているか瞬時に理解してぱあっと破顔する。
「――ある! なんとかなるね! ミノス、アスター! 大丈夫だよ、太陽の宝玉はなんとかなるよ!」
くるりとミノスとアスターに振り返って弾けるような笑顔とともに大きく手を広げるユイナ。とびきりの美人の笑顔は場を明るくする。だが彼女の豹変ぶりに名を呼ばれたミノスとアスターは困惑していた。
「あぁ、すいません。何を言ってるかわからないですよね。封じられた森には、俺の予想が当たっていればあるものがあるんです。それが、太陽の宝玉の復活の一助になると思います」
苦笑交じりで話し始めたヤマトの自信満々な表情を見て、ミノスは頷いた。
「わかった、頼んだ」
そしてその一言だけ告げた。少しの助言であそこまで考えられる彼の言葉ならば託してみてもいいと思ったのだ。
「……親父殿いいのか?」
「良い、元々あれは渡すと決めていた。それでどうにかなるのであれば、任せるのが適切だ」
太陽の宝玉は森林の民にとっては好物の果物だったが、ミノスやアスターにとっては強力な魔力の供給源となるものだった。
このダンジョンを維持し、時には侵入者を排除する。そのたびに魔力を消費するため、太陽の宝玉の存在はなくてはならないものであった。
だからこそ最後の一個となるあの太陽の宝玉を渡すことにアスターは反対したのだ。
「もし、復活することが叶ったらここにもってきます。それと、駄目だった場合は何か代わりになるものを考えてきます」
ヤマトは二人に向かって安心させるように優しく微笑むと、次の目的地へ向かうために彼らに背を向けた。
部屋を出ていく二人と一頭、その背中を見てミノスもアスターも信じられると、そう思わされていた。
「ヤマト、期待に応えなくちゃね!」
「あぁ!」
二人は決意を新たに次の目的地へと向かうことにする。出口へ向かう彼らに立ちふさがるモンスターはいない。ミノスの手によって移動させられたのだろう。
再び防寒具をしっかり着込んで大木の迷宮から出た二人は再びエクリプスに乗って街へと戻っていく。
「……ところでさ、封じられた森ってここからだと西の方向だよね」
ユイナの質問に手綱を握っているヤマトは難しい表情で返事を返す。
「……西にある《風の大陸》」
そこは、年がら年中、大陸を強い風が覆っている。ハリケーンほどの勢いのある風は並大抵のことでは突破できない。
それゆえに、近づくことすらままならないといわれている場所であった。
「そうだ……いつも転送で移動してたから忘れちゃったけど、あそこってどうやって入るんだっけ?」
「あれは、NPCの依頼をこなしていくことで通過できるようになるやつだねー」
ヤマトの問いににっこりとユイナが答える。こういう細かい依頼については彼女の方が詳しい。
西にある風の大陸はメインストーリーを進めていくなかで訪れる場所になっているため、とあるNPCと協力して強力な風の壁を乗り越えていくことになっている。
その依頼をこなすと無事に到着することができるというのがゲームの時の方法だった。
「それは、問題だね」
「うん、問題なんだよね」
思い出したはいいものの、彼らは揃って悩んでしまった。
この世界にメインストーリーというものはなく、都合よく同じような方法で風の壁を突破しようとしている人間がいるとも思えなかったためだ。
「方法はいくつかあるんだけど……難易度が高いからなあ。まあ、とりあえずは街に戻ろう。ミノスたちもさすがに今日の明日でなんとかなるとは思ってないだろうし、封じられた森は逃げないから。少しゆっくりしていこうか」
神との対話と、強敵との対戦によってさすがのヤマトにも疲労の色が見える。
「だねえ、宿はとれなかったけどどこか食堂でご飯食べようよ、雪国だから温かい食べ物がありそう! 楽しみ!!」
ゆっくりできると聞いてユイナは今から、街で食べる料理に思いをはせていた。
エクリプスは雪道であろうと構わず疾走していくが、ふいにその勢いが途中で鈍り始めた。賢いエクリプスはヤマトの操縦なしでも彼らの意図を読んで行動できるため、何の考えもなしにこんな行動をとるわけがない。
「ん? エクリプス、どうかしたか?」
首を傾げるヤマトに、エクリプスはブルルと鼻を鳴らして、前方を顔で指し示す。
視界の先ではしんしんと雪が降っているが、二人は目を凝らして前方に意識を集中させていく。
「あれは……煙?」
「ヤマト! あれは街の方向だよ!」
危険を知らせるようなユイナの指摘に、ヤマトは慌てて広域マップを確認する。
「……街が襲われている! エクリプス急ごう!」
街の周辺にはモンスターを表す赤い丸がいくつもあった。
エクリプスは一声いななくと猛スピードで街へ向かって走り出した。
ヤマト:剣聖LV201、大魔導士LV196
ユイナ:弓聖LV198、聖女LV187、聖強化士LV49
エクリプス:聖馬LV116
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新連載始めました。
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「記憶を取り戻したアラフォー賢者は三度目の人生を生きていく」