第六十四話
「さて、まずは街の散策かな?」
「だね!」
フリージアナの街に入ったヤマトとユイナは白い息を吐きながら、のんびりと散策し始める。街に入る検査は冒険者カードを見せる程度の軽いもので済んでいた。
リーガイアのあった大陸とは異なり、肌寒いこの地に住む人々はコートなどの防寒具を身に纏っており、ここが雪国だというのを住んでいる人々からも感じることができる。雪に包まれてどこか静謐さを感じさせる雰囲気の落ち着いた街だった。
「――おい、そこのお前たち!」
すると、二人を呼び止める声がかかった。その声は剣呑な雰囲気を持っている。
「はい、なんでしょうか?」
振り返ったヤマトが穏やかな口調と表情で返事をするが、声の主――鎧を身に纏っている騎士の表情は厳しいままだった。
「貴様ら冒険者だな。この国には依頼などないぞ、さっさと国に帰るんだな!」
ヤマトたちに向かって指を突き出しながら一方的に忠告すると、騎士は移動して次の忠告相手を探しに向かう。その先でも冒険者と思しき人たちに向かって怒鳴り散らしていた。
「……な、なんだったんだろうね?」
「この国の紋章が入った鎧を着てたから、多分この国の騎士だと思うけど……」
突然の出来事にユイナは呆然とした表情で驚いてヤマトに質問するが、彼にも国の所属の騎士だということしかわからなかった。
「――なんか、ね」
「うん……宿にでも行こうか」
街を見て回ろうと思っていた二人だったが、何やら騎士の剣幕に気を削がれたため、予定を早めて宿を探すことにする。
宿の場所はゲームと変わらないため、すぐに見つけることができた。
しかし、宿には泊まろうという客が列をなしていた。普段ならばこんなに混んでいることはありえない。
「えっと……これは?」
どういうことだろうかとヤマトが呆然として呟くと、後ろのほうに並んでいる商人が困ったように笑いながら答えてくれる。
「ほら、長い間、海が時化ていたのは知ってるだろ? それが最近ついに終わりを迎えたんだよ。だから、俺みたいな商人、冒険者、旅人、貴族、色々な人がここみたいな大きな拠点の街にやってきてるんだ」
彼もまた何か商売のいい話を期待してやってきたのだろう。そこまで聞いてヤマトは状況が理解できた。
「なるほど、それでみんなが宿をとろうとしているんですね……これは、部屋とれないかもしれないなあ」
前に視線を向ければまだまだ列が解消されないのを見て、ヤマトは諦めモードに入っていた。
「あぁ、俺ももしかしたらダメかもしれないとは思ってるが、万が一のチャンスにかけてるんだ。ここは他に宿がないからなあ。もしダメだったら、船の待合所で寝るしかないな」
苦笑交じりの商人の言葉を聞いたヤマトとユイナは困ったように顔を見合わせる。
ゲームであれば、宿に泊まるのはオプションのためであったり、追加バフをかけるためだったりするだけだが、現実に生きているヤマトとユイナはそうはいかない。寝なければ相応に体調を崩してしまうし、徹夜なんて数日も持たない。
「ヤマト、まずいよー! フカフカベッドで寝られなくなっちゃう!」
縋るようにヤマトに迫ったユイナはやや焦りを見せていた。
そんな表情をする理由には訳があった。船の待合所がどんな場所か知っているが、ベンチがいくらかあるだけであとはその場にゴロンと寝るしかないような場所であり、床は石だった。さすがにどこでも寝れるユイナでも石の上では寝たくないようだ。
「――よし、それじゃああそこにいこう!」
そんな彼女に元気を出してもらうべく頭をひねったヤマトは宿の心当たりを思い出し、ユイナの手をとって走り出した。
「? ……あ、了解っ!」
最初は引っ張られるまま走り出したユイナだったが、あそこというのがどこかピンとくると楽しそうに並走しだす。
「……一体どこに行くっていうんだ?」
彼らがいなくなって気持ち進んだ列に並んだまま、そんな二人の背中を商人は見送っていた。
ヤマトとユイナは街中を走り抜け、そのまま街を飛び出して更に西に向かっていく。
そして、街を出たところでヤマトは笛を吹いた。それはエクリプスを呼びだすための笛だった。
高らかに笛の音が周囲に響き渡るのが二人の耳に聞こえてきた。
「……来るの?」
ゲームとは違うため、エクリプスが離れた大陸までやってくるのかどうかユイナは心配していた。ガズルの船に乗る時は新たな土地へ行ける期待と好奇心ですっかり彼の存在を忘れていたようだ。
「大丈夫、きっと来るはずだよ」
にっこりとほほ笑んだヤマトはそれを感覚で感じ取っており、確信していた。
ほどなくして、雪道の中をかき分けるように勇ましく走ってくる何者かの姿が目に入った。
「あー、エクリプス!」
そして、それをいち早くとらえたのは弓聖のジョブであり、視力が強化されているユイナだった。嬉しそうにその場でぴょんぴょん跳ねている。大きく手を振ってこちらへ来るように促していた。
「やっぱり来たか」
格好つけて言うヤマトだったが、内心は心臓がバクバクしていた。自信満々にいってみたものの、もしエクリプスが来なかったらどうしようと考えていたのだ。
「おぉ、よしよし、エクリプス。やっぱりここでも来てくれたな」
「ヒヒーン!」
ヤマトたちの目の前に辿り着くとしっかりと止まって、当然だといわんばかりにエクリプスが声をあげる。ヤマトに撫でられて嬉しそうに目を細めていた。
「ふふっ、元気そうでよかったよ。悪いんだけど、俺とユイナを乗せてくれるかい? 行きたい場所があるんだ」
気遣うようなヤマトの言葉に、エクリプスは自然にひざを折ってかがむと二人が乗りやすい姿勢をとる。
ヤマトが先に乗り、ユイナをエスコートする。二人が乗ったのを確認してエクリプスは再び立ち上がった。
「それじゃ、行くぞ!」
「ヒヒーン!」
ヤマトが手綱をとり、ユイナはそのヤマトにぎゅーっとしがみつく。
目的地に向けて走り出す一向。雪道であったが、エクリプスはそれを苦にすることなく走り抜ける。
途中、モンスターに出くわすことがあったが、それもエクリプスの一蹴りであっという間に倒されていく。
「いいぞエクリプス!」
「速いはやーいっ!」
レベルが上がったエクリプスにとって、これくらいの雪道は障害にはならず、滑ることも足をとられることもなくどんどんスピードあげて走っていた。
次第に楽しくなってきたヤマトは加速を止めることなく、ユイナもきゃっきゃとはしゃいでいる。
それはこの光景を誰かが見たら、何か怪物が走り回っていると思ってしまってもおかしくないものだった。
「ヤマトー、そろそろかなぁ?」
しばらく走ったところではしゃぐのに飽きたユイナが声をかけてきた。
「もう、そろそろかな?」
ヤマトは目を凝らして何かを探すように前方を見ていた。
すると、この場所に似つかわしくない、緑が生い茂った大木が見えてくる。
「――あれだ!」
ヤマトは手綱でエクリプスに指示を伝える。更に速度あげたエクリプスはあっという間に大木のもとへと到着した。
一面の雪景色に存在感をハッキリと醸し出す大木。緑が眩しく雪の中で生き生きと強い生命力を見せている。
「うん、この一本だけ緑の大木。確か、このふもとに……」
エクリプスから降りたヤマトは記憶を頼りに雪をかき分けて、何かを探していた。
ヤマト:剣聖LV200、大魔導士LV195
ユイナ:弓聖LV197、聖女LV185、聖強化士LV37
エクリプス:聖馬LV113
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