第五十六話
戦闘を一時離脱したユイナは周囲に何か解決のヒントがないかを探すことに集中する。
その間、ヤマトはトリトンの足止めを買って出ていた。少し離れたところではヤマトたちがトリトンたちに集中できるようにエクリプスが奮闘している。
「――せいっ、せい!」
ぐっと力を込めて何度も剣を振るうヤマト、しかしトリトンはそれを全て素手でいなしていく。そうしてぼんやりとした表情のままさらりとやってのけられるとトリトンと圧倒的なまでに力の差があるのを感じる。
だが、ヤマトがやられることはなかった。
トリトンの攻撃力、防御力は強力で、先ほどのように一瞬で距離を詰められた場合は大きな危険を伴う。
「“スラッシュ”! “ハイスラッシュ”!」
だからこそヤマトは先ほどとは違い、あえて大技を使わずに、通常攻撃と基本的な技を連続で使って攻撃していく。それにより、トリトンとの距離は一定を保っており、急激な接近ということは起きない。
更に、手数で勝負しているヤマトの攻撃は相手に一切の攻撃を許さないほど苛烈であり、トリトンはそれを防御するだけで精いっぱいだった。
力の差があることはわかりきっていたが、それでも本来のトリトンの戦闘方法は相手の攻撃を受け流し、ダメージを受けないというものであったため、自然とこの戦い方になっている。
ゲーム時代と違って現実に疲労がたまっていくこの世界。ヤマトが動きを止めていられるのも、長時間は厳しいであろうことはユイナにもわかっていた。
そのため、少しでも早く見つけなければと急いで、どこかに例の魔道具がないかを探していた。
ここは小島。橋の時や大平原のように目立った建造物はなく、魔法陣が描かれている様子もない。
「――どこにあるの!?」
焦る気持ちが彼女を苛立たせる。彼女の鋭い感はこういった時には仕事をしてくれないため、ユイナは周囲をきょろきょろとせわしなく見て回りながら悔しそうに声を荒げた。
「ユイナ! ここまでの戦いにヒントがあるかもしれない!」
彼女の焦りを感じたヤマトは技を繰り出しながら彼女に叫ぶ。彼のこの言葉が何かの助けになるかはわからない。
しかし、それでもユイナが迷っているなら声をかけるしかないと思っていた。
「ここまでの戦い……トリトンは最初はぼーっとしていた。それが急に戦いに参加してきて、ヤマトの魔法を止めてた。そのあとトリトンランスを使って……違う、そこまでいかない」
ヤマトの言葉で落ち着きを取り戻し、はたと立ち止まって考え込んだユイナはどこかにひっかかりを覚えていたため、それを頭の中で明らかにしていく。
「――わかった!」
どこから繋がっているのか。それをユイナは考え、導き出す。
「そもそもトリトンが動き出したのはどのタイミングなのか。答えはあなただよ!」
びしっとユイナが指差したのは先ほど倒れた魔族だった。
さきほどヤマトたちの攻撃を受けた魔族はすでに意識を取り戻しており、ゆっくりと身体を起こしていた。
「つつつっ……ったく、お前たち遠慮がなさすぎるだろ。……それで、なんの答えだというんだ」
痛みに顔をゆがめつつ起き上がった魔族はしらを切りとおすつもりらしく、ユイナの言葉になんのことだかわからないと腕を開いていた。
「トリトンが動きを止めていた時、あなたは側にいた」
「……あぁ、そうだな」
何か感づかれたのか? と魔族の男は目を細めて警戒するようにユイナを見ている。
「そして、トリトンが私たちの攻撃を止めた時、あなたのいた場所はトリトンから離れた場所にあった。そして、トリトンはあなたを守っているようにも見えた。トリトンはここで何をしていたのか? なんでこんな嵐を巻き起こしているのか?」
真剣な表情で問い詰めるようにユイナが言葉を紡いでいくにつれて、魔族の表情はぐしゃりと歪んでいく。
「うるさいいいいいいい!」
我慢できなくなった魔族はユイナに向かって攻撃を繰り出す。彼の右手はぐにゃりと形を変えて再集結すると剣を形どり、ユイナに斬りかかる。
ユイナが最も得意としている戦闘スタイルは弓による遠距離攻撃。
ゆえに魔族が近距離攻撃で斬りかかったのは正解だった。
正解ではあったが、それは通常の場合であり、ユイナはこの攻撃を待ち構えていたため、話は変わってくる。
「――つまり、あなたがアレを持っている可能性が高いってこと!」
強く足を踏み込んだユイナは素早く魔族の懐に入り込み、短剣で攻撃を加えていく。
その狙いは、魔物を活性化する魔道具。魔道具を入れやすく、守りやすい懐を突く。
「笑止!」
だが魔族もタダではやられない。相手が鼻で笑って誇らしげにしている胸元で、ユイナの短剣は皮膚に弾かれてしまう。万が一魔道具がそこにあったとすれば破壊できるだけの強さの攻撃だったが、それはかなわなかった。
これで懐にはないことがわかった。それはユイナにとっては一歩進んだ状態になる。
「くらええええ!」
ばっとバックステップで飛びのいたユイナが距離をとると、すぐに魔族は追走する。今度は両手を武器に変化させての攻撃だった。
「なるほど、それじゃこっちも! “ホーリーフレイム”」
さっと武器を聖女の杖に持ち替えたユイナ。
距離は近いが、弓を構えるよりも早く攻撃できるのは聖魔法。放たれたのは聖女の祈りが込められた清らかな青い炎だ。
聖属性は魔族などの闇属性のモンスターに効果的な魔法であり、目の前の魔族も例外ではなかった。
「ぐああああああああああああああああああ!」
攻撃をしようとして勢いがついていたため、魔法を回避することができず直撃してしまった。それでも魔族は食らいつくようにユイナに向かって両手を構えていた。
「すごいね、でもそれじゃあまるわかりだよ!」
相手を褒めながらきりっとした表情になったユイナは自分に強化をいれる。
一瞬だけでいい、相手をはるかに上回る速度を。
「な、に」
炎による浄化のダメージを受けている魔族はそう口にするだけで精いっぱいであり、ユイナの姿を追うことができなかった。
姿が消えたユイナ、しかし直前の彼女の言動から後ろに回り込まれたとわかった魔族は慌てて振り返る。
そこには思っていたとおりユイナの姿があった。
「がんばってこっち向いてくれたみたいだけど、ごめんね」
謝るような手振りと共ににっこりと笑ったユイナは短剣を既に鞘に納めていた。
カランカラン、と何かが落ちるような音がする。
音につられて視線を向ければ、魔族の足元にはユイナが二つに割った魔道具が落ちていた。
「ぐっ、ぐああああああああああああああ!」
それを確認した魔族は断末魔の大きな声をあげる。みるみるうちに彼の身体から魔力が抜けていくのがユイナの目に映っていた。
「えぇっ、あなたこの魔道具と繋がっていたの!?」
魔力が抜けきった魔族がその場にばたりと倒れたのを見て、ユイナは驚きの声をあげていた。
ヤマト:剣聖LV198、大魔導士LV192
ユイナ:弓聖LV195、聖女LV181、聖強化士LV30
エクリプス:聖馬LV65
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