第五十三話
水の祠で見つけた階段をヤマトたちは降りて行く。
階段は最初は海に沈む岩のように濡れているような様子だったが、進んでいくと徐々に波が荒れて視界の悪い水中トンネルのような雰囲気のところに出る。足元も気づけば水をそのまま階段状に切り取ったようなものに変わっていた。
「……ヤマト、ここどこに繋がってると思う?」
「多分、神殿だろうね。位置的に見てもそうだし、属性的にも恐らく……」
そんな長い階段を経て一番下までたどり着くと、見覚えのある風景が出てきた。
深い緑かかった青い海の中、透明なドーム状に天井が広い空間に海底神殿はある。
上を見上げればドーム越しに悠々と泳ぐ大小さまざまな水生生物の姿が見られた。
神殿は海と同じ色の石造りで、綺麗な色合いの珊瑚が彩りを添えている。
「見覚えあるー!」
ぐるりと周囲を見渡すユイナもはっきりと覚えている海底神殿だった。懐かしさとこのダンジョンの美しさに目を輝かせていた。
「ヒヒーン!」
初めてダンジョンに入ったエクリプスも喜んで声をあげていた。
「さて、ここまで来たのはいいけど……恐らく海神に何かあったのを解決するってクエストだよね」
綺麗な景色の中、考え込むように腕組みをしたヤマトの表情は曇っていた。
「だよねえ、しかもさ……ガズルさん言ってたよね。海神の怒りだって……」
ここに来た目的を思い出したユイナも同様の表情だった。
海神ポセイドン――神の名を冠するものであり、最強クラスの能力を持っているモンスター。
知能が高く、プレイヤーとも言葉を交わすことができるのが特徴だ。
ゲーム時代に討伐したプレイヤーは神殺しの称号を手にする。エンピリアルオンライン内で実際に会うことができる、数少ない神だった。
「もし、ポセイドンが怒り狂っているという状態だったら、まず戦闘をすることは避けられない。冷静な状態であれば何が原因で海が荒れているのかを聞きださないと」
何度も来たことがある場所であり、二人はマップを見ることすらせずに迷わず海神ポセイドンの部屋へと向かっていた。
入り組んだ神殿を歩く道中、ここを守る精霊と戦うことになる。
どういう目的で来たにせよ、侵入者と判断されてヤマトたちは敵とみなされている。そのため、戦いを回避することはできなかった。
「むー、魔物タイプじゃないから戦いづらいなあ」
ユイナは先ほど自身が倒したばかりの精霊のモンスターを苦い表情で見ている。
ヤマトたちはゲームであれば敵は人タイプであっても、魔物タイプであっても、精霊タイプであっても立ちはだかるものは全て倒してきた。
しかし、その中でも精霊タイプのモンスターは豊かな表情があり、神殿を守ろうという強い意思が伝わってくるだけに戦いにくい相手であった。
「仕方ない、苦しまないように一撃で倒していくしかないよ。俺たちにも目的があるからね……」
ヤマトも同様の心境ではあったが、目的が別にあるため心を鬼にして精霊たちを倒していた。
エクリプスは立ちはだかる敵は敵だと淡々と倒していく。
しばらく進んでいくと、強い力を三人は感じ取っていた。
ヤマトとユイナはゲーム時代にこの力を直接体験したことがあるため、誰の力かはっきり分かった。
もう海神ポセイドンの部屋は近い。
「……ブルル」
エクリプスにいたっては、普段の勇ましさとはうって変わり、ヤマトの背後に隠れるかのようにしてあとをついてくる。
「ゲームとはまた違う、すごい力を感じるね。まだ部屋まで少しあるのに、威圧感がある」
「うん……やばいね」
ヤマトもユイナもその力に表情が引き締まっていた。
ゲーム時代はただモンスターやボスモンスターから経験値やアイテムをもらうだけの場所として何度も周回していたが、質感や空気感を実際に肌で感じられるようになった今では感覚が違うようだ。
上位職を解放してレベリングをしても、神と名のつくモンスターは狂獣とはまた異なる桁違いの強さを持っているため、彼らの顔にも緊張の色がにじむ。
ポセイドンを守ろうと立ちはだかる精霊を倒しながら通路を進み、大きく見上げるほどの巨大な扉の前に立った三人は思わず息を飲む。
「こんなに威圧感があったのか……」
「やばいね」
ここまで来るとユイナにいたっては語彙力がなくなってきていた。ごくりとつばを飲み込んでただじっと扉を見つめるばかりだ。
その時、ギギギギと大きな音をたてて自然と扉が開いた。
「「開いた!?」」
その場で固まり、困惑の声をあげる二人、声も出ないエクリプス。
「一体何者が来た……まあいい、入れ」
低く響く重圧感のある声が一行を迎え入れる。
「この声は……ポセイドン。冷静な感じだね、行こう」
「うん、やばいね」
もう口癖なのかというくらい同じ言葉を使うユイナ。硬い表情で立ち尽くしている。
立ち止まっていて神の怒りを買っても仕方ないと決意を新たにした二人がポセイドンの前まで進んでいく。
警戒や怯えからかエクリプスは入り口から進もうとしない。動物の本能や勘が働いたようだ。ヤマトたちはそんなエクリプスを無理やり連れて行こうとはしなかった。
「でかい……」
ゆっくりと、だが確実に距離を詰めた二人はポセイドンと少し距離を開けて目の前まで来た。
海神ポセイドンはまるで巨人のような大きさで、そのサイズに見合った玉座に悠然と座っている。
ゆったりとした白い布をローブのように身体に巻き、長い髪と筋肉質な身体を持つ男性のような姿だ。
近くには彼の物と思われる海の波をイメージした三又の鉾と何か飲んでいたのか大きなカップがあった。
近くに来てみると改めて彼の強さを感じる。ゲーム時代と変わりない姿と力強さをヤマトたちは目に焼き付けていた。
「ふむ、お前たちが侵入者か。精霊たちが失礼をしたな、自動で迎撃するように命令しているものでな。あいつらには敵意はなかった」
「い、いえ、俺たちも反撃して倒してしまったので……それよりも聞きたいことがあるのですが」
最初に相手から謝罪の言葉が出てきたことに戸惑いながらも、ヤマトは失礼のないように気をつけつつ、聞きたかったことを尋ねる。
「ふむ、いいだろう。ここまで来た力ある者であるならば、話くらい聞いてやるのが礼儀というものだ」
ヤマトたちをじっと見つめたのち、大きく頷いたポセイドンに二人はほっと息をついた。
「自分たちが聞きたいのは、地上というか、海上で起きていることについてです。今、海上ではある一定のラインから海が大荒れになっています。おそらく強引に入れば、嵐に巻き込まれて船は座礁してしまうでしょう。あれは明らかに自然現象とは異なっています。……一体、海に何が起きているんですか?」
ヤマトの問いかけにポセイドンは手にしていたカップを握りつぶしてしまう。
ぼたぼたと中に入っていたであろう飲み物がこぼれ、破片があたりに飛び散る。
「――なんだと?」
訝しげな表情で答えたそれを聞く限り、ポセイドンは今起きていることについて関わっていないように思える。
「……少し待っていろ」
ポセイドンは近くにたてかけてあった三又の鉾を手に取るとそれを天井にかかげる。先端がぼんやりと光を放って、彼は何かを感じ取るように目を閉じた。
「…………そんなことになっていたのか。しばらく干渉しないうちに色々あったようだ」
この短時間の挙動でポセイドンは海上で起こっていることを全て理解していた。目を開けて静かな口調で答える。
「それで、一体何が?」
嵐の中のことは全く分からないため、ヤマトはその色々がなんであるのかを質問する。
「ふむ、まずその海域でモンスターが暴れている。それは何やらモンスターを活性化させる何かが海上にあるのが原因らしい」
ポセイドンが話すそれに二人は心当たりがあった。――例の魔道具だと。
「そして、海が荒れている原因は……」
そこまで言うとポセイドンはギリッと歯をかみしめ、ふるふると怒りに身を震わせる。
「――不甲斐なき、わが息子トリトンの仕業だ!」
怒りのまま放たれたその声には強い怒りが籠っており、ビリビリと神殿自体を震わせた。
「あの馬鹿者はどうやらそのモンスターを活性化する道具の持ち主の甘言に乗ってしまったらしい、そして海を荒らしている……あの大馬鹿者が!」
どんと怒りを発散させるように鉾の底を床に叩きつけながら叫ぶポセイドン。再び神殿が震えた。
ギリシア神話ではポセイドンの息子がトリトンという話は有名なものであり、それはヤマトも知っていた。
しかし、エンピリアルオンライン上でそんな設定があったことは初耳だった。
「しかし、私はここから動くことはできん。……あいつが正気を取り戻すか、飽きて戻って来るのを待つしかないな」
神と言っても自由に動けるわけではないようで、怒りをおさめたポセイドンは大きく息をつくと座っていた王座のひじ掛けに立てた腕の上にあきらめたような表情の顔を乗せている。
それではどれだけ時間がかかるのかわからない。そう考えたヤマトは提案する。
「――俺たちが行って来ます」
「ほう?」
それはポセイドンに興味を持たせるに十分な言葉だったようだった。
ヤマト:剣聖LV198、大魔導士LV192
ユイナ:弓聖LV195、聖女LV181、聖強化士LV30
エクリプス:聖馬LV55
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。