第五十話
ユイナが別行動をとって向かった先、それはこれまでにヤマトたちが向かったどの街とも違うジャイズ族の街セントルーダだった。
ここは斧士を選んだプレイヤーが最初に冒険を始める街である。
「よーっし、ついたー」
フライングバードで空を使っての移動は馬での地上移動と違い、障害物が全くないため、とてもスムーズだ。
ヒューリアを飛び立ってそう経っていないが、街をいくつか経由するほどの距離を飛んでここまできた。
セントルーダは大柄な種族であるジャイズ族の街だけあって全体的な街の構造が他の種族のものと比べて少し大きい。
大きく口を開いた門をくぐると開放的な街が広がっていた。
「うーん、やっぱりみんな大っきーい!」
もちろん街行く人々を大柄な者が多い。きょろきょろと周囲を見回しながらユイナは楽しそうに歩いている。
「ってやっばい、感心してないでさっさと行ってこないと……」
目的を忘れてついこの街を楽しもうとしだしていたことに気づいたユイナは慌てて気を取り直して目的の場所を探し始めた。
「……ここ、かな」
マップと記憶とを照らし合わせながらユイナはそこに辿りついた。
その店はここに辿りつくまでの間に見かけたどの店よりも静かだった。この周囲も落ち着いた静けさと冷たい空気が漂っている。
「静か、だと良い表現だよね。うん、ここはさびれてる」
かけられている看板もボロボロで、建物も老朽化がみられていた。他の人が見たら絶対に廃業していると判断して避けていくような店。
それでもユイナは中へと入っていく。
「すいませーん、だれかいますかー?」
ユイナの声だけが店の中に響き渡り、返事は聞こえなかった。
中も少し埃っぽく、しばらく掃除していなさそうな雑然とした雰囲気がある。ガラクタといってもいいような木材やよくわからない品がごちゃ混ぜに置かれているからだ。
「……誰もいないのかな? ……すいませーん!」
そんな中を見回しつつユイナが更に大きな声で呼びかけると、奥の方からガタンと音がした。
「誰か、いるの?」
音のする方に注意を払いつつ、周囲を見渡すが誰の姿もない。
「……うーん、お、重い……」
その時、何かをかき分けるようにくぐもった声が端に散乱した木材の下から聞こえてきた。
「え!? ちょ、ちょっと、ちょっと!」
ユイナは、木材の下に誰かがいるとわかると、慌てて駆け寄ってそれを取り除いていく。
そこには髪の毛がぼさぼさの冴えないヒューマン族の男性が転がっていた。細身でちょっと天然パーマ気味の彼は年齢でいえば40代前半くらいだろうか。
「――ありがとうございます。おかげで助かりました、いやあ内装を修理しようと思ってたら、予想以上に重くて気づいたら下敷きになって気絶していましたよ、はっはっは!」
それは、この店の店主だった。明るく笑っているが木くずやほこりまみれのボロボロの姿が情けなさを醸し出している。
ユイナが回復魔法を申し出たが、けがはしていないと笑って遠慮された。
「えっと、よかったです。無事助かったので……それで、さっそくお願いしたいんですけど」
ユイナはやや引き気味になりながらも、表情を引き締めると本来の目的を果たそうとする。
彼女がこの店に来た理由――実はこの街は斧士とは別にもう一つ、支援術士という職業を選んだプレイヤーが開始の場所にすることにある。
支援術士とは、仲間の能力を強化したり相手の能力を下げたり、継続ダメージを与えたりするジョブであり、サービス開始当初の呼び名が[ハズレ術死]。
剣士や魔術士と違って敵に大きく直接的にダメージを与えることのできない職業のためか、ハズレと呼ばれ、更には死までつけられる不人気ぶりだった。
だがユイナはその支援術士になるためにここにやってきたのだ。
「え、えええええぇぇええええ! お、お客さんですか!?」
大きく身をのけ反らせるほどに彼は久々の客がやってきたことを驚いていた。
「は、はい……それで、お願いできますか? 支援術士になりたいんですけど」
「ほ、本当ですか? 本当に本当に本当ですか?」
あまりの驚きようにユイナは少しげんなりしてしまう。
せっかく支援術士になりたくて来たのはいいのだが、彼のずいっと詰め寄るような剣幕にユイナは少し帰ろうかなと思い始めていた。
「あっ……す、すいません、興奮してしまって……こちらへどうぞ」
ハッとしたように我に返った彼は頼りないという言葉以外が浮かばない、そんな印象だったが仕事はちゃんとしてくれるらしかった。
ユイナは案内に従って魔法陣のある部屋へと入っていく。
一通りの手順は知っていたため、ユイナは滞りなく支援術士へとなることができた。
途中怪しい挙動をしていた店主だったが、安堵したように汗を拭いながら大きく息をついている。
「うん、ちゃんと支援術士になれてる!」
そんな彼をよそにユイナはこっそりステータス画面を確認してみると、弓聖、聖女に続いて、聖強化士がついていた。
本来のものと名前は違うが、支援術士の上位職であることを知っているユイナは口では支援術士と笑顔で言っていた。
「よかったです、いやあ、数年ぶりの儀式だったからちゃんとできるか不安だったんですよねえ」
あははと笑いながら店主はとんでもないことを言っていたが、あえてにっこり微笑むだけでユイナは聞き流すことにする。
「手続きありがとうございました! ……でも、なんでこんなにさびれているんですか?」
ふと思いついたことを言っただけの口ぶりだったがユイナの質問はド直球であり、店主の顔はひきつっていた。
「うぐっ……さ、さびれている……確かに……そうなんですが、どうも支援術士は冒険者の方から人気がなくてですねぇ……。やれ使いづらい。やれ、ソロで戦えない。やれ、パーティでお荷物になる。やれ、弱い。やれ、派手さがない。やれ、戦いの中で役に立たない……」
しょんぼりと肩を落としながらぶつぶつと店主は今までに言われたことを次々に口にしていく。ずーんと重たい雰囲気を背後に背負っているように見えた。
だが一方のユイナはそれを聞いて不思議そうに首をかしげていた。
「うーん、そんなことないと思うんだけどなあ……」
「……?」
ユイナの言葉に今度は店主が首を傾げることとなる。
「だって、支援術士って味方の強化ができて、敵の力を弱体化することができて、しかも継続してダメージを与えることもできるし、使い方次第で強力なダメージを叩きだすことができる――こんなに重要なジョブ、パーティに一人必須でしょ!」
指折り数えながら今度はユイナが今まで経験してきたことから良い点をあげていく。ゲーム時代の思い出を頭に浮かべると、どれもこれも店主の言うような暗いイメージは一切ない。
「……お、おぉ、おおおおおおっ!」
ふわりと聖女のように微笑みながらいくつも支援術士のいいところを上げたユイナに感動した店主は雄たけびをあげながら涙を流している。
「ひゃん!」
涙でぐしゃぐしゃな店主との距離が近づいてきたことに気づいたユイナは驚いて後ろに飛びのく。
「あっ、こ、これは、ひっく、失礼……ひっく……しました。あなたがそう言ってくれることが、本当にっ、嬉しくて……そうなんです、本当は強いんです!! なのに、なのに……うわあああああん!!」
いい年の男性が顔を両手で押えて急に号泣したことで、ユイナは完全にひきつった笑顔になっていた。
「よ、よかった? ですね……えっと、と、とりあえずその、良いところをアピールしていくのが大事なんじゃないかと……それでは失礼しましたーーーーっ!」
この空気が気まずくて耐えられなくなったユイナはそれだけ言うと、勢いよく店を飛び出して街の外まで走り、急いでフライングバードを呼び出すとヤマトのもとへと戻っていった。
彼女が去ってもしばらく感動の涙を流し続けた店主はユイナの言葉に心を打たれ、それから気合を入れなおして店の改装をし、支援術士の有用な部分を説明するよう行動することとなる。
その後、この街では支援術士を選ぶ冒険者が増えたそうな。
ヤマト:剣聖LV195、大魔導士LV189
ユイナ:弓聖LV192、聖女LV178、聖強化士LV1
エクリプス:馬LV15
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