第四十八話
「――ちょっといいですか?」
ヤマトが穏やかな笑みを浮かべつつ揉めている二人に声をかけると、二人ともが怪訝な視線を送ってくる。
「……あん? なんだ、お前は」
「私たちの問題に口を挟まないでもらえるか」
声をかけられた二人はあれほど言い争っていたのが嘘のように一瞬でトーンダウンしていた。
揉め事に不安を感じていた周囲の人たちもほっとしたように食事に戻っていく。
「いやいや、こういう話というのは頭に血が上った二人で話し合うと解決しないものです。ここはひとつ第三者を仲介にいれるのが良いと思いますよ。さ、お二人とも座って下さい。落ち着いて話を聞きましょう。……すいませーん、お茶を三つお願いします」
少し強引ではあったが、笑顔のヤマトがどんどん話を進めていくと、二人はそれもそうかと渋々ながらも近くの椅子に腰を下ろした。
「……それでは、どういうことなのか順番に聞いていきましょう。聞こえた話の内容では、あなたが船を持っていて、船を出してほしいとそちらのあなたが言っている。しかし、遠出はすることができない……といったところですかね?」
穏やかな口調で改めてまとめられるとシンプルな話であるため、二人とも黙って頷くしかなかった。
「それで……っと、お二人の名前を教えてもらってもよろしいですか? 俺の名前はヤマト、冒険者です」
自分から名乗ることで、二人にも名乗らせやすくする。
「俺はガズル。この街で漁師をやっている。小型の船と、少し大きめの船の二艘を持っている」
腕組みをしてどんと構える日焼けした男、ガズル。屈強で大柄な身体をもち、職人を思わせる気難しい性格を表すいかつい顔立ちをしている。服の間から覗く身体の一部分には鱗のような輝きのある皮膚が少し見えていた。
「私の名前はゴーダマル。見てのとおり貴族だ」
ふんと鼻を鳴らしながらも清潔で高そうな服に身を包んだヒューマン族の男、ゴーダマル。偉そうな口ぶりだが品のある動作でお茶をすすっていた。
二人ともヤマトの予想どおりの人物だった。
「はい、ありがとうございます。それではガズルさんに質問です、なぜ近海は良くて遠出は無理なのでしょうか? ……あ、すいません、この街に来たばかりなので状況にうとくて」
申し訳なさそうにヤマトが最後の一言を付け足したことで、ガズルは仕方ないとため息をつきながらも最初から順を追って話していくことにする。
「このあたりの街は、近海と遠洋で漁をして生計をたてているものが多い。俺もその一人だ。……だが最近は遠洋で時化が多くてな。いや、多いなんてものじゃない、もう毎日時化ている。あれは海神様が怒っているからに違いねえ。……だから、俺はいくらもらったとして船は出せねーぞ!」
最初は穏やかな口調であったが、次第にどうにもならないもどかしさがこみあげたのか最後には吐き捨てるようにガズルが言う。
「なるほど……その状況はゴーダマルさんもご存知なんですね?」
ヤマトの質問に何を言っているんだと言わんばかりの表情で彼は頷く。
「当然だ、情報収集は大事なことだからな」
チラリと視線を送った先にはゴーダマルの部下が数人控えていた。それに合わせて部下たちはぺこりと静かに頭を下げる。
「なるほど、その状況がわかっているうえで、それでも船を出したいというのには何か理由があるのでしょうか?」
視線を元に戻して続くヤマトの質問に、それを聞かれるとは思っていなかったゴーダマルは難しい表情になった。
「ううむ、そのあたりは私にも事情があるとだけ言っておこう。悪いがその事情までは話せん。しかし、私は何がなんでも行かねばならんのだ!」
「……その、他の人をあたるというのはダメなんですか?」
理由を言いたくないと話を断ち切るようにまくし立てたゴーダマル。ヤマトの次の質問にもゴーダマルの表情は冴えない。
「……他にアテがあれば俺のところになんぞこんだろうな」
他種族にまで頭を下げるというのは珍しいことで、しかも貴族がともなると珍しいことであった。貴族にはプライドが高い人が多いからだ。ぼそりと呟いたガズルの一言に全てが集約されている。
「ううむ、その通りだ。他は全て断られてしまった……今となってはお前しかいないのだ!」
再び言い争いをしかねない二人の事情を一通り聞いたヤマトはどうすればいいかと考え込む。
「――ねえ、要するにその海神様の怒りが収まればいいんだよね?」
それはイクラ丼を食べ終えたユイナの声だった。食べ終わった皿を片付けた彼女がこっちを向いていた。
「あ、あぁ……そりゃ怒りが収まって時化もなくなれば船ぐらい出してやるさ。金ももらえるんだしな」
突然話を振られて驚きながらもハッキリと言い切ったガズルの答えに、ユイナはニコっと笑う。
「ようっし、ヤマト! 海神様の怒りをおさめに行こう!」
少し駆け足で近づいてきたユイナは確信を持った表情でヤマトに手を差し出す。
「……しょうがないなあ、了解!」
こうなることはわかっていたヤマトはユイナの手をとると立ち上がった。
「と、いうわけなので、んーっとそうだなあ……一週間待ってね。私たちがなんとかしてくるから!」
少し悩みながらもなんとかするというユイナの宣言に、二人は唖然としながらも頷くしかなかった。
彼らとてこの件に関する問題が解決してほしいという気持ちには変わりがなかったからだ。
それを確認すると、ユイナとヤマトは勢いよく店を出る。
先払いの食券制であったため、食い逃げにはならなかった。店主の威勢のいい礼の言葉が彼らの背を押すように響いた。
「――それで、どうするの?」
店を出てしばらく進んだところで、ヤマトがユイナに質問する。あれだけ自信満々に言い切ったのだから何か考えがあるのかと確かめた。
「うーん、わかんない!」
くるりと一歩前に出ながら振り返った彼女は明るく、ハッキリとした声で、しかも表情は笑顔でそう言い切った。
「だって……考えるのはヤマトの仕事、でしょ?」
ふわりとほほ笑んだ彼女の信頼に満ちた言葉でそう言われてしまったヤマトは考えるしかないと腹を括る。
「まあそうだろうなって薄々思ってたけど……。海神ってなると、多分海神ポセイドンのことを言ってるんだと思う。よく聞く名前だけど、この世界でもそうだったはずだからね」
ゲーム自体に戦った海神の姿を共に頭に浮かべた二人。
そこで思い出したようにユイナはポンッと手を打つ。
「ということは、あれかな? ――海底神殿」
「そうだねえ、海底神殿で何かあったんじゃないかと思うんだよね。まずはあそこに向かう方法の確保が必要になるんだけど……」
海底神殿はその名の通り、深い海の底にあるため、今の状態のヤマトとユイナでは向かうことはできない。
無理やり向かったとしても途中で息が続かなくなってしまう。魔法でやるにしても深海といってもいいほどの場所にある海底神殿での事態に対応できなくなっては困る。
「――となるとー……呼吸方法、もしくは海用の移動手段の確保が必要だね」
ユイナが口にしたその二つが海底神殿に向かうことができる方法だった。
「うん、それはあの人に聞いてみよう。……ねえ、ガズルさん?」
意味ありげな笑顔でヤマトが後ろを振り返ると、そこには腕組みをするガズルの姿があった。
「なんだよ、ばれてたのか……――それで、どうするつもりなんだ?」
つけていたことがバレてバツの悪そうな表情のガズルはその肌のところどころに鱗のような輝きを持つ種族――魚人族だった。そのことで答えに近づけると思ったヤマトとユイナはニヤリと笑っていた。
ヤマト:剣聖LV195、大魔導士LV189
ユイナ:弓聖LV192、聖女LV178
エクリプス:馬LV15
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