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第四十七話



 中央都市リーガイアをあとにしたヤマトたちが次に向かったのは港町ヒューリア。

 海に面した開放的な白い石造りの街であるのが特徴で、たくさんの船がここを経由して各地へ物や人を届ける。


 ヤマトたちはフライングバードに乗っての移動のため、ここまでリーガイアからかなりの距離があったが、途中一晩野営するだけで到着することができた。

 街の近くに降り立った二人は街を一望できるところから広がるオーシャンビューを楽しんでいる。


「うーん、潮の香りがするねー」

「地元に海がないから、海ってなんていうか、憧れるよね!」

 いつもであればユイナのほうがテンション担当であるが、今日はヤマトのテンションが高かった。彼からは今すぐにでも海の近くへ行きたいという思いが溢れていた。


「あー、そうだねえ。私は海がある県の出身だけど、ヤマトはねえ……」

 海なし県出身のヤマトには、そこが海であるというだけで興奮するものがあった。だが慣れた潮の香りをいっぱいに感じたユイナは懐かしさはあれどそこまで感慨はないのか、どこか落ち着いている。

「うん! 早く行こうよ!」

 もちろんゲーム時代にも何度も来た街ではあったが、自分の五感で海を感じられることで気分が高揚したヤマトはそう言うなり全力で走り出していた。


「はいはい……って待ってよー!」

 先に走っていってしまうヤマトをユイナは慌てて追いかけていく。





 ギルドカードのチェックを済ませてヒューリアの街に入ると、さすがは港町。

 そこかしこで磯の香りがして、様々な魚介類を売っている商店が多く見受けられる。種族は特にまとまりはなく、日に焼けた人が多い印象がある程度だ。


「うわー、美味しそうだなあ!」

 魚市場のような通りを歩くヤマトは新鮮な魚を食べられることに嬉しそうに目を輝かせている。どれにしようか迷っているようであちこちうろうろと見て回っていた。


「ふふっ、でもヤマトが楽しそうでよかった。……ここまで戦いづくめだったからねえ」

 特にヤマトは合流に向けて、ダンジョンの攻略を優先していたため、ゆっくりとする時間がなかったことをユイナは気にかけていた。


 優しい眼差しで穏やかに微笑む彼女の先で振り返ったヤマトが大きく手を振る。


「ユイナー! どこか食堂に行こうよ!」

「はーい! 確かねー、この街には美味しいお店があった気がする」

 ユイナが思い出したそこは、ゲームでの設定で味はいいが流行っていない、というちょっと残念な店だった。売られている料理のアイテムも意外といい効果が付与されているものだった記憶がある。


「よし、そこに行こう!」

「うん!」

 そんなことを思い出しながら二人は手を取り合い、走ってその店へと向かっていた。






「…………」

「…………」

 いま、店の前に到着した二人は無言になっている。何とも言い難いという表情でじっと目の前を見つめていた。


「――ここ、だったよね?」

「う、うん、確かここだったはずだよ?」

 互いに顔を見合わせた二人はとても驚いていた。二人の記憶が正しければ確かにそこには店があったはずだった。

 ゲーム時代と街やダンジョンの配置が変わっていたことがこれまでなかったため、初めての事態に混乱したようだ。


 そう、戸惑う二人の眼前に広がるのはただの空き地だった。ぽっかりとここだけ建物がなく、敷地の境目を表す低い塀があるだけ。


 すると、たまたま隣の店の店員が姿を現したため、ヤマトが慌てて質問をする。

「あ、あの、すいません。この空き地にあった店はいつなくなったんですか?」

 彼のその質問に店員は何を言っているんだと言わんばかりの怪訝な表情になっていた。


「……あのー、うちはここに店を開いて数十年経っていますけど、隣はずっと空き地でしたよ?」

 首を軽く傾げた店員の答えを聞いた二人はなんともいえない表情になってしまう。


「あ、ありがとうございました……」

 ヤマトはそれでも、礼の言葉だけはなんとか絞りだしていた。店員は最初出てきた時と同じく怪訝な表情をしたまま、どこかへ去って行った。



 それから呆然と店のあったはずの場所をあとにした二人は街の広場が一望できるベンチで、数分とも数時間とも感じる時間を二人はその場で広場を見ることで過ごしていた。


「ヤマト……どういうことなんだろ?」

「わからない……でも、これまでにもあった小さな違いは勘違いでもなんでもなく、やっぱりゲームとは違うということを示しているのかもしれない」

 その時、ざあっと彼らの髪をかき分けるように潮風が撫でていった。


「――ユイナ、これは色々動いていかないとだね」

 楽しみにしていた料理を食べられなかったからではなかったが、改めて違いを突き付けられたことでヤマトの中で色々な考えが巡っていた。


「そうだね……じゃ、行こ!」

「ちょ、ちょっと……」

 ぴょんとベンチから立ち上がったユイナはにっこりと笑顔を見せると、ヤマトの手を取って走り出していた。どこに行くのかわからないまま、ヤマトは彼女に引っ張られるままに進む。





 街の中をしばらく走ったユイナが突如として足を止めた。

「ここだよ!」

 何が? と聞こうと思ったヤマトだったが、そこにある店を見て納得がいく。


「あー、ここは来る途中、俺が気になってた店だね」

「だと思ったよ! 一瞬走る速度が落ちたし、ばっちりヤマトの視線が興味ありますーって感じで向いてたもんね!」

 ぱっと振り返ったユイナはにっこりと笑って自分の予想が当たっていたことに嬉しそうだ。

 彼女はヤマトのことをしっかりと観察しており、彼が興味を持ったものを把握していた。今回来なかったとしてもこういう場所は目当てをつけといて損はないからだ。


「さっきのお店に行けいないのは残念だったけど、次点でこのお店ってことで!」





 そうして二人は、そのお店に入って刺身を食べて舌鼓をうつことになった。穏やかな温かい雰囲気のお店で席はそこそこ埋まっている。


「すごい……マグロとれるんだ……」

 メニューを見るヤマトは驚きと感動で固まっていた。

 店の価格設定はとても安価であり、普段なかなかお目にかかれないようなものまで食べることができるようだ。どれもこれも魅力的に感じられ、ヤマトは感動したように思い切ってそういったものが入っているものを注文した。


「美味しい……」

 ヤマトが選んだのは刺身定食。

 大トロ、中トロ、カンパチ、真鯛、イカの刺身が乗っているそれはどれもが新鮮で、ヤマトは頬が落ちそうな表情で食事を勧める。臭みが一切なく、素材そのものの味を存分に引き出した切り方は彼を大満足させた。

 ヤマトのあまりの感動ぶりに嬉しくなった店主が季節の刺身だと言っておまけをつけてくれたのも好印象だった。


「こっちも最高だよ! ほら、プチプチってするの! しかもこんなにたくさん乗ってるよー」

 ニコニコ笑顔のユイナが選んだのはイクラ丼だった。もちろんマスイクラではなく、鮭イクラがたっぷりと溢れんばかりに乗ったものだ。彼女は生ものがあまり得意ではなかったが、イクラだけは大好きだった。

 とても気に入ったのか終始ニコニコで食べすすめている。






「それで、次はどうしようか? ヒューリアに来たってことは、あそこに行くのかなあ? って思ったんだけど……」

 食事の休憩に温かいお茶を飲みながらユイナが想像している場所――それは海底にある遺跡だった。


 ヒューリアの目の前にある綺麗で広大な海。その深い海の底にあるそれに近づくことは通常、誰にもできないが、プレイヤーは物語を進めていくことでそこへと到達する手段を手に入れることができる。


 そして、そこには強力な装備が眠っていると言われていた。



「そうだね、あそこには色々あるから一度行っておくのも悪くないと思うんだよね」

 どうやらヤマトも同じことを考えていたらしく、ユイナの言葉を肯定する。

「だねえ、なにしろあそこには……」

 ユイナがそこまで言ったところで、バタンと大きく椅子が倒れる音がした。



 二人が音のした方向に視線を向けると、どうやら客同士の揉め事のようだった。


「……だから、船は出せんと言っているだろうが! 近海ならまだしも、遠出は無理だ!」

「いくらでも金は用意するから出せと言っているだろう! それこそ船なんか何艘でも買えるくらいの金を払ってやる!」

 最初に大きく怒鳴ったのは漁師とわかる雰囲気の日に焼けた大柄な身体をもち、その強面が更に不機嫌そうな表情をしている。食い下がるように騒ぐもう一方は一目で貴族とわかる服装をしていた。


 苛立ちを隠そうともしない二人は互いの鬱憤をぶつけ合うように大声を出している。頑なに座ったままお茶をすする漁師風の男に貴族の男は椅子を倒しながら立ち上がって掴みかかるように詰め寄っていた。


「――これは、多分解決しないといけないクエストだね」

 実際はクエストでもなんでもなく、ただの揉め事だったが、先に食べ終えていたヤマトは丁度いいと思い、立ち上がる。

「はーい、任せた! 私はここで食べてるね!」

 ひらひらと手を振って笑顔でヤマトを見送るユイナは再び食事に戻っていった。



ヤマト:剣聖LV195、大魔導士LV189

ユイナ:弓聖LV192、聖女LV178

エクリプス:馬LV15


お読みいただきありがとうございます。

ブクマ・評価ありがとうございます。

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