第四十二話
魔法陣は未だ地面に書かれたままだったが、既に光は収まっており、その力を失っているように見える。
「これならとりあえず第二の狂獣が呼び出されるなんてことにはならなそうだね」
「次ももちろん負けるつもりはないけど、ここですぐに同じやつが出てきたらちょっと大変だったねー」
狂獣との激戦で疲れの色が見える二人は、もう一度あれと戦うことを考えるとしばらくは勘弁願いたいというのが本音だった。顔を見合わせると思わず互いに苦笑してしまう。
「さて、疲れたけどこれをなんとかしないと」
気を取り直したようにしゃがみこんだヤマトは魔法陣のすぐ近くで地面に手を当てる。
「“アースバウンド”」
初級の土の魔法を使い、狙った範囲の地面を掘り起こすことで魔法陣をバラバラに分解していく。そこに何かが書かれていたと思えないほど徹底的に。
「ふう、これで魔法陣は使えないね。あとは……」
最後に丁寧に土をならせばそこは綺麗な地面となる。それを確認したヤマトは周囲に何かないかと見回していく。
「ヤマトー! あったよ!」
魔法陣を壊している間、ユイナは周囲を散策しており、今回のモンスター大量発生の原因となる魔道具か何かを探していた。何かを見つけたようで、少し離れたところから大きく手を振っている。
「今いくよ!」
手を振り返したのち、少し急いでユイナの声がする方へと移動していくと、そこにはこれまた小さな祠があった。こちらも岩づくりの存在感のあるものだった。
「中に魔道具があるみたいなの」
無傷の状態をヤマトと確認してから壊そうと思っていたため、ユイナはまだ手をつけていなかった。
「橋にあったやつと同じだね……違うのは数か」
彼女が指差したその場には少し離れて点々と六つの祠があり、それぞれに魔道具が設置されているようだった。幸いにもまだ発動はしていないが設置されている魔道具には見覚えがあった。
「……これって持っていけないかな?」
橋の時はユイナの無事を確保するために慌てていたため、ヤマトが発見するとすぐに壊していた。だが今度はその危険もないため、ユイナはこの魔道具に関してきちんと調べられないかと思っていたのだ。
「持っていくって、アイテムボックスにいれて?」
ヤマトが質問を返すと真剣な表情でユイナはこくりと頷く。
「これってさ、設置してある場所を中心にモンスターが集まってきたりするやつだと思うんだよね。だったら、壊さなくてもアイテムボックスにいれておけば周囲に影響はでないんじゃないかなーって」
それを聞いたヤマトは少し考えたのち、しゃがみこんで祠から魔道具を取り出してアイテムボックスに収納する。あっさりと魔道具自体は何か発動することなくアイテム欄におさまっている。
「なんか、空気が軽くなったような……」
一個だけだが魔道具がしまわれたことで、ユイナはこの場にある空気の変化を感じ取っていた。
「ユイナ、他のやつも全部アイテムボックスにいれてみよう」
「了解!」
わざわざ壊す必要がないのならばやってみようと二人は残った五つの魔道具を全て回収していく。
最後の魔道具をしまい終えたその時、大平原に変化が起こる。空気が入れ替わったようにさあっと爽やかな風が吹き抜けると同時に嫌な気配も霧散していた。
「これは……さっきまでの嫌な感じがなくなったね」
「ヤマト、マップ見て! モンスターの点がどんどんなくなっていくよ!」
二人が見ているミニマップにあった敵を示す点が次々と消えていく。それは、今回の問題を解決したという証だった。
《クエスト:闇の胎動をクリアしました》
「「!?」」
またクエスト攻略のメッセージが流れるが、こちらも二人の記憶にはないものだった。驚きながら二人は訝しげな表情で見合う。
「――これ、やっぱりそうなのかな?」
「うん……多分そうかも」
クエスト闇の○○。
これはゲームにはなかったものであり、このクエストはあのモンスターの大量発生と繋がっている。
つまり、モンスターの大量発生や強力なモンスターがいるという情報を集めて、それを解決していくことで自分たちがなぜこの世界に来たのか、それがわかるかもしれない。
根拠は薄かったが、それが二人の共通認識だった。
「とりあえずは、街に戻ろうか。さすがに疲れたよ」
「そーだねぇ、というかこの惨状……大丈夫かな?」
あははと乾いた笑いをこぼしながら周囲を見回したユイナは大平原のかなりの部分が自分たちの戦闘による被害を受けていることに、頬を掻いている。
大平原を美しく彩っていた草花たちは魔法や物理攻撃により見るのも切なくなるほどボロボロにえぐられている。
ここを埋め尽くさんばかりのモンスターたちがいなくなったことは良かったが、聖地と呼ばれる場所を荒らしてしまったことに罪悪感があった。
「ま、まあなんとかなるよ……多分」
焦った雰囲気でヤマトは自信のない口ぶりだったが、どのみち一旦街に戻るしかないため、街がある方向へと視線を向ける。
「……戻ろっか」
諦めの色を含んだユイナの言葉にヤマトは苦笑交じりに無言で頷き、一路街へと戻ることにした。
二人が街に戻ると、門の前に多くの人がいるのが見える。その一番前にはキャティとラパンの二人の姿があった。
「あー、みんないるねえ。あれだけ騒いでいれば当然か……」
「だねえ、まずかったら……うーん、逃げちゃおうか?」
ここからでも騒ぎになっているであろうことは予想でき、思わず二人はどうしようかと足踏みしてしまう。
ザイガの街へ戻らずに中央都市リーガイアに帰るのもまた、あり得ない選択肢ではなかった。
悩んでいる彼らを見かねたのかキャティとラパンが大きくこちらへ手招きしている。
これを無視できるほどヤマトたちは非情ではなかった。
ヤマトたちが到着すると、ラパンが一歩前に出てみんなを代表して質問する。これは事前に彼らが決めていたことであり、質問責めにして答えてもらえない、ということがないようにという配慮だった。
「お疲れさまでした。……その、疲れているところ申し訳ありませんが、いくつか質問させて下さい」
当然のことだろうと思ったヤマトが困ったように笑いながら黙って頷いて返す。ユイナはヤマトにこの場を任せたようで穏やかな笑みを浮かべて静かに隣で立っていた。
「ありがとうございます。あの、大平原にいたはずの大量のモンスターのほとんどがその姿を消したみたいなんですが……お二人が全て倒したんですか?」
硬い表情でそう問いかけるラパンの第一の質問に対してどう答えるべきかヤマトは考えながら返答する。
「――全て、といういい方は正しくないけど、かなりの数を倒しました」
あの大平原の惨状はこの街に住む者ならば誰しもが知っていること。だからこそかなり、というのが十や二十でないことはその場にいる全員が想像できていた。それを成し遂げたのがこの二人だというのだから、この場にいる者は驚愕してざわめき立った。
「それでは、大平原のモンスターが姿を消した理由にお二人は関わっていますか?」
問いかけの仕方を変えたラパンのこの質問にはヤマトは躊躇なく頷く。
「はい。俺とユイナの二人は今回の大平原の件について、リーガイアで依頼を受けて来たんです。原因究明、もしくは原因の排除というものです」
ギルドが原因究明だけでなく、原因の排除まで依頼内容に含めたことを後ろにいるギルドの職員は驚いていた。まさか本当にそこまで動いてくれるとは思っていなかったようだ。
「じゃあ……いえ、質問はやめましょう。よろしければ話せる範囲でいいので、お二人の口から今回の一件について説明して頂けませんか?」
大平原のモンスターだけでなく狂獣とも戦ったために今すぐ休みたいほどの疲労感に襲われていたヤマトは少し悩んだのち、ラパンの提案にのることにする。ただし条件つきで。
説明を求める気持ちは理解できるが、一度休ませてほしい、と。これから宿に戻って休息をとり、事態も大きいことであったため、夜の七時過ぎにギルドホールで主要な人物を集めて説明したいと提案した。
すぐに説明を聞きたい者は渋い顔になっていたが、あれだけのことを成したヤマトたちをここで拘束するわけにもいかず、提案を受け入れることにした。
ヤマト:剣聖LV195、大魔導士LV189
ユイナ:弓聖LV192、聖女LV178
エクリプス:馬LV15
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