第四十話
黒いオーラのモンスターがわいている場所――そこには小さな祠があった。黒寄りの灰色の石造りのように見える。
「……あんなのあったかな?」
だがヤマトはそれに見覚えがなかった。なぜこんなところにあるのか、と思うほどぽつんと存在感を放つそれを訝しげな表情で見る。
「私も覚えてないかも……」
ユイナも記憶を探るが、これという心当たりはない。
この世界の隅々まで冒険した二人が揃って覚えていないなどということがあるのか――二人はそう疑問に思ったが、今はそれよりも目の前の元凶を潰すことを優先しようと祠へと近づいていく。
「やっぱりあれみたいだね」
すっと目を細めてヤマトがそう判断した理由は祠へと近づくにつれ、黒いオーラを纏ったモンスターが必死になってヤマトたちへと攻撃をしかけてくるからだった。寄せ集まるように何匹ものモンスターたちが立ちはだかり、まるであの祠に近づくな、といわんばかりに守っているようにみえた。
「ヤマト、一気にいこ」
実力差があるため、モンスターから受けるダメージはほとんどなかったが、少しではあるものの足止めをされている現状をよく思っていないユイナは少し苛立ちをにじませ、強引でもいいからどんどん進んでいくことを提案する。
「わかった、少しでも早く動いておこう」
ヤマトは彼女の気持ちを察して頷く。彼自身、かなりの数のモンスターを倒したものの、このあたりのモンスターを一層できたとはいえないため、少しでも早く原因を排除したかったのもあった。
ユイナは先にヤマトが進むにあたって邪魔になると思われるモンスターを問答無用で次々に矢で撃ち抜いていく。
先を進むヤマトは彼女の支援を受けつつ無言で剣を構え、それでも倒しきれていないモンスターを斬り倒して祠までの距離を詰めていく。
――あと数歩で祠までたどり着く。
そう思われた瞬間。ヤマトとユイナは目を見開いて驚くこととなる。
目標としていた祠があと少しというところで見るも無残にボロボロと崩れ去っていったのだ。
「……な!?」
そこに原因となるもの――例えば橋の時と同じような魔道具が設置してあると予想していただけに、祠の崩壊は予想外だった。
しかし、その場所に何かがあるはずなのは確実だと判断したヤマトはそれでも崩れた場所へと走り寄る。
「――これは!」
そこには崩れた祠を作っていた石によって隠れているが、力ある魔法陣が設置してあるのが見て取れる。
そしてその魔法陣がそれまでよりひと際怪しげな光を放っているのを見た瞬間、ヤマトの経験が警鐘を鳴らした。
「ユイナ、でかいのが来そうだ!」
ヤマトは彼女に警戒を促すように大きな声を上げると、魔法陣から距離をとるため全力で走っていた。
「……えっ? 何があったの?」
「デカイ魔法陣! しかも、かなりの力が込められている」
急いでユイナのもとまでたどり着くと、彼女を守るように立ったヤマトは周囲を確認する。急に戻ってきた彼に驚きながらも、ユイナは慌てて周囲を見渡す。
すると先ほどまではヤマトを祠に近づかせまいと、やっきになっていた黒いオーラを纏ったモンスターの姿が一切見当たらなかった。それなりの数がいたため、すぐに消えるなんてことは自然にはあり得ないことだ。
「――モンスターはどうしたんだ?」
魔法陣の起動だけでなく、モンスターが消えたことにヤマトは大きな違和感を覚える。少しでもいいから情報がないかと周囲を睨む。
「ヤマト! モンスターたち、魔法陣に吸われてるみたい! あ、あれ見て!」
早く見てというようにユイナが指差した方向には、最後の一体であろう黒いオーラのモンスターが残っていた。
そして、モンスターは黒い丸い塊に変化するとそのまま数回ふよふよとしたのち、魔法陣へと吸い込まれていった。
「ここにいた全部のやつらが吸い込まれたのかな?」
じっとヤマトはその光景を見ながらユイナに質問する。
ヤマトは魔法陣から離れることに必死になっていたため、気づかなかったが、遠くで戦っていたユイナは全てを見ていた。
そのユイナの答えが、深い頷きだった。
「私たちが倒さなかったあいつら全部が魔法陣に吸い込まれたみたい……一体一体はそれほどでもなかったけど、これは結構デカイのくるかも」
ユイナも魔法陣がある方角から漂う異様な気配に、厳しい眼差しでその方向を睨み付けていた。
いつでも打って出れるようにヤマトは剣を右手に持ち、左手からはすぐに魔法を放てる準備をとっている。
その隣でユイナも弓を構えていた。
最後の一体を飲み込んだ魔法陣が強く眩い赤く光を放ったのがヤマトたちの場所からも確認できた。
それらは覆いかぶさった瓦礫の隙間から強く存在を主張するように赤い光が漏らす。
それと同時に強い力を持った何かが魔法陣の奥深くから迫って来るのを彼らは感じ取っていた。
「来るぞ」
「うん!」
二人が武器を持つ手に再度力を入れると、赤い光が次第に強まる。光が空へ突き抜けるように輝きを放つと、いよいよ魔法陣から何かが呼び出された。
目が眩まんばかりの光だったが、二人は手で光を防ぎながらもなんとか魔法陣から目を離さないようにとしている。
赤い光の柱の中に何かの大きな影が映る。そしてそれまでが嘘だったかのように光がおさまり、魔法陣から巨大なモンスターが現れる。
モンスターは現れた瞬間、開放感に打ち震えるように空へ向かってけたたましい咆哮を放った。
「あれは……狂獣……」
狂った獣と書いて、狂獣。目には憎悪をにじませるように赤い光が灯り、狂化したがためにその身体はどす黒い毛におおわれている。黒い闇のオーラを背負いし、その姿は見る者を恐怖させるほどのおぞましさを全身で放っていた。
大熊のような巨大さ、狼のようなフォルム、そして鳥のような大きな羽も生えている。
複数のモンスターが混ぜ合わさった怪物――それはゲームによってはキメラなどと呼ばれることもあるだろうが、この世界では狂化されたモンスターは総じて狂獣と呼ばれる。
「まさか、こんな場所で出会うことになるとはね」
相手から感じる覇気でゾクゾクと身体が震えながら薄く口下で笑ったヤマトの頬を冷や汗がつたった。
「あいつは災害みたいなものだから、会ったら即逃げろ、逃げても無駄かもしれないけど逃げろ。なんて言われるくらいだもんね」
力が強く、足が速く、魔力抵抗力が高く、嗅覚が鋭く、視覚が優れている――それが狂獣。
ユイナが口にするように出会ったが最後、災害に人は勝てないとまで言われていた。
狂獣が現れた時はその力に蹂躙され、なすすべなく怯えるしかない。
「ヤマト……?」
何も言わなくなったヤマトにそっとユイナは声をかける。どうしたらいいか、ユイナには判断できなかったためだった。
だがヤマトの横顔に悲壮感はない。むしろ狂獣との出会いに嬉しそうな気配さえあった。
「――あぁ、大丈夫だよ。俺は数少ない狂獣討伐者だからね!」
何故ならかつてヤマトたちが倒した狂獣は900レベルを超えたものだった。
彼らが最強プレイヤーと呼ばれるのは世界最大の災害と呼ばれた狂獣を打ち倒した経験があるからだ。
いまだ動く様子を見せない目の前の狂獣を見て、ヤマトは調べるを発動し、どれだけの力なのかを確認する。
「レベル80……これならいける、はず」
レベルだけで測れない強さを持っているのが狂獣だった。その力は普通の同レベルモンスターの数倍はあると言われている。
百レベル以上の差があれば余裕とまではいかずとも、自分たちならば確実に倒せるはずだとヤマトは判断した。
「俺がメインで戦うからユイナは回復と、援護射撃をお願い!」
そう伝えると、ヤマトは剣を構え、走って狂獣へと向かっていく。彼の頭の中ではすでにいくつかの戦略が思いついていた。
「了解!」
その背を見送りながら、これまでヤマトの判断が間違っていたことはないため、真剣な表情で大きく頷いたユイナは全幅の信頼で指示をこなすことに集中していく。
闇のモンスター狂獣 対 最強夫婦の戦いが始まる。
ヤマト:剣聖LV185、大魔導士LV179
ユイナ:弓聖LV181、聖女LV166
エクリプス:馬LV15
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