第三話
「ふー……やっと到着だ。自分の身体で移動するとなると、思ってたよりも時間がかかったなあ」
デザルガの街へ向かうことなく、視界の片隅に出ていたミニマップと記憶を頼りにヤマトがやってきたのは『ガルバの口』と呼ばれるダンジョンだった。
ここはゲームを始めたプレイヤーが最初に訪れるダンジョンだが、それでも推奨レベルは十五以上だった。
「――よし、行こう」
ヤマトは入り口で管理をしている兵士に話しかけに行く。ダンジョンは新しく発見されたものや危険な場所にあるもの以外はほとんど国や街などに管理されており、入場のチェックが行われている。
「……今日は冒険者が誰もこないな……――ん? 何か用かね?」
ヤマトがダンジョンの入り口に近づくと、警護に立つ二人のうち、髭を生やした中年の兵士が話しかけてきた。
「はい、ここはガルバの口ですよね?」
人好きのする笑顔を浮かべたヤマトは自分の記憶と同じかどうか念のためにと兵士に確認をとる。
ここがどこなのかわかっていてやってきたことに兵士二人は顔を見合わせた。
「あ、あぁ、それであっているが……もしかしてダンジョン攻略に挑戦しにきたのか?」
兵士二人から見たヤマトは好青年といった見た目で冒険者としては頼りなく、初期装備のままで冒険するための装備も整っておらず、一目で実力がないとわかっていた。
「もちろんです。大丈夫……ですよね? 確か、ダンジョンに挑戦するのは自己責任だったと思うんですけど……」
これはゲームを進めるとNPCに言われる言葉だったが、実際にそうであるらしく、兵士二人は困った顔をしている。まだ若いヤマトを見て、実力がないのがわかるため、むざむざ死地に向かわせたくないという気持ちが長年かけだしの冒険者たちを見守ってきた兵士たちにはあった。
「大丈夫ですよ。俺は絶対に戻ってきますから――あ、なんだったら賭けませんか? 俺が戻ってきたらその腰にあるナイフを下さい。俺が戻ってこなかったら、この金貨はあなたがたのものです」
ヤマトはマネーカードからありったけの金貨を取り出して二人に渡した。金貨を出そうとすると自動で袋に入って出てきたが、この袋がどこから出てきたのかは謎だった。
通常はマネーカードで金銭のやりとりを行うが、まだカードをうまく扱えない子どもやカードシステムがうまく機能しない場所ではこのように、実物の金貨でやりとりをすることもある。
「……お、おいおい、いいのか? 正直、お前じゃここを攻略するのは難しいと思うぞ?」
あまりに自分たちに有利な賭けに息をのんだ兵士の質問にヤマトはにっこりと笑顔で頷いた。
「心配ご無用です! 絶対帰って来るので、戻ってきたらその金貨も返して下さいね?」
元々は老婆心でヤマトのことを心配していた二人だったが、いつの間にかヤマトのペースにのせられており、この賭けを二人は受け入れることにした。少しでも彼が帰ってくるための枷となれればと思ったのだ。
「――わかった、だがくれぐれも無理はするなよ?」
その声を受けて、ヤマトはダンジョンに挑戦する権利を獲得することに成功し、大きくぽっかりと開いたガルバの口へと入っていった。
「……なあ、思わず乗っちまったけど」
「あぁ、きっと戻ってこないだろうな……」
少し暗い顔を見合わせた兵士二人はヤマトが志半ばで命を落としてしまうだろうと予想していた。
通常、エンピリアルオンラインでは、ダンジョンは最低でも四人以上のパーティで、かつ適正レベルに達してから挑戦するものである。
※高レベルプレイヤーが挑む場合は、レベルがダンジョンごとに設定された上限に合わせられる。
しかし、ヤマトはここまでモンスターに出会うことがなかったため、レベル上げをしておらずレベル一。装備も初期装備のままで、回復アイテムの一つも買っていなかった。
誰が見ても無謀な挑戦――しかしヤマトにはもちろん勝算がある。
「さてさて、まずは準備をしないと」
ヤマトの言う準備、それは石拾いだった。ここに来るまでにも手ごろな石があると、それを拾ってはアイテム欄に格納していた。
更に、このダンジョンに潜ってからも同様に手ごろな石を集めている。
ガルバの口はヤマトがゲーム時代に何度も行ったことのあるダンジョンであるため、道に迷うことはない。ダンジョンは何度入っても形を変えることがないため、弱いダンジョンは駆け出し冒険者の腕試しの場としてよく利用されていた。
「そろそろいいかな?」
そうして奥へ進みながらも数にして、数百個の石がアイテム欄に格納されたところで、ヤマトは次の行動に移るため、移動していく。
「いたいた……」
視線の先にいるのはアシッドスライムと呼ばれるモンスターだった。名前の後ろにレベルが表示されており、そのレベルは十二。
酸を吐くモンスターで、一般的に弱いといわれているスライムの中でも上位クラスであり、油断できない強さがある。ぽよぽよと揺れる黄緑色の身体は弾力性に満ち満ちている。
スライム種だけあり、うねうねと這うように移動するため、動きが遅いのが弱点ともいえる。
「それじゃ、ピッチャーヤマト選手、振りかぶって……」
少し遊び心を出した言葉を選びつつ、ヤマトは学生時代に野球をやってい経験から投球モーションに入る。その手にはここまでに集めていた石が握られていた。
「――投げました!」
見事なフォームから投げ出された石は勢いよくアシッドスライムへと飛んでいき、ピチャッと音を立てると表皮に弾かれて地面に落ちてしまった。
動きが遅いのと決定的なダメージになっていないこともあってか、アシッドスライムは石が当たってものんきにプルプルと揺れているだけだ。
しかし、それは想定の範囲内だったヤマトは投擲をやめず、次々にアシッドスライム目がけて手持ちの石を投げ続けていく。
《投擲スキルのレベルがあがりました》
「もっとだ!」
ひたすら石を投げつつけるうちにスキルアップの知らせが脳内に響くも、ヤマトはそのメッセージに満足せずに次々に投擲を続けていく。
レベルが上がったことで、投擲の威力は増し、今ではアシッドスライムの体内にまで石がめり込むほどになっている。
さすがのアシッドスライムも周囲を警戒している様子はあるが、いまだにヤマトの存在には気付いていないようだ。
いつしか投擲レベルが3、そして4に上がったところでヤマトは渾身の力を込めて石をアシッドスライム目がけ――正確に言うとアシッドスライムの核目がけてスキルを意識しながら投げつける。
威力が強くなった石は弾丸のように鋭い勢いでアシッドスライムの身体にめり込み、そのまま核に命中して一気にぶち抜いた。
核を失ったことでべしょりと弾けたアシッドスライムは地面に飛び散って時間がたつと消えた。
《剣士のレベルが上がりました》
《剣士のレベルが上がりました》
《剣士のレベルが上がりました》
《剣士のレベルが上がりました》
ヤマトの初期選択ジョブである剣士のレベルが上がった旨がシステムメッセージによって伝えられる。しかも一度ではなく、数回。
「レベル一から一気に上がるのは気持ちいいね」
爽快感に満ちた笑みを浮かべるヤマトは満足そうに先へ進む。
この一体で上がったレベルは四つ。剣士のレベル、投擲のレベルがともにあがったヤマトは別のアシッドスライムに狙いを定めてまた石を投げつけていく。
この戦い方は、ヤマトがこのダンジョンを一人でフラフラしていた時に偶然見つけた方法で、他の誰もやっていない、安全かつ低レベルでもアシッドスライムを倒すことができる唯一の方法だった。
「なんの役にもたたない発見だと思ったけど、思わぬところで役にたったなあ」
ヤマトはこの方法を駆使してフロアに出現するアシッドスライムでしばらくレベルを上げていた。
レベルが二桁になったところで満足したヤマトは次のフロアへと足を踏み入れる。レベル上げの為に相当の数のアシッドスライムを倒したため、モンスターがヤマトを見ると逃げ出すほどになっていた。
ヤマト:剣士LV11
ユイナ:弓士LV1
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