第三十五話
入った時と同様に入り口はゴゴゴと音とたてながら開いていく。二人が外に出ると、そこには覚醒したモンスターの姿があった。
黒々とした邪念を背負いし巨大なモンスターは二人の姿を捕らえた瞬間、大きな口を開けてけたたましい咆哮を放つ。恐ろしい程の勢いの風圧にヤマトとユイナは襲われた。
「やっぱりそうなるよね、トカゲ族の長――そしてその仲間の恨みの集合体。ファイブヘッドリザードドラゴン!」
その咆哮に怯える気配なく勇ましい表情で立つヤマトがそのモンスターの名前を呼ぶ。
トカゲ族の長はここで殺されたが、その長の周囲にはいつも運命をともにする一族のものが四人いた。共に殺された長を含めて五人の恨み、怨念、怒りの集合体、そしてそれらの力がトカゲから竜種へと進化を遂げさせる。
その結果が五つの首を持つ竜種、ファイブヘッドリザードドラゴンであった。
竜種の中でも力の強いこのモンスターのレベルは、レベル差という言葉がぬるい程に離れている。
「レベル300……信じられない数字だよね」
二人のレベルは一番高いものでヤマトが45、ユイナが41。レベルだけを考えれば、足元にも及ばない、かすり傷一つつけるのも難しいほどの絶望的な差がある。
「うん――でも私たちは負けないよ!」
「そうだね!」
ユイナの言葉に鼓舞されたように感じたヤマトは新たな剣を手にしてファイブヘッドリザードドラゴンへと走っていく。
彼が手にするのは剣聖の剣。そのままのネーミングであったが、威力は高く、モンスターのレベルと同じ300レベル相当の装備だった。
五つの首がうごめくファイブヘッドリザードドラゴン。飛びかかってくるヤマト目がけてどろりと怪しい色合いの毒のブレス、巨大なつららのような氷のブレス、太く輝く雷のブレスを同時に放つ。
それらをヤマトは毒を剣聖の盾で防ぎ、氷に向かって炎の魔法を放ち、雷は剣で受けて吸収させていく。さすがは剣聖と名のつく盾と剣だけあって思っていた以上の衝撃はない。魔法の威力も大魔導士になってからはけた違いで、相手のブレスを一瞬で蒸発させた。
「うおおおおおお!」
これまであった初期職業による物足りなさが軽減されてまた動きの良くなったヤマトは勇ましく声をあげながら、次々に降り注ぐブレスの中を走り続け、突き抜けていく。
時にはブレスの衝撃で土煙があがっており、姿を視認できない状態だったが、ヤマトが距離を詰めているのはファイブヘッドリザードドラゴンもユイナもはっきりと感じとっている。
その瞬間、ファイブヘッドリザードドラゴンが次の行動に移っていた。
「「グオオオオオオオオオ!」」
残りの二つの首が大きく口をあけてヤマトへとブレスを放とうとしている。炎と風のブレスであり、混ぜ合わさることでその威力をあげようと考えているようだ。
更には三つの首がブレスを放っている間もずっと力を貯めていたため、先に防いだものよりも威力が増強されている。
それと同時に動いている人物が一人。
「――させない!」
後方でじっとタイミングを見計らっていたユイナはこうなることを予想しており、いつでも迎撃できる準備に移っていた。
「いっけー! “デッドアローレイン”!」
新しく身に着けた弓聖の武具たちと一緒に飛び出したユイナが放ったのは食らわせた相手を死に至らしめる――という名前を持つスキル。
さすがに殺すことはできなかったが、二つの首への上空からの彼女の攻撃は、まるで頭を叩いたような威力を持っており、口を閉じさせてブレスを吐くのを防ぐ。吐き出そうとしたブレスは解放されなかった鬱憤を晴らすように口の中で暴れまわらんと勢いよく爆発していた。
「さすがはユイナ。こっちだって――“スーパーノヴァブレイブ”!」
ヤマトが新しく覚えたスキル。スーパーノヴァ――超新星の爆発を思わせるような威力の爆発を剣から打ち出す。
強力な威力のそれは、ファイブヘッドリザードドラゴンの胴体部分へとすさまじい勢いで真っすぐに向かう。
「ガ、ガアアアアア!」
ファイブヘッドリザードドラゴンは先ほどのユイナの攻撃に苦しそうに声を上げながらも、ヤマトの攻撃をなんとかしようと、三つの首が彼へと襲いかかっていく。
大技を繰り出しているヤマトは隙だらけだった。逃げられまいとファイブヘッドドラゴンはにたりと笑う。
「それも駄目! “サイドワインダー”! しっかも三連発ぅっ!」
だがもちろんそれをユイナが許すはずがなく、彼女の放った矢が蛇行しながら、しかし確実に三つの首へと向かって行き、先ほどよりも強く頭を弾き飛ばす。
ヤマトを傷つけさせないという彼女の覇気が乗せられた矢は通常よりも勢いが増していた。
「“エンシェント……フレイム”!」
その間に姿勢を整えたヤマトは手にしていた盾を地面に落とし、空いた左手から魔法を放つ。着けられたアクセサリーが呼応するように赤い光を宿らせた。
これは古代魔法というジャンルに位置づけられる炎の魔法であり、大魔導士のみが使うことを許された魔法だった。
あまりにも威力が強すぎるために、過去に葬り去られた古代魔法。
それはスーパーノヴァブレイブと合わさり、ファイブヘッドリザードドラゴンのHPをゴリゴリ削っていく。ステータスバーがあったなら一気に減っていくゲージを見られただろう。
「いっけええええええええええええ!」
全魔力を、全気力を魔法と武器に込める。もうひと押しだとヤマトが思った瞬間、ユイナの準備が整う。
「お待たせ、ヤマト! “ホーリーフレイム”!」
聖女の杖を手にしたユイナが放った聖なる炎――それは聖女のみが扱うことができる、清らかなる炎。あまねく恨み、怒り、怨念、魔などの負なる力に対して絶大な威力を発揮する魔法だった。
ヤマトが放つ古代魔法の炎の赤、ユイナの聖魔法の青が交わり、白い炎がファイブヘッドリザードドラゴンの巨体を包み込んでいく。
「“デッドアローレイン”!」
更に、追撃としてユイナは弓聖の弓に持ち替え、矢の雨を降り注がせる。
「GYAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ファイブヘッドリザードドラゴンの断末魔の声は、声にならない声をしており、洞窟が崩れ落ちるのではないかと思うほどの衝撃と咆哮に二人は思わず耳を塞いでしまう。
そして、次の瞬間、ファイブヘッドリザードドラゴンは沈み込むようにどさりとその場に崩れ落ちて行った。
《クエスト:禁断の地に潜む闇と過去をクリアしました》
二人の目の前にこのメッセージが表示されたことで、ファイブヘッドリザードドラゴンを倒したことを二人は確信することとなる。
「このメッセージは前のままなんだね……それにしても、このクエストのクリアをフラグにしていれば上位へのクラスチェンジを先にやらせずに済みそうなものだけど、やっぱりアレは仕様なのかな?」
ヤマトの言うアレとは、ファイブヘッドリザードドラゴンを倒さずに祭壇へ向かうことで種族および職業のクラスチェンジを行えることだった。
「あーね、私も一時期それ思ったんだけど、抜け道が用意されてるってことは仕様というか、裏技ルートを用意してたんじゃないかなあと思い直したんだ」
扉はボスを倒すと自動的に開かれるが、わざわざ見つかりづらい場所にボタンを設置している。そして、一層から最下層まで一気に降りることができるルートも普通に考えれば必要のないものだった。
「なるほど、確かにその可能性はあるね……なにせ、公式からその手のアナウンスがほとんどないからねえ」
結論としては何が本当なのかはわからなかったが、この抜け道があったおかげで二人は一気に成長することができた。
クエスト終了のメッセージと同時にレベルアップのメッセージも流れていたが、あまりにも大量に流れ過ぎたため二人は一旦無視していた。
ヤマト:剣聖LV145、大魔導士LV138
ユイナ:弓聖LV141、聖女LV126
エクリプス:馬LV15
剣聖の剣
剣聖の初期装備のひとつ。プラチナのような輝きをもち、芸術品としても価値の高い美しさを持つ。
剣を極めし者が持つと高い攻撃力と耐久を発揮し、ドラゴンのブレスも耐え抜く。
お店で買える市販品よりも圧倒的に強い。
剣聖の盾
剣聖の初期装備のひとつ。剣と同じ趣向で作られ、とても美しい。
高い防御力と耐久によって使い手の身を守ってくれる。
お店で買える市販品よりも圧倒的に強い。
大魔導士の腕輪
魔導士の初期装備のひとつ。魔法の発動を補助してくれ、効果を上げる。
使う魔法によってついている石の輝きが変わる。
お店で買える市販品よりも圧倒的に強い。
弓聖の弓
弓聖の初期装備のひとつ。美しい鳥の羽根をイメージした綺麗なデザイン。
飛距離と威力がかなり上がる。
お店で買える市販品よりも圧倒的に強い。
聖女の杖
聖女の初期装備のひとつ。祈る女神をモチーフを先端に付けた綺麗なデザイン。
回復量がかなりあがる。
お店で買える市販品よりも圧倒的に強い。
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