第三十三話
しばらくの間、ヤマトは穴の底の壁にもたれかかって休憩することにする。この辺りも光るコケによって真っ暗ということはなかった。
「はあ、はあっ……魔力切れが、こんなに、きついなんて……」
魔力切れはゲームでは、ただの数値の問題であり、自然回復するか回復用の薬を飲むまで魔法が使えないという結果があるだけだったが、今は言いようのない疲労という形でヤマトに襲いかかっていた。
今はモンスターが周囲にいないため、落ち着いて休むことはできるが、いざという時にこうならないように気をつけなければとヤマトは改めて心に刻んだ。
そうしてヤマトが休んでいる間、ユイナは先に周囲の様子を確かめるように先へ進んでいた。
本来のルートであれば一層一層順番にフロアボスを倒して進んでいくが、今回のショートカットコースでは、一気に最下層に到着することができた。
後半でやってくる洞窟だけあって、階層は全部で五十層にも及んでいる。最初はレベル40ほどのモンスターが待ち構えているが、階層が進むごとにどんどんモンスターのレベルも上がって、この最下層では最低でもレベル200以上のモンスターが当たり前のように出てくる。
ここまできて、目的のものがなかったり状況が変わっていたりしないかと、動けるユイナが先行して偵察をしていた。
一人で進んでいるため、不要な戦闘を避けるように静かに気配を殺しながらユイナはゆっくりと進んでいく。
ユイナたちが落ちてきたのは脇道にあるいくつかの細い通路の終着点になっており、その通路は最下層の大きなホールに繋がっている。
「……っ!」
その大きなホールにチラリと視線を送ったユイナは驚きで声を出しそうになるが、とっさに両手で自分の口を塞いでなんとかその声を飲み込んだ。それと同時にばっと通路の陰に隠れるように身を潜める。
この先のホールにいるのは、アニマ族の伝承にある殺されたトカゲ族の長であり、そのトカゲは怨念によってモンスターになっている。
ゲームの頃は時間が経過するにつれて徐々に凶悪化するという特徴を持っており、早い段階では大きなトカゲサイズのモンスターだった。
しかし、もう一度そっとホールを覗いたユイナの視線の先にいたのは最終段階の状態だった。そしてレベルも今のユイナの何倍もある。
静かに奥の方で動かずにじっとしているのがより恐ろしささえ感じさせた。
「……ユイナ」
「っ!?」
そんな彼女の後ろから小さな声で呼びかけるヤマト。
まだ休んでいると思っていたユイナは大きく驚き、思わず叫び声をあげてしまいそうになるが、口に手をあてたままにしていたことが功を奏し、今回も声を出すのはなんとか回避することに成功する。
予想以上にびくんと大きく揺れた身体から彼女を非常に驚かせたことを手の動きで謝りながら、元の場所へとユイナを誘導する。
「ヤ、ヤマト! もう動いても平気なの!?」
落ち着いて話せるエリアまで来たところで口を開いたユイナは驚かされたことよりも、ヤマトの体調を心配していた。彼の両腕の中ほどに手を当てて心配そうな表情で見ている。
「あぁ、なんとかね。……それよりもアレやばいね」
彼女の優しさに微笑んだヤマトもホールにいるモンスターの姿を確認したらしく、いつしか表情は厳しいものになっている。
「でしょ! アレ、もう最終形態なんだけど……なんであんな状態に」
「各プレイヤーごとに、最下層のモンスターの状態は変わる。だからこそ後半のレベル上げにも最適だった。複数のプレイヤーが一緒に洞窟に入った時は、一番時間が進んでいるプレイヤーに合わせて状態が変化することになっている――だったよね?」
この場合の『時間』というのは、洞窟内に入っている滞在時間の累計であるが、二人はこちらの世界に来て、この洞窟に入ってから時間にしてみれば五時間経過したかどうかくらいである。
「うん、もしかしたらゲーム時代の時間がカウントされてるのかも……」
考え込むような表情のユイナのその意見にはヤマトも賛成だった。
「かもしれない。まあそれでも俺たちがやることは変わらないけどね」
軽い口調でヤマトは肩をすくめる。
自分たちがやるべきこと――それはあのモンスターがいるフロアを通って、その先にある小部屋へと向かうこと。
この小部屋の扉をあけるスイッチが先ほどのトカゲの長がいるホールのわかりづらい場所にあった。しかし、二人とも何度かここにきているため、そのスイッチの場所を把握している。
「ユイナ、場所はわかるよね?」
「うん」
なんの、とは聞かないところで二人が意思疎通をとれているのを感じる。
「さっき見た限りでは、あいつは寝ているみたいだったから静かにスイッチを押して小部屋に向かおう。もし、目覚めたら……」
「目覚めたら?」
緊張に満ちた表情のユイナはオウム返しで質問する。最終形態のボスモンスター相手にどうするのか。
「――俺がやつを引きつけるから、ユイナはスイッチを押すことだけを考えてくれればいい」
真剣な表情で語るヤマトの言葉にユイナはごくりと唾を飲んだ。
本当であればそれは危険だからやめてほしいと彼女は言いたかった。しかし、色々なケースをイメージしてもそれが一番であることはユイナにもわかっていた。
「行こう、時間の経過が遅いとは行っても街がいつまでも安全とは限らないからね……」
危険は百も承知――今回の一件を丸く収めるためにも早く行動を起こさないといけない。ユイナもヤマトと同じ考えであるため、決意をもって無言で頷いた。
通路を警戒しながら再度進み、いよいよホール手前まで来たところで二人は気配をできるだけ抑え、眠るトカゲ族の長から目を離さないようにしてゆっくりと歩を進めていく。
ヤマトたちがいる場所から真反対の場所に件のスイッチはある。
だだっ広いホールの中央に鎮座するモンスターに気付かれないように、静かに、しかしなるべく早く移動していく。
息を殺しながら進む二人は、周囲の空気が暑くないはずなのに、緊張から自然と汗が頬を伝っていく。
(静かに……静かに……)
(確実に、確実に……)
二人は声を出さずに心の中でそれだけを何度も繰り返して移動し続けていた。
幸い、モンスターの眠りは深いようであり、ヤマトたちに気づく様子は見られない。
そして、徐々にではあるが確実にスイッチまでの距離を詰めていく。
「ふう……」
到着したところでほっとしたユイナが思わず息を吐く。
「……ユイナ」
だがヤマトはまだ気を緩めないでと表情で伝えながら、スイッチを押すように指で指示を出す。
コクリと頷いた彼女は、岩と岩の間に隠されているスイッチをゆっくりと、しかし力を込めてぐっと押していく。奥まで押されたところで、カチッと何かがハマる音がしたのを感じた。
すると、ゴゴゴと音をたてながら、スイッチの隣の壁が動いて扉が現れた。
思っていた以上の音と振動に二人に緊張が走る。
「!」
「!」
二人はゆっくりとモンスターへと振り返るが、未だ眠りの中にあるようで寝息を立てていた。
それを確認した二人は、早く部屋の中に入ろうと急いで扉を開けて小部屋へと入って行った。
パタンと扉が閉まると同時に再び岩が動いて、そこをただの壁のように偽装した。
中へと入って大きく息を吐いて一安心するヤマトとユイナ。
目的を達成するために、まっすぐ奥へ続く通路を進み、その部屋の中央にある祭壇へと向かっていった。
ヤマト:剣士LV45、魔術士LV38
ユイナ:弓士LV41、回復士LV26
エクリプス:馬LV15
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。