第二十六話
「まあ、こいつらのような臆病者のことはどうでもいい。お前たち二人は依頼に向かってもらえればいい。こいつらが重い腰を持ち上げた時には既に二人が解決しているかもしれないがな?」
ランクなど問題じゃないというように真剣な表情のグタールの言葉を受けて、二人は力強く頷きあって立ち上がる。
後ろで領主と騎士隊長が何か言っていたが、グタールが大丈夫だと視線で伝えてきたので二人は気に留めることなく屋敷をあとにした。
「はぁ……お偉いさんの話し合いっていうのは息が詰まるね」
「うん、でもヤマトはすっごく落ち着いてたねー」
頼りがいがある彼の姿を思い出したユイナは嬉しそうに笑っている。
「あー、なんか話が進まないなあって思ったら、ついね。でも、これで依頼を達成したら領主さんにも騎士隊長さんにも気にしてもらえるんじゃないかな? そうすれば、お偉いさんのツテとかもできて結構便利かも。ダメそうだったら別の街に行っちゃってもいいしね」
彼女の嬉しそうな表情に照れるのを誤魔化すように笑いながら話すヤマト。ランレンの悲痛な表情に心打たれ、あのままあの三人のやりとりに置いて行かれる彼の姿を見たくなかったというのもあった。
「ふふっ、ヤマト、すっごく格好良かったよ!」
しかし、それはユイナにとってはキリッとして見え、自慢の夫という風に感じていたようだった。
「そ、そうかな? ……そ、それよりも、街から出たら鳥に乗って行こう。結構まずい状況みたいだからね。これは魔物大暴走に近い状況かもしれない」
ユイナの愛情たっぷりの笑顔に顔を赤くしながらもヤマトはすぐに真剣な表情で大平原の方を見据える。
スタンピード――何かのきっかけで魔物が大暴走するという言葉どおりのものだが、その結果、一つの街がつぶされることもあった。
「しかも、これゲームのクエストにはなかったから早くしないとザイガの街が本当につぶれるかもしれないよ」
緊張感をにじませたヤマトの指摘にユイナはごくりと唾をのむ。
「それはまずいね。うん……早く行こ!」
改めて状況のまずさを認識したユイナはヤマトの背を押して急かし、歩く速度を速めていた。
「ちょ、ちょっと待って! そっちは……」
ヤマトは後ろから押されるがまま進むことになったが、ユイナが向かったのは西門であり、ザイガの街は北門の先にあった。
その後ヤマトがなんとかユイナを止めて、北門に向かうことに成功する。
「…………」
しかし、ユイナは口を閉ざしたまま頬を膨らませていた。道を間違えたのは自分のせいだったが、それを指摘されて子どものように怒っていた。
「もう、いい加減機嫌を直そうよ。ほら、ザイガの街に向かうよ。俺一人じゃ今回の依頼の達成は無理だから、ユイナがいないと困るから……」
つんとそっぽを向きながらもついてくるユイナを苦笑交じりに見たヤマトは北門から少し出た場所で鳥を呼び出していた。そして先に乗り込むと手を差し出して彼女をなだめる。
「……もう、そこまで言うなら仕方ないなー!」
ヤマトに頼られたということで機嫌を直したユイナはまんざらでもない様子で彼の手を取って鳥の背中に乗り込んでいく。
(……ちょろいな)
「ん? 何か言ったー?」
「い、いやなんでもないよ。さあ行こう!」
ユイナが反応したのはヤマトの心の声であったため、それが聞こえたのかと彼はドキッとしたがどうにか誤魔化して出発することにした。
「――いざゆかん、ザイガの街へ!」
それはヤマトの宣言だった。そのかけ声でフライングバードは大きく翼をはためかせて大空へと飛び立った。
「といったものの、これはすごい光景だね」
空を移動することで、モンスターに絡まれることなく、そして速度も速いため、彼らはあっという間に大平原に到着していた。眼下に広がる光景に思わずヤマトは困ったような表情を浮かべる。
「これはやっばいねえ」
同じように身を乗り出して遠くを見るように手を額に当てながら下を見るユイナ。
本来であれば、緑が美しい大平原が眼下に広がるはずだったが、緑とモンスターの色の比率がおおよそ半々だった。
「これは街に早く向かわないと、ヤマト!」
事前にランレンに聞いてはいたが、モンスターの生息域は大平原から徐々にザイガの街よりに近づいているようだった。波状に広がるモンスターの波がじわじわとザイガの街に迫っているのが空からだとよく見える。
「だね、行くよ!」
気合を入れなおしたヤマトは鳥の手綱を握ってザイガの街へと進路をとる。
下でうごめいているモンスターを見て、ヤマトは自身では気付かなかったが焦燥感にかられていた。目の前で街がつぶれるというのもありえないことではないと実感していたからだろう。ゲームとは違って潰れた街は一瞬で再生したりなどしないからだ。
「――ヤマト!」
そのため、いつもよりもどこか視界が狭くなっていたようだ。ユイナの呼びかけでハッと我に返ると目の前に鳥タイプのモンスターが飛び交い、ヤマトを襲おうとしていた。
「……うわっ!」
咄嗟に身構えたものの、ヤマトはそのくちばしによる攻撃を左手に受けてしまう。
モンスターの名前はダイブクレイン――角の生えた鶴のような見た目をしており、空中を移動する速度はフライングバードで飛ぶヤマトたちよりも素早かった。
「ヤマト! 私が攻撃で援護するから、操縦をお願い!」
「ごめん、よろしく!」
ヤマトの怪我は受けた瞬間にユイナが発動させた回復魔法ですでに治療され、ヤマトはしっかりと手綱を握ることができた。
「ふっ! やっ!」
ヤマトの後ろでユイナは連続で矢を放ち、飛び交うダイブクレインを次々と撃ち落としていく。しかし、倒していく内に仲間を呼んだのか相手の数が多いため、それも焼け石に水状態だった。
レベルが低いのもあってまだ範囲攻撃ができないもどかしさを感じながらも、ヤマトを傷つけさせないとモンスターたちを強く睨みながらユイナは奮闘する。
「ユイナ、操縦代わって! 俺が一発でかいのをやるよ!」
「わかった!」
任せろというようなヤマトの言葉を受けて、にっこりと笑ったユイナは素早く手綱を握った。
「俺が使える現段階での最強の魔法……“フレイムストオオオオム”!」
フレイストーム――自身を中心として、周囲に強力な炎を放つ魔法。レベルが上がったヤマトが覚えた魔法であり、ダイブクレイン程度のモンスターであれば容易に倒すことができる。
ヤマトの魔法に合わせて炎がぶわっと巻き起こる。それは通常の魔術士が放つレベルを大きく凌駕し、彼らを包囲しようと飛んでいたダイブクレインをまとめて焼き払う。苦しげな鳴き声を上げて炎に焼かれたモンスターたちは消え去った。
「――ふう、やったかな?」
周囲を飛び交うダイブクレインを倒し、視界が開けて綺麗になった周囲を見回すヤマト。
「ヤマト……これ」
「うん……」
だが二人の表情はどこかさえない。確かに周囲にいたダイブクレインを倒すことには成功していた。二人合わせてもその数は四十は超えている。
しかし、仲間が倒されたことを知って遠くから駆けつけようと飛んでくるダイブクレインの数はそれ以上に増えていた。
「増援だ!」
ただ幸いとも言えたのは、仲間が一気に倒されたことでダイブクレインは出方をうかがっているようだったことだ。
「ヤマト、早く! なんとかなっている間に街へ!」
「わかってる!」
この機会を逃さんとばかりに二人は街へとフライングバードを急がせた。
「――こっちだ! 早く来い!」
そんな二人の耳に力強く叫ぶ声が地上から聞こえてきた。
声のする方を見ると、そこにいたのは二人の獣人だった。
一人は牛の獣人の女性――彼女は戦士風のビキニのような鎧を身にまとい、肩に大きな斧を持っている。
もう一人は線の細いウサギの獣人の女性――彼女は長いローブと身にまとい、魔法の杖を持っていた。
「“ファイアアロー”!」
次の瞬間、杖に魔力を宿らせたウサギの獣人が数本の炎の矢を生み出して放ち、ヤマトたちを追っている鳥の数を減らしていく。
「いいぞ! 早くこっちに来い!」
好戦的に微笑んだ牛の獣人女性はヤマトたちに向かって大きく手招きする。ヤマトはフライングバードを地上すれすれに飛ばせて、二人の間を通り抜けた。
「すみません、お願いします!」
申し訳ない気持ちを込めて二人に声をかけたヤマトはそのまま飛び去って行く。
「ようっし――クソ鳥野郎ども来やがれっ!」
ヤマトたちが無事に通り抜けたことを確認した牛の獣人は口汚くモンスターのことを罵ると、にやりと笑って斧を大きく振りかぶり、モンスターたちをギリギリまでひきつける。
「“テンポラーレ……アクスゥ”!!」
もうあと一歩とモンスターが迫ったところで勇ましく大声を出した彼女が使ったのは斧のスキル。
振り切られた斧は竜巻のような強風を巻き起こし、ヤマトたちを追っていた全てのダイブクレインをバラバラにしていた。
「彼女たちは一体……」
ヤマトとユイナはフライングバードから降りて、二人のもとへと走って戻り、牛の獣人の彼女の手によって倒れていくモンスターたちを見ていた。
ヤマト:剣士LV39、魔術士LV30
ユイナ:弓士LV34、回復士LV20
エクリプス:馬LV15
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