第二十話
「――ご馳走さま、ふわー……美味しかったー!」
ヤマトが宿泊していた宿の食堂で食事を終えたユイナは満足そうな表情を見せる。ここの食事は評判らしく、周囲はたくさんの人の喧噪でそれぞれの会話が聞こえないほどの賑わいだった。
「ね、やっぱりユイナだったら喜んでくれると思ったよ」
ヤマトもその反応を見て、紹介したかいがあったと柔らかく目を細めて自然に笑顔になった。
「ふう、お腹いっぱいだー」
「うんうん、よかった」
ヤマトはユイナと食事ができることに幸せを感じていた。誰かと一緒になると更に食事が美味しく感じられるのを改めて実感したからだ。
「それで、これから先はどうしよ? まずは二人で会うことが目的だったから、とりあえずは終わっちゃったけど……ゲームと違ってクエストをどうこうっていうのもないしね」
食後に出されたお茶を飲みつつ、ユイナが口にしているクエストとは、グランドクエストと呼ばれる本筋の物語のことをさしている。
広い世界観が特徴のエンピリアルオンラインでどうしたらいいのかわからなくならないように道標として存在しているものだったが、今の二人にはそういう物語との絡みはない。
「そうだね……俺としてはとりあえずもっとレベルを上げて安心したいっていうのはあるかな。あの橋での一件もそうだけど、やっぱり色々俺たちがプレイしていた頃とは違いが多いからいつ危険に晒されるか予想できない」
お茶の入ったカップを手にしながらヤマトは自分たちが置かれている状況の危険性を考えていた。
「確かに……あれもヤマトがこなかったら、私もお馬さんも死んでたかもしれないんだよね……」
橋でのことを思い出しただけで、ユイナの顔色は少し青ざめる。どんなに気を付けているつもりでも死と隣り合わせの世界に変わりはない。
「うん、だからレベルアップは一つ目の目標にしたいんだよね」
ヤマトの言葉にユイナもこくんと頷いていた。
「で、それはそれとして……何かこの世界での目標を決めたいと思うんだ。この世界で生きていくのか、生きていくとしたら何を人生の糧にするのか」
一本指を立てて言うヤマトのそれを聞いたユイナは思案顔になる。
「他には……なんでこんなことになったのか? その謎を解き明かすなんていうのもいいかもしれないね」
その二つを聞いたユイナはぱっと顔を上げると指を二本びしっと立てる。
「――じゃあ、両方で! それと糧は冒険しながら見つけたいかな。前みたいにおうちを買ったりもしたいし、強力な装備も集めたいよね!」
二人は自分たちの家を購入すると、倉庫を最大にまで拡張して色々な装備を集めてこれでもかというほど詰め込んでいた。お気に入りの家具をおいてくつろいだり、生産職系をレベルアップするために頑張ったりとそこでたくさんの時間を過ごしたのを思い出す。
「やっぱりコレクションはしたいよね。そうだ、ゲームの頃には手に入らなかった装備を二つ手にいれたよ」
「……二つも? 一つはあれだよね、ミノミノの剣」
ミノタウロスソードについては聞いていたため、二つあるということにユイナは首をかしげていた。
「うん、もう一つはアーマリーオーガが装備していた鎧なんだ。デビルメイルっていうんだけど……」
「えっ、なにそれ! すごい! 聞いたことないよ!」
珍しいものに目がないユイナは興奮して、ずいっと身を乗り出していた。
「う、うん、俺も初めて見たんだけど、内側に魔法陣とかルーン文字とかが刻まれててさ、さすがに装備する気にはならないけど、これが装着者に力を与えているみたいなんだ。アイテムボックスにいれて説明みたらそう書いてあったよ」
さすがにこの場所で実物を出すわけにもいかないしと、ヤマトは自分のアイテムボックスの一覧をユイナに見せる。自らが相手に見せる意思を持った時のみ、見ることができるようになっていた。
「わあ、ほんとだ! すごいねえ、これは集めがいがあるかも!」
二人とも、特にユイナはコレクションをするのが好きで、これまでも全種類の武器を揃えるぞ! と頑張っていたこともあった。自分の知らないアイテムが目の前にあることで、アイテムボックスの一覧にあるアーマリーオーガの説明文に夢中になっている。
「――よかったよ」
ヤマトがほっとしているため、顔を上げたユイナは小首をかしげていた。
「……何が?」
それは純粋に思い当たるところがないための質問だった。
「うーん、こんなことになっちゃってさ。多分だけど、俺たちはゲームの中だかどこかに飛ばされたんだと思うんだよね。……正直、不謹慎かもしれないけど俺は楽しいって思ったんだよ。エンピリアルオンラインの時も冒険はたくさんしたけど、あの頃よりも自分で冒険をしているっていう実感があるからね」
少し熱のこもった表情で言うヤマトの顔は、童心に戻ったかのようなわくわく感があった。
「うん」
彼の気持ちを感じ取ったユイナは邪魔をしないように、優しく微笑みつつ相槌だけ打って続きを聞く姿勢になっている。
「もちろん危険もたくさんあるよ。一人でダンジョンなんて行ったけど、あの時はユイナと再会するためにただただ少しでも早くレベルを上げようと必死だった。……でも、ミノタウロスと戦ってる時なんて嬉しいなんて気持ちがあったんだ、相手の息遣いすら感じられるほどの緊張感あふれる戦いができるなんてってね」
困ったように笑って顔を上げたヤマトは隣に座るユイナを見る。
「うん……わかるよ。私は最初怖かったから簡単な依頼をこなすところから始めたけど、あの橋での戦いはさ、危険な時もあったけど大好きなヤマトが助けに来てくれて、一緒に戦ってたら、あぁまたヤマトといーっぱい冒険ができるんだなってワクワクしたもん」
似た者夫婦である二人は、同じ気持ちを共有していた。どちらともなく笑いあうだけでお互いが繋がっているのを感じられた。
「……そう、か」
身体に入っていた力が抜けたようにヤマトは椅子の背もたれに体重を預ける。よく見ると彼の両手はかすかに震えていた。
「俺さ、変なのかな? っていうのはちょっと、いや……結構不安だったんだよね。日本じゃそうそう危険なことなんてないし、よその国に比べたら安全でさ……でも、ここで命を懸けてモンスターと戦ってると楽しいんだよね」
自嘲するように自分の不安をヤマトは吐露する。
「んもう、ヤマトは心配性なんだからー。……あのさ、いいんだよ? 悪いことをしたいっていうんなら必死で止めたけど、ヤマトはこの世界で冒険するのが楽しいんでしょ? だったら私も一緒だよ! だって私たちは最強夫婦なんだよ? 戦うことに自信をもって悪いことなんてないんだよ! それに……なんか別の国に来たみたいで面白いんだから、楽しまなくちゃでしょ!」
いたずらっ子のようにニシシと笑ったユイナは努めて明るく振る舞ってヤマトを元気づける。
「うん……うん! ありがとう! ユイナのおかげで気持ちが楽になったよ。そうだよね、全力でこの世界を楽しもう。それで、ついでになんでここに来たのか、どうやって戻るのかも見つけよう!」
「おーっ!」
何時しか気持ちが高ぶっていた二人の声は大きかったが、人がたくさんいる店内は酒が入っている客もいて目立つことはなかった。
ヤマト:剣士LV35、魔術士LV25
ユイナ:弓士LV30、回復士LV15
エクリプス:馬LV15
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。