第十八話
ぐるりと周囲を見渡し、ヤマトは目を凝らす。この場所にあるものでなにか違和感を感じさせるもの。
「木……は関係ないか。そもそもモンスターが集まる中心になっているのは……」
ヤマトでもユイナでも、もちろんエクリプスでもない。モンスターが現れる中心になっているのは……。
「――あれだ! 橋に何かある!」
目に飛び込んで来たのは黒いオーラを纏ったモンスターが橋からうようよと出現しているところだった。ヤマトは素早く判断するとユイナとエクリプスに視線で指示を出す。これから橋に向かうぞ! と。
それを一瞬で理解した二人は、橋に向かおうとするヤマトのことを援護していく。
「どけどけー!」
いつもと違い、周囲を強く睨み付けつつ荒々しい口調でヤマトはモンスターの群れの中を一心不乱に進んでいく。モンスターで埋め尽くされていたはずの場所だったが、彼が進んだあとには道ができていた。
「やあああ!」
そのヤマトを走って追いかけながらユイナは次々と矢を放っていく。走っていてもその精度は抜群だ。
「ヒヒーン!」
そして、ユイナに手を出そうとするモンスターはエクリプスの蹴りによって吹き飛ばされていた。
「“ファイアボール”!」
一番前を走るヤマトも魔法と剣を併用して次々にモンスターを倒していく。その勢いは先ほどまでとは比べ物にならないほど強力で、数匹どころか数十匹まとめてなぎ倒していた。
黒いオーラを背負うモンスターはこれまでのモンスターたちより強いとは言っても、ヤマトたちの目的を理解しているわけではなく、ただただ近くにいる敵対勢力を攻撃しようとしているだけだった。
「ただの烏合の衆には俺らは倒せないぞ!」
戦略的に動かれれば、ヤマトたちも危険に陥る可能性はあったが、目の前のモンスターたちは単純な命令をもとに動いていたことは彼らにとって幸いだった。
「あと少し、もう少し!」
全力で駆け抜けていく内に橋までの距離が縮まっていく。
そこで、ヤマトの心にも焦りが生まれていた。ユイナのためにも早く橋に到着しなければならない、到着すれば解決できるはずだ! でも橋に何もなかったらどうしよう。
そんな相反する気持ちが疲れとともにぐるぐると駆け巡ったせいで、最強プレイヤーと名高いヤマトにも隙を作ってしまう。
そして逸る気持ちが一体のモンスターをうち漏らし、見逃してしまうこととなる。
「――くそっ!」
あれだけユイナに言い聞かせていたはずの自分がこんな初歩的なミスをするなんて――思わず口汚い言葉を口にするヤマト。
側面からきた狼型のモンスターフォレストウルフの顎が今にもヤマトに襲いかからんとしていた。
しかし、その牙がヤマトに届くことはなかった。
「私がいるのに、ヤマトに噛みつかせるわけないでしょ!」
彼の後ろを追いかけるユイナは遠くのモンスターを攻撃するだけでなく、ヤマトが打ち漏らしたモンスターのことも把握していた。
フォレストウルフはユイナから頭部に強烈な一撃を食らい、子犬のように高い声で鳴くとそのまま吹き飛んだ。
「ありがと!」
ヤマトは自分のミスをカバーしてくれたユイナへと礼を言う。彼女もウインク交じりに笑顔を見せ、気にしないでと合図する。
そして、それは橋に到着したのと同じタイミングだった。
「ユイナ、エクリプス! 二人で少し持たせてくれ!」
「りょーかい!」
「ヒヒーン!」
通常であれば、戦えば戦うほどに疲れがたまり、パフォーマンスが下がるだけだが、ユイナとエクリプスは倒せば倒すほどに経験値がたまっていき、レベルも上がっていた。レベルアップとともに疲れも吹き飛ぶような感覚があるため、ずっとパワーアップしている感覚だけが残っている。
そのおかげでヤマトが抜けてもある程度の時間稼ぎをすることができていた。
「何かないか? 見える範囲にはない……じゃあ、橋の下か!」
一人、橋へ向かったヤマト。冷静さを取り戻した彼の頭は冴えわたる。周囲をぱっと見渡して何もないことを確認したヤマトはぱっと橋を降りて、しっかりと下から橋を見ていった。
「なにか……なにか……」
橋の下は影になっているため、薄暗い。しかし、その薄暗さが他との違いを明確に映し出していた。
紫色に光り輝く珠の形をした魔道具――それは黒い瘴気を生み出していた。
その瘴気は先ほどから現れ始めたモンスターたちが持っている黒いオーラとよく似ている。
今はちょうどモンスターが近寄れないためか、橋の下でその魔道具だけが異様な雰囲気を醸し出していた。
魔道具とは、そのままマジックアイテムであり、様々な効果を持っている。
水を出すもの、火を起こすもの、風を生み出すものなど様々だが、この魔道具は一目で怪しいものだとわかった。
「こいつはやばそうだね! ――せい!」
ヤマトはそれを見つけるや否や、飛び出すように踏み込んでその勢いのままフレイムソードで斬りつけた。
あれだけのモンスターを生み出すだけあってその魔道具は硬く、綺麗に一刀両断とはいかなかった。だがヤマトはそのまま力を込めていく。
すると彼の力に応えるようにフレイムソードが大きく火を纏いだし、強引に押し切る。
ヤマトの力に負けた魔道具はヒビが入ったと思った瞬間、ぶわりと黒い瘴気を一気に噴き出すとパキンという音とともに二つに割れた。
「よし、やった! ……そうだ、安心してる場合じゃない! ユイナ! エクリプス!」
瘴気は魔道具が壊れたことで霧散し、元の薄暗い橋の下の雰囲気を取り戻していた。
背を任せていた存在のことが気がかりになったヤマトは割れた魔道具を拾ってアイテムボックスにしまうと、慌てて移動して橋の上を確認する。
「はあはあっ、なんとかなったみたいだね、さっすがヤマト……」
ユイナが呼吸を乱しながらも、散開するように森の中へと逃げていくモンスターを見送っていた。
「ヒ、ヒヒーン……」
ぐったりとしたようすのエクリプスもユイナの言葉に同意しているようだった。
「二人ともお疲れ様、モンスターはすぐに行ったのかい?」
「うん! ヤマトが何かしたんでしょ? 急に蜘蛛の子を散らすようにだーっと逃げていったよ!」
息の整い始めたユイナがその瞬間のことを身振り手振りを交えて話すと、ヤマトはごそごそとカバンの中から壊れた魔道具を取り出す。
「うん、これが橋の下に設置されていたんだ」
ヤマトの手にある魔道具をユイナは顎に指を当てつつしげしげと眺める。
「ふーん、見たことないね」
物を集めるのが好きな二人はゲーム時代、ひたすら様々な装備や道具を集めていたが、その中にもこのような魔道具は存在していなかった。
「俺も初めて見たよ。今は壊れちゃったけど、橋の下にある時はなんか紫っぽい光を出して、しかも黒いもやみたいなの出してたんだよね」
「それが原因ってことかなぁ」
二人が知らないアイテム、そして知らない現象となればその二つが結び付けられるのは自然なことだった。
「かもしれないね、あんなのクエストでもなかったからね……」
二人が話をしていると、最後のモンスターの姿がちょうど見えなくなるところだった。
《クエスト:闇の鼓動をクリアしました》
「「!?」」
その時、突然現れたメッセージにヤマトとユイナは驚いていた。エクリプスは驚く二人を見てキョトンとしている。
「――ヤ、ヤマト! いまのなに!?」
「い、いや、俺も知らないよ。こんなクエストなかったと思うけど……」
二人の疑問に答えるものはいなかったが、何かが始まったと彼らは感じていた。
ヤマト:剣士LV35、魔術士LV25
ユイナ:弓士LV30、回復士LV15
エクリプス:馬LV15
壊れた魔道具
橋の下に設置されていた魔道具で、ヤマトによって壊された。
今は光を放つことも、瘴気を放つこともない。
誰が設置したのかは不明……。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。