第十六話
ユイナは二つ持っていた短剣の一つを失うこととなったが、それでも馬を助けるためには当然取りうる判断だった。ゲーム時代には決してできなかった方法だったが、ユイナは咄嗟の判断で短剣を矢の代わりとして放っていた。
「やっつけでやってみたけど、できてよかった……」
ほっとするユイナの視線の先では、短剣が頭に刺さったモンスターが馬へたどり着く前に倒れている。モンスターたちは先ほどのユイナの気迫に警戒しているようで遠巻きにこちらを見ていた。
「大丈夫?」
焦ったようにユイナは馬のそばに行くと、優しく声をかける。
「よかった、軽い怪我だけで済んで……“ヒール”!」
レベルが上がったおかげで使えるようになった回復魔法で簡易的ではあるがユイナは馬の怪我を治していく。初級のヒールでは擦り傷や少しの疲れをとるには十分だった。
「ブルル」
安堵したように鼻を鳴らす馬。ユイナに呼び出されて、ここまで数時間程度の道のりだったが馬にしてみればすでに主人と考えており、不穏な気配を感じてここまでやってきていた。
「ふふっ、ありがとう……なんとか、君だけでも無事に逃げてね!」
馬の気持ちを感じ取りながらもユイナはそれだけ声をかけると、少しでも背を押せればと思い切り馬の尻をひっぱたく。
「ヒヒーン!?」
安堵していたところに襲った痛みに驚いた馬は、焦ったようにルフィナ方面へと走って戻っていった。
「ふう、これで一人で戦える……さあ、かかってきなさい!」
馬が無事に帰ってくれることを願いつつ、ユイナは一本になった短剣を手にして、強気な表情でモンスターを迎え撃つ構えをとる。
「ガアアアア!」
すると呼び出されたモンスターの中でも特に凶暴なオーガがユイナへと迫りくる。レベルは35とここにいるモンスターの中でも最も高い数値だった。
ふがふがと息荒く迫るオーガから振り下ろされる太く凶悪なこん棒。
キッと睨み付けつつユイナはそれを短剣で受け止める。直撃は防ぐが、それでも単純な力の強さに差があるため、細身のユイナは吹き飛ばされて地面に打ち付けられてしまう。
「キャアアア!」
飛ばされた先にモンスターが構えていないことは幸いだったが、それでも未だピンチである状況に変わりがなかった。受け身をとって転がった姿勢からすぐに攻撃態勢をとろうとすると、足に痛みが走っていることに気づく。
「っ……“ヒール”」
見てみると先ほどの衝撃で足をすりむいてしまったため、ユイナは自らに回復魔法をかける。些細な怪我だったが、それが戦闘のパフォーマンスを下げることだけは防ぎたかった。
彼女の魔法で擦り傷はあっという間に塞がり、傷一つない素肌が見えている。
怪我が治ったことですぐに起き上がったユイナは再度戦闘態勢に入る。その目にはまだ戦う気力が強く宿っていた。
「さすがにここまでのピンチはそうそうなかったっけ……」
単純な数で言えば、一対百を超えて未だに増えているモンスターという状況である。
この状況に心が折れずに未だ勝ち目を目指して戦い続けられる心の強さを持ち合わせているものはそうそういない。
「ヤマトに会わなきゃだし、まだまだこの世界を楽しんでないんだから……がんばるよ!」
ひとまずオーガを後回しにして、ユイナはレベルの低いモンスターへと向かっていく。まずは数を減らすことが最優先だと考えたためだった。
この作戦は成功だった。
弱いモンスターであれば、短剣一本でもなんとか戦うことができ、更にモンスターの群れに紛れることで、オーガに狙われにくくしている。
「――これなら!」
調子よく次々とモンスターを倒していくユイナ。モンスターもユイナの攻勢に怯んでいく。モンスターの動きが徐々に止まっていくのはユイナにとって良い状況だった。
しかし、それはオーガにとっても同様の状況だった。動きの固まったモンスターたちの中で軽快に動くユイナを見つけることが容易になってしまったのだ。
「グオオオオオ!」
息巻くオーガは動きを止めたモンスターを吹き飛ばしてユイナとの距離を徐々に詰めていた。
そんな後方から迫りくるオーガに気づかず、ユイナは前方の敵に集中している。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
その声にユイナが気づいて振り返った時には、既にこん棒は振り下ろされており、目の前に迫るのをただ見つめることしかできず、回避行動に入るのは難しい状況だった。
「キャアッ! ヤマト!!」
そして愛しい人の名を呼びながら祈るようにぎゅっと目を瞑るが、こん棒はいつまでたってもユイナの身体に触れることはない。
「ユイナ、お待たせ!」
どうしたのだろうと戸惑うユイナの耳に聞こえたのは確かにヤマトの声だったが、本来ならありえないはずだった。
この橋はルフィナの街に近く、中央都市リーガイアからは三倍以上の距離がある。最後に連絡を取ってから馬に乗って来たとしてもこれほど早く到着するはずがなかったのだ。
そう考えたユイナはおそるおそる目を開く。目の前にはこん棒もオーガの姿もない。
「――ユイナ、無事かい!?」
そして、声が上空から聞こえてくることに気づいた。
「ヤ、ヤマト!?」
ハッとしたように上を見るとヤマトはそこにいた。それも鳥に乗った状態で。
「少しでも早く到着するように有り金はたいて、フライングバード買ってきたんだ!」
大きく手を振るヤマトが搭乗しているのは、今も口にしたようにフライングバードと呼ばれる鳥型のマウントだった。そのまますぎるネーミングと、もっさりとした大きな黒い鳥というぱっとしない見た目から買うプレイヤーは少なかったが、これが最も安い飛行型のマウントだった。
しかもこの鳥、見た目に反して意外と俊敏な動きをする特徴があり、それを知る人からは重宝される存在だったりするのだ。
「さあ、俺が来たからにはユイナには手を出させないぞ!」
ぱっと鳥からとび降りたヤマトは鳥に帰還命令を出しつつ、ユイナのすぐそばに軽く着地する。すぐにフレイムソードを構えて彼女を守るように前に出た。
「っヤマト! 本物のヤマトだ!」
目をキラキラと輝かせたユイナは大量のモンスターに囲まれた状況であるにも関わらず、ヤマトに会えた喜びが上回ったらしく、満面の笑顔でヤマトを見ていた。
「ユイナ、再会はあとでゆっくり喜ぼう。今はこいつらをなんとかするよ! さあ、これを持って!」
真剣な表情でヤマトがユイナに渡したのは、矢筒だった。それも十個。一つの筒に、三十本の矢が格納されており、これで三百本の矢をユイナは一気に手に入れたことになる。
「うん、ありがと! これで戦える!」
彼が来たことで一気に状況が良くなっているのを感じたユイナはにっこりと笑顔で黒檀の弓を再度装備する。ヤマトは万が一ユイナが矢を切らした場合を想定して、先に準備をしていたのだ。
「それからパーティ申請送るよ!」
ヤマトの声掛けとともにユイナの前にピコンと音をたててメッセージが表示された。
《プレイヤー、ヤマトからパーティの誘いを受けました。入りますか? Yes/No》
それを見る前からユイナの選択は迷うことなくイエスだった。
ゲームのシステムではパーティを組むと、人数に応じてステータスの強化が行われる。
「――あれ? 体力が二人の時より多い?」
それを知っていたユイナが表示されたステータスの変化の量を疑問に思うが、パーティ一覧を見て三人目の名前があることに気づく。
「強力な助っ人がもう少ししたら来るよ!」
ふわりとほほ笑んだヤマトは自分がやってきた方向へと視線を向ける。遠くからモンスターの悲鳴と土煙が上がっているのが見えていた。
ヤマト:剣士LV25、魔術士LV18
ユイナ:弓士LV21、回復士LV6
エクリプス:馬LV6
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。