第百四十一話
表情が消えたまま、すうっと俯いていくグレデルフェントだったが、そこから何やら声が聞こえる。
「――くっくっく、はっはっは!」
それは笑い声だった。まるでお腹が痛いと言わんばかりに大笑いしている。
「そんな些細なことで気づくとは思わなかったな。確かに私はグレデルフェントではない。やつの名を使ったのは、貴様らにわかりやすく価値のある名前だったからな」
顔を上げた表情がないままの彼は、おもむろに顔へ手を当てる。
そして、バリバリという音とともに顔の皮にヒビが入り、崩れ落ちるように剥がれていく。
「ははっ、ばれたならこんな顔でいるのは失礼だな。さっさと取ろうじゃないか」
全て剥がし終えたそこには、全く別人の顔があった。
「その顔は!」
「終わりを告げる者!?」
二人はその正体に見覚えがあった。最強の魔人と呼ばれる災厄の神。終わりを告げる者――つまりゲーム時代にラスボスの顔だった。
しかし、ゲームで戦った時には二人よりもサイズが巨大であったが、目の前にいるのは通常の人のサイズだった。
「ふふっ、その顔を見れば何を考えているか手に取るようにわかる……貴様らの世界の私とは大きさが違う、そう考えているのだろう? それはそうだろう、あれはゲームの世界の私。プログラムされたものだ。本来の私はこの身体で力を振るう」
楽しそうにクスクスと笑う終わりを告げる者は身振り手振りで自身の身体をアピールしている。
だが、それを聞いてもヤマトたちは驚きの表情のまま、呆然と終わりを告げる者を見ている。
「さて、ここで疑問があるはずだ。他の世界の、ゲームの私を倒した貴様らをなぜこの世界に呼び寄せたのか。わざわざ天敵のような存在をこちらに呼ぶということはおかしな話だよなあ?」
ニヤニヤと笑いながら終わりを告げる者は、ヤマトを試すように話す。彼がどんな答えを出すのか楽しみにしているようであった。
「……一つ、別の世界の自分の敵討ち。自分は完璧なものであるから、ゲームといえど倒されたことを容認できない」
少し考えたのち、硬い表情のヤマトが答えるが、終わりを告げる者は腕組みをしてニヤニヤと笑っているままでいる。
「二つ、何らかの理由で魔王を倒すことができないため、俺たちを利用して倒させようとした」
この答えにも動揺する様子は見られない。むしろどれだけ回答が出てくるのか期待しているようである。
「三つ――飽きたから」
ただ、最後のシンプルなヤマトの答えに、終わりを告げる者の眉がピクリと動いた。
その反応を見たヤマトが一つの考えに至る。
「なるほど……この世界で生きていても何も刺激がない。かといって滅ぼすという選択肢はない――なぜならただでさえ少ない刺激がゼロになってしまうから。さっき魔王と戦ってみましたけど、失礼ながら魔王であっても渡り合えるかというと難しいと思います。だから、よその世界のあなたを倒した俺たちをこの世界へ呼びよせた、というところでしょう。つまりは、ただの娯楽で……わがまま」
合点が言ったようにヤマトがすらすらとそこまで言うと、それまで笑っていた終わりを告げる者から表情が消える。
「そうか……よく私のことをわかっているようだな。その人を馬鹿にしたような、さも俺はすごいんだというような顔――あぁ、潰してやりたい!」
その言葉と共に終わりを告げる者を中心にして、部屋の中に強力な圧が広がる。
拘束されている魔族二人にいたっては、気絶しそうなほど強力なものだった。魔王はじっと硬い表情で終わりを告げる者を見ている。
ヤマトとユイナは冷静に構えているが、ルクスは緊張の面持ちで召喚獣たちを従えており、エクリプスは警戒するように睨んでいる。
「場所を変えましょうか。ここで戦ったら魔王の城が壊れるし、潰されるのはさすがに勘弁してほしいですからね」
終わりを告げる者の圧で魔王城がミシミシと悲鳴を上げるのを聞いていたヤマトはそう提案する。
しかし、それに不満があるのか、終わりを告げる者は目を細める。
「……一体何を企んでいる?」
「何も?」
探るような終わりを告げる者の視線をさらりと受け流し、ヤマトは質問に首を横に振った。
「理由は今言ったとおりですし、何も企んでなんていませんよ。開けた場所に行くことで俺たちが特別有利になることはないし、そっちが不利になるなんてこともないでしょう?」
どこまでも淡々としたヤマトの言葉に、終わりを告げる者は一瞬だけ考えるが、それもそうかとすぐに頷く。
「わかった、それならばすぐに移動しよう。貴様が望むように周囲に建物のない場所にな――近くに集まれ」
別の場所に転移することを決めた終わりを告げる者の言葉に、ヤマト、ユイナ、ルクス、エクリプスが一か所に集まる。
その様子を黙って見ている魔王は、いまだ硬い表情で彼らを見ている。
自分には手出しできない世界だと思っているような表情だ。
「魔王さん、お騒がせしました」
「ばいばーい!」
「失礼します」
「ヒヒーン!」
四人がそれぞれ挨拶をし、終わりを告げる者が右手をかざすと、大きな魔法陣が足元に現れ、光を放った次の瞬間には移動した。
移動した先は、見渡す限り平原だった。空は突き抜けるような青空で、どこまでも果てがないように見える。
「ここなら誰の邪魔も入らないだろう。これ以上の要望を飲む気はないぞ――さっさと私のひまつぶしの相手になれ」
ここまで一つでも相手の言うとおりに動いてしまったことに苛立ちを覚えている終わりを告げる者。不機嫌そうな雰囲気でヤマトたちを睨み付けている。
「さて、それじゃあ希望に応えて戦闘準備をしようか」
ヤマト、ユイナ、ルクス、エクリプスは一旦終わりを告げる者から距離をとり、それぞれが武器を構え、戦闘態勢に移っていた。
「――さあ、戦いの始まりだ!」
待ちきれないように終わりを告げる者はそう告げると、真っすぐヤマトへと向かって行く。
その手には二振りの剣が握られている。
「まずは俺か!」
自分が狙われているということを理解しているヤマトも剣を構え、終わりを告げる者を迎え撃つ。
巻き込まれないように、そして戦いやすいように、他の三人はその瞬間にヤマトから距離をとった。
「魔王との戦いは見ていた。あの程度の剣技で私に抗することができると思うなよ!」
言葉のとおり、終わりを告げる者の剣さばきは、魔王よりも鋭く力強かった。少しでも油断すれば怪我を負うことは必須な勢いだった。
「――くっ! 確かに、魔王よりも強い!」
ヤマトは何とか剣で受けようとするが、全てを受けきることはできず、後ろに下がりながらなんとか誤魔化して戦っている。対する終わりを告げる者はヤマトの苦しげな表情に気をよくしている。
その苦戦している風景を見たユイナが我慢ならないと加勢に入る。
遠距離からの弓による攻撃。
「鬱陶しい!」
一つ一つは些細な攻撃でも、次々に放たれるユイナの攻撃にうんざりした終わりを告げる者は、彼女がいる方向へと剣を一振りする。
剣先から突風が巻き起こり、矢を弾き飛ばしつつ、そのままユイナへを巻き込む。
「きゃあ!」
反射で防御態勢をとったため、ダメージはなかったが、風の勢いが強く、ユイナは思わず目を塞いで声をあげてしまう。
「お前の相手は俺だ! “ハイスラッシュ”!」
こちらを向けと言わんばかりに声を上げたヤマトはパートナーであるユイナを攻撃されたことに怒りを感じて、強力な攻撃を繰り出す。
シンプルなスキルではあるが、レベルに応じて威力が強化されている。
剣聖としてレベルがカンストしているヤマトが放つ一撃は、シンプルなスキルとは思えないほどの威力を持つ。
「――ふん、その程度」
つまらなさそうに鼻を鳴らした終わりを告げる者は、それを剣であっさりと受け止め、ついでのようにヤマトを後方へ弾き飛ばす。
「ふむ……少しは期待していたんだが、その程度か。……うるさいぞ、羽虫が!」
ユイナとは反対側から聖獣による攻撃をしようとしていたルクスだったが、その動きは見切られており、ルクスへと雷の魔法が飛んでいく。
「っ、ガードするにゃ!」
範囲が広く避けることが難しいと判断したルクスは四聖獣の子どもたちに指示を出し、魔法を防ぐ障壁を展開させる。
終わりを告げる者の魔法は詠唱もなく、一瞬で放ったものだったが、その威力は強力で、力を合わせても四聖獣の子どもたちは吹き飛ばされてしまう。
「にゃあああ!」
四聖獣の子どもたちと共に魔法による爆風でルクスも後方に飛ばされてしまう。
「――ヒヒーン!」
まだ自分がいるぞ、と言わんばかりに終わりを告げる者の後ろから気配を消して鋭い一撃を繰り出そうとするエクリプス。
「獣ふぜいが、邪魔だ!」
だがそのエクリプスの動きも読まれており、前を向いたままの終わりを告げる者の背中で激しい爆発が起こる。そして勢いよくエクリプスを吹き飛ばした。
「は、ははっ……これはすごい。思ってたより強いみたいだ」
仲間たちが次々と終わりを告げる者に圧倒されている様子を見たヤマトは自分を含め、誰もが手も足も出ない状態に思わず笑ってしまう。
「ふう、せっかく楽しみにしていたというのにこれで終わりか……」
大きく息を吐いて、落胆の色が濃い終わりを告げる者。つまらないと嘆くようにヤマトたちから視線を逸らして、やる気をなくし始めていた。
しかし、ヤマトの顔には自信のある笑顔が浮かんでいた。
ヤマト:剣聖LV1000、大魔導士LV950、聖銃剣士LV929
ユイナ:弓聖LV1000、聖女LV950、聖強化士LV932、銃士LV911、森の巫女LV852
エクリプス:聖馬LV1000
ルクス:聖槍士LV949、サモナーLV1000
ガルプ:黄竜LV940
エグレ:黒鳳凰LV904
トルト:朱亀LV883
ティグ:青虎LV891
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