第百三十五話
グレデルフェントの話によると、魔王がいるのは今いる塔から真っすぐ北上していった場所にある空間の亀裂を抜けた先、とのことだった。
「その亀裂はこちらの世界の魔界と呼ばれる場所を繋ぐもので、各国に現れた魔族はそこからやってきたものだと思われます」
グレデルフェントの情報は、ヤマトたちがラスボスとの戦いで向かった場所と同じだった。ヤマトとユイナは脳内でゲーム時代に訪れたあの場所の風景を思い出していた。
「なるほど……そこは魔導船で向かうことはできますか?」
特別な手順を踏まなければその空間に進むことができない――そんなことがゲームではままあるため、ヤマトが確認する。
「恐らく魔導船で向かえば問題なくあちらへと行けるはず、です。……すみません、なにぶん私も自分で魔導船で移動をしたわけではありませんので……」
申し訳なさそうな表情で言うグレデルフェント。魔王という強力な相手を前に、適当なアドバイスができないと思っているようで、言葉は曖昧に濁された。
「――わかりました。とりあえず向かってみます。では、俺たちが戦う相手についての情報は何かありますか?」
気を取り直して次の質問をするヤマトに、グレデルフェントは顎に手を当てつつ、しばらく考え込む。
「……これも恐らくになりますが、相手は魔王とその側近三名になると思います。魔王はもちろん相当強いのですが、側近三名も魔王に近い力を持っています――そう簡単にはいかないでしょう」
難しい表情のグレデルフェントに、ヤマトも相槌を打つように頷いた。
「なるほど、さすがにどんな能力か――はわからないですよね」
軽い口調で聞いたこの質問には返答はなく、グレデルフェントは無念そうな表情で頷くだけだった。
「色々と情報と、装備の修理もありがとうございました。おかげで戦うことができます」
そんなグレデルフェントをなだめるように笑顔を見せたヤマトは彼に握手を求める。
少し戸惑うような挙動で手を伸ばしたグレデルフェントもそれに答える形で握手をし、ヤマトたちは塔をあとにした。
――魔導船、休憩室。
ルクスたちは別室で思い思いの時間を過ごしている中、ヤマトとユイナは二人の時間を作っていた。
「……ねえヤマト、本当なのかな?」
要点を得ないような端的なそれはユイナからヤマトへの質問。ソファに座るヤマトの隣で足を揺らしながら彼女は問いかける。その表情にはいつもの飛びぬけるような明るさはない。
「グレデルフェントさんが言ったことが、という意味なら恐らく本当だと思うよ。あそこで俺たちに嘘を言う必要はないからね。ただ……」
質問を投げかけられたヤマトもまた硬い表情で断言する。だが、ただ――と続けたことにユイナが首を傾げた。
「ただ、何?」
何か思うところがあるのだろうかと聞き返すユイナに対し、ヤマトは静かに首を横に振った。
「いや、確証がないことだからやめておこう。操縦室に戻るね」
そのまま立ち上がったヤマトが操縦室に戻ると、ソファに腰かけたままのユイナは肩を竦めるだけで、テーブルの上にある茶菓子に手を出していた。
彼が言う必要がないと判断したのであれば、特に気にすることもないだろうという信頼から、これ以上考えることをやめていた。
一方で、舵をとるヤマトは、グレデルフェントの話通りに真っすぐ北上はせず、別の場所へと向かう。
北に向かうと見せ、途中から西に舵を切って別の場所へと向かって行った。
その後、直接魔界へとは向かわなかった彼らは、数日経ってからグレデルフェントに教えてもらった場所へと向かう。
「ねえ、ヤマト。大丈夫なの?」
操縦室の窓から外を見ていたユイナは、ふとヤマトに振り返るように問いかける。その確認は魔導船についてのことだった。
「この間までの魔導船だったらまずいだろうけど、今の魔導船だったら問題はないと思うよ」
ふわりと笑って見せたヤマトは、別の場所で魔導船の強化を図っていた。
四聖獣に加護をもらった魔導船も、魔界へ向かうにあたり、さらなる強化が必要だと判断したのだ。
装甲の強化、障壁を張る機能の追加、そして攻撃用の魔導砲の追加を行っている。
それらは全てゲーム時代に製作系のクエストを数多くこなしていたヤマトだからこそできる技だった。
「なんか色々強化してたもんねえ。さっすがヤマト!」
こういった細かいことをユイナは苦手としていた。当然、ゲーム時代も魔導船について詳しくはなく、今回も全てヤマトに任せていた。ルクスも自慢の主人だと目を輝かせてみている。
彼らがグレデルフェントが教えてくれた場所に向かうと、そこには確かに禍々しい黒いオーラをにじませる亀裂があった。
「――行くよ! 障壁起動!」
気合を入れた表情のヤマトが掛け声をかけると、薄い透き通るような虹色の障壁が魔導船を包み込む。
そのまま魔導船を空の亀裂へと向け、いよいよ魔界へと突入する。
亀裂から空間を通っていくと、先の見えないよどんだ闇が広がっていた。
あらかじめ障壁を張っているのだが、それでも魔導船に周囲から強力な圧がかかってくる。
侵入者を拒むようなそれは恐らく障壁なしでは魔導船が粉々になっていたであろう程のものだ。
圧によって障壁がきしむ音が聞こえてくる。
「ね、ねえヤマト、大丈夫かな……?」
不安を紛らわせるようにルクスを抱っこしながらユイナが問いかける。
いまだこの空間は続いており、まだまだ抜けきる様子が見られない。
「大丈夫、障壁起動!」
明るい声でヤマトが再度障壁起動の声をかける。最初に張った障壁ではなく、二つ目の障壁。
ヤマトは様々な状況に対抗できるようにと、複数の障壁を張れる仕様に改造してあった。
「す、すごいね!」
二つ目を張ったことで、魔導船は安定する。複数の障壁が張れる機能をユイナは初めて見たため、素直に驚いていた。
「まあね――さあそろそろ抜けるぞ!」
彼女に褒められて嬉しそうに笑ったヤマトは真剣な表情で前を見据える。
揺れなくなった魔導船は闇の空間を通り抜けて、魔界へと到着した。
辿り着いた先にあった魔界の空はどんよりとしており、地上には瘴気が渦巻いている。
「こ、ここが魔界、ですかにゃ……?」
初めて見る魔界にルクスは驚きの声をあげる。そこは彼が想像していたよりもずっと恐ろしい環境だった。
「そうだね、地上に降りてみたいけど……目的の場所はあそこだ!」
ぐるりと周囲を見渡せるパネルを見ていたヤマトが指で示した方向には大きな、そして禍々しい城があった。
「あそこが……」
魔王の居城をじっと見つめたまま、ごくりとルクスは唾を飲む。
「――ねえねえヤマト、あんな城だったっけー?」
ユイナの記憶にある城とは形が違っているため、こてんと首を傾げながら質問をする。
「いや、違う。まあ、魔王と聞いていたから何かしら違う部分があるとは思っていたけど、あそこまで趣味の悪いデザインだとはさすがに思わなかったよ」
ヤマトたちが戦ったゲームのラスボスは魔王ではなく、最強の魔人と呼ばれる災厄の神。終わりを告げる者という名前だった。
「だよねえ、グレデルフェントさんが魔王魔王って何度も言うから、おかしいなあと思っていたんだよねえ」
不満そうに唇を尖らせながらそうぼやくユイナが、グレデルフェントとの会話にあまり参加しなかったのは、これが理由だった。下手に口を挟んでややこしいことになるのが面倒だったため、ヤマトに全てを投げていたのだ。
「なんにせよ、魔王を倒すためにこの世界に呼ばれたということだから戦わないとね……ひとまず城にまっすぐ向かおう」
そんな彼女に笑みをこぼしながら、ヤマトは船の進路を城に向けて移動していく。
未知の敵との戦いになるため、ヤマトとユイナの顔にはワクワクするような笑顔が浮かんでいた。
ヤマト:剣聖LV1000、大魔導士LV932、聖銃剣士LV901
ユイナ:弓聖LV1000、聖女LV901、聖強化士LV882、銃士LV852、森の巫女LV801
エクリプス:聖馬LV1000
ルクス:聖槍士LV935、サモナーLV1000
ガルプ:黄竜LV920
エグレ:黒鳳凰LV860
トルト:朱亀LV840
ティグ:青虎LV850
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