第百三十四話
「はあはあ、はあはあ」
「ふうふう、にゃあ」
「きっつー!」
遠距離攻撃を持っていないエクリプスだけは疲労していなかったが、ヤマトたち三人は疲労困憊といった様子だった。大きく息を乱しながら全力を出し切ったのであろうことが伝わっている。
彼らが巻き起こした攻撃による煙が徐々にはれていき、ヴリトラの姿が徐々に見えてくる。
「GURRRRRRRR」
そこには弱り切った、しかし倒しきれていないヴリトラの姿があった。ボロボロになりながらもその目には怒り、憎しみ、悔しさなど負の感情がぐるぐると渦巻いて妖しく光っている。
「――まずいぞ!」
ヴリドラと目が合った瞬間、ヤマトはそう言うと、既に走り出していた。
彼の本能が危険を知らせてきたのだ。このままヴリドラの思うままにさせてはいけないと。
ヤマトたちがヴリドラの再生能力を上回る攻撃を加えた結果、相手の身体は見るも無残な姿になっている。
だがヴリトラとてただやられていたわけではなかった。じっと攻撃に耐え、自己修復能力に全ての気力を向けていた。
そして攻撃が止んだと同時に能力を発動させたヴリドラの身体はじわりじわりとだがこれまでより早く再生を始めていたのだ。
虎視眈々とこの時を待っていたヴリドラはただひたすらにヤマトたちへの憎悪の気持ちでいっぱいだった。
「ヒヒーン!」
いち早く異変に気づいたヤマトの隣に、エクリプスが並走していた。
エクリプスの目は「自分に任せろ」と言っているように見えた。
「わかった、“アースロード”! ついで“ウインドロード”! 更に“バースト”!」
エクリプスの気持ちを受取ったヤマトは魔法でヴリトラまでに通じる道を構築し、更に風で作った道を作り出し、更に爆風を生み出してエクリプスをヴリトラのもとへと届ける。
背中を押すような風を一身に受けながらエクリプスは目の前のヴリドラに向かって駆けていく。
勇ましく走るその姿は聖馬の職業にふさわしい、美しく勇猛なものだった。
「ヒヒーーーーン!!」
エクリプスの職業は聖馬――その職業は馬である彼の力を何倍もに高める。
使える力は蹄鉄による強力な踏み抜きの一撃――そう思われていた。
ルクスのように人の言葉を話すことはないが、エクリプスはヤマトたちと旅をし、戦う中で自分の力を知っていった。
戦闘を繰り返し、レベルが上がることで新しい能力をいくつも覚えていた。
今まで使うことはなかったが、ただそれは使う必要がなかっただけで、ここでこそ使うべき場面だとエクリプスは判断する。
「ヒヒーン(聖なる馬槍)!」
高らかに鳴き声を上げて駆けているエクリプスは馬の言葉を使い、自らのスキルを起動して修復中のヴリトラへと向かう。
みるみるうちにスピードを増していったエクリプスの身体全体がいつしか光の槍と化し、そのままヴリトラの心臓がある位置に真っすぐ突っ込むように飛んでいた。
輝くような光の槍はヴリドラの強固な鱗を、皮膚を、肉を――そして心臓を貫いていた。
心臓を一突きにされたヴリドラは声もなく大きく体をのけぞらせて絶命する。
再生し始めていた身体も、もう動くことはなかった。
「エ、エクリプス……」
「す、すごいね……」
「っエクリプス殿……」
三人はエクリプスが成した結果を見て大きく目を見開き、ただただ驚いていた。
ヤマトは、彼の目を見た時、何か確信があるのだろうと判断はしていたが、これほどの力を秘めているとは思ってもいなかった。
最初はデザルガの街のマウントショップでヤマトが何気なく選んだ馬の呼び笛に応えて現れてくれたエクリプス。
いつしか戦うことを自ら選び、気付けば彼らの相棒として活躍できる名馬となっていた。
「ブルル」
しかし、当の本人は何事もなかったかのように首を横に振りながら軽い足取りで戻ってきた。
ヤマトの元へ戻ると、いつものように彼の頬に機嫌良く顔を寄せる。
《レベル上限が解放されました》
ヴリトラが完全に死んだのと同時に、そのメッセージが全員のものへと流れる。
そしてステータスを確認すると、1000レベルへと達していた。
彼らの身体に漲る力はそれまでとは一線を画すもので、とうとうレベルが1000に到達したことを実感させた。
「なんか、エクリプスの力だけでなんとか乗り越えた感じがするけど……まー、いっか!これで魔王と戦う最低限の準備が終わったね、ヤマト」
「そうだね。あとは、塔に戻って例の装備をもらおうか」
ヤマトが預けておいた壊れた神話装備――それを回収することができれば、正真正銘、魔王と戦う力を用意することができる。
「それでは、ついに……」
ついに最終目的である魔王との戦いに向かうのかとルクスは神妙な面持ちになっている。召喚獣たちは戦いを終えたと同時にルクスの中へと戻っていた。
「とりあえずは塔に戻って話を聞いてからかな。魔王がどこにいるのかとか、色々情報を集めないとだからね」
情報が無くてはレベルや装備が整っていてもダメだとヤマトは語る。
以前、ヤマトたちが戦ったゲームの最終ボス災厄の神がいる場所は別の空間にあるダンジョンであり、グランクエストをこなす上でそこへと転送してもらい、進んだ先にある禍々しい魔神の城で戦うこととなった。
しかし、この世界でもそれが同じとは限らないため、再度グレデルフェントから話を聞く必要がある――ヤマトはそう考えていた。
一度山を降りた一行は、ふもとに辿りつくとそこで魔導船を呼び出し、再び創生の塔へと向かうことにする。
時間にして数時間ほどで到着すると、塔移動の魔法を使い、塔の頂上から最下層へと瞬間移動をする。
「……ん? おぉ、みなさん戻りましたか!」
グレデルフェントは何か考え込んでいたのか、ヤマトたちが到着して少しの間、そのことに気づいていない様子だった。驚きながらも歓迎するように大きく腕を広げて再会を喜んでいるように見えた。
「えぇ、おかげさまで少し強くなることができました」
そのほとんどは自力によるものだったが、ヤマトは謙遜したのか本当に思っているのか、苦笑交じりにそんなことを口にする。
「いえいえ、やはりお二人……失礼、みなさんは先に進む力を持っているようです」
柔らかく目を細めたグレデルフェントはヤマトとユイナのことをさして言おうとしたが、ルクスとエクリプスの姿も目に入ったため、緩く首を振り、言い直す。
「どうもです。――それで、装備のほうはなんとかなりましたか?」
真剣な表情のヤマトはすぐに話を切り替え、神話装備についての話をする。
「もちろんです。時間があったのと、元の装備が原型をとどめていたことから修復は滞りなく行えました……こちらです」
にっこりと笑顔を見せたグレデルフェントは、修復した神話の剣と神話の盾を持って再びヤマトの前に立つ。
「これは――すごい。元の装備よりも強くなってる……」
装備のステータスを確認せずとも、手にしただけで強化されることがわかるほどに強くなっていた。
「えぇ、少しだけ手を加えました。もちろん強化という意味でだけで、他には余計なことをしていないので、使い心地は変わらないはずです」
自身の施したものにすぐ気付いてもらえたことでグレデルフェントは嬉しそうにしている。
早速ヤマトは剣を引き抜いて、軽く素振りを始める。手に馴染むようにしっくりとくる感覚にヤマトの胸が熱く震えた。
「……うん、いいですね。強くなったことを感じるけど、かといって元々の神話の剣と変わらずに使える――とてもいいです!」
輝くような表情でヤマトは自分の武器が強化されたことを喜び、それをグレデルフェントに伝えようと言葉を選んでいた。
「それはよかったです。他のみなさんには何もしてあげられないのが心苦しいですが、その剣と盾だけでもお渡しできてほっとしていますよ……それで、みなさんの力が強化されたということは魔王の居場所についてお話ししてもよろしいでしょうか?」
申し訳なさをにじませながらほっとしたように笑うグレデルフェントは、真剣な表情に変わると、そう問いかけた。
ここから先はボスへと向かうだけであるため、ヤマトたちはその問いに対して大きく頷いた。
「――それでは、魔王の居場所と、そこへの行き方について説明しますね……」
そこから、グレデルフェントは自分が知る限りの情報を惜しげもなくヤマトたちへと提供していく。
ヤマト:剣聖LV1000、大魔導士LV932、聖銃剣士LV901
ユイナ:弓聖LV1000、聖女LV901、聖強化士LV882、銃士LV852、森の巫女LV801
エクリプス:聖馬LV1000
ルクス:聖槍士LV935、サモナーLV1000
ガルプ:黄竜LV920
エグレ:黒鳳凰LV860
トルト:朱亀LV840
ティグ:青虎LV850
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