第百三十三話
叫びながら痛みで暴れるヴリトラから一旦距離をとる。
近くにいたままでは、暴れるヴリトラに潰される可能性があったからだ。
「ダメージは通る。でも、決定打とまではいかない、か……」
痛みを感じて苦しんでいるヴリトラを眉を顰めつつ見たヤマトがぼそりと呟く。
彼の言うとおり、痛みを与えることはできてはいるが、総ダメージ量としては少なく、ヴリトラを倒せるほどのものではなかった。
「しかも……」
少し顔をしかめながら目を細めたヤマトはヴリトラの怪我の部位を見ている。
「……もしかして、回復しているのですにゃ?」
不安そうなルクスの言葉にヤマトは神妙な面持ちで頷いた。
「ヴリトラは自己修復能力が高いんだよ。瞬時に回復するほどチートではないんだけど、攻撃を加えて与えたダメージが回復量を上回っていないと、どれだけ攻撃を重ねても赤字になっちゃうんだ」
種明かしをするヤマトはゲーム時代からこのことを知っていたため、当たり前のことを口にしたつもりだったが、ルクスにとっては驚愕に値する事実だった。
「さ、さっきの攻撃も回復してますにゃ! ど、どうすれば!?」
このままでは回復したヴリトラに押し切られてしまうかもしれない、その不安がルクスを大きく混乱させる。
「――ルクス、落ち着いて。こいつでそんなに慌てていたら、魔王なんて倒せない。それに……頭がしっかりしてないと部下が心配するよ?」
少しづつ回復しつつあるヴリドラを見て焦るルクスをヤマトがなだめる。最後の言葉は少し笑ってルクスの緊張をほどこうとした。
実際は上司部下の関係ではないが、確かに召喚され聖獣の子どもたちはルクスの様子をみて不安な表情になっていた。ルクスと契約したことで、彼の気持ちの機敏に影響されているようだ。
「っは、はいにゃ! 私が動じていたら、みんなが困りますにゃ!」
彼らの表情を見て、ハッとしたように我に返ったルクスは気合を入れなおして槍を構え、キッとヴリトラを睨み付ける。
すると召喚獣たちも再び戦闘意欲がこみあげているようだった。
「――ルクス、防御。エクリプスは俺の後ろに」
ヤマトが指示を出したのは、回復したヴリトラが動きを止めてヤマトたちを憎らしげに睨み付けるのと同じタイミングだった。
そして、次の瞬間、ヴリトラはこれまで受けた攻撃の恨みを晴らすように黒煙を纏う強力な炎のブレスをヤマトたちに向けて吐き出した。
巨木ほどの太く強烈なブレスを見たヤマトは土と風と水の障壁を何重にも張ってそれに対抗する。
ルクスはヤマトの指示に従って、聖獣たちにそれぞれバリアを張らせ、その攻撃を防いでいく。
怒りに満ちたヴリトラのブレスの時間は長く、二十秒を越えたところでやっと止まる。
ヤマトの張った障壁のうち、土は崩され、風は打ち破られ、最後に重ねた水の障壁でなんとかブレスに耐え抜いていた。
ルクスは四聖獣による複合バリアであるため、崩れることなく耐えることに成功していた。
「これだけ強烈な一撃を放ったからには次のブレスを発射するまでに時間がかかるはず。その間に攻撃を撃ち込んでいこう!」
仲間たちにそう声をかけたヤマトは再び走り出しヴリトラへと向かって行く。
ヤマトの先ほどの一撃は、渾身のものではあったが、スキルは使っていない。
対するヴリトラの攻撃も相手が人族という小さきものであるということで侮った上でのもの。
つまり、両者ともにまだ本気は出していなかった。
「いくぞおおおおおおお!」
再び大きく剣を振りかぶってヴリトラに向かうヤマト。そこに鋭く振り下ろされるヴリトラの爪。
この構図は先ほどと同じ攻撃の応酬だった。
しかし、ヤマトはぶつかる寸前に横に飛びのき、ヴリドラの攻撃を避けていた。
「ヒヒーン!」
更にヤマトの後ろを追従するように走っていたエクリプスも同様に横に飛びのく。
彼らの素早い反応を見たヴリトラだったが、一度放った攻撃動作を止めることができず、そのまま地面目がけて爪が振り下ろされる。
これはヤマトたちにとっては大きなチャンスだった。
まずはエクリプスが本日一番の力を込めて、ヴリトラの堅い鱗をぶち破ってそのまま踏み抜き、小さな穴をあける。
痛みにヴリトラがもがき暴れる前に、ヤマトが攻撃を発動する。
「“スーパーノヴァブレイブ”!」
素早く飛び出したヤマトはエクリプスが開けた穴に剣を差し込み、身体の内側でスキルを発動させる。
光と共に強力な力が剣先から放たれ、突き破らんばかりにヴリドラの体内を眩いまでの強い光が照らす。
これまで何度か使ってきスキルだが、レベルがその頃とはけた違いに上がっているために威力も相当だった。
「うおおおおおおお!」
内側から焼けただれたような痛みに襲われたヴリトラがこの時点で暴れようとするが、ヤマトは攻撃の手を止めず、そのままスキル解放を狙って発動する。
この一撃が決まれば大ダメージを与えることができる――そう判断したためだった。
ヴリトラが痛みに耐えられず足を持ち上げようとした瞬間、ヤマトのスキルは完全に発動された。
巻き起こる大爆発によってヤマトは後方に吹き飛ばされてしまう――だが咄嗟の判断で落下地点にエクリプスが走りこみ、見事に背中でヤマトを受け止めることに成功する。
彼の賢い判断にヤマトは感謝しながらもヴリドラから目を離さない。
大ダメージを受けたヴリトラは、ひっくり返るように大きく横転する。
ヴリトラの左足はヤマトのスキルによる爆発ですっかり吹き飛んでいた。
しかし、そのままではヴリドラがもつ自己修復能力で、時間はかかるものの再生してしまう。
「“デッドアローレイン”!」
それを理解しているユイナは回復する隙を与えないようにと、吹き飛んだ足の傷口に次々と矢を撃ち込む。それも一本や二本ではなく、雨あられのように無数に撃ち込んでいく。
「GUGYAAAAAAAAAAAAA!」
ただでさえ足が吹き飛んだそこへ、更に矢が刺さっていく。傷口を大きくえぐるその一手はヴリドラを苦しめる。
「“クアドラブルブレス”!」
それに負けじとルクスは召喚獣たちに命令し、それぞれ別々の属性の力を一つに集約して強力な多属性ブレスを放つ。彼の期待に応えるようにそれぞれが全力でブレスを吐き出す。
召喚獣たちの各属性の攻撃――それは傷口を焼き、切り裂き、岩をぶつけ、凍らせる。
それらが一度に巻き起こるため、傷口の再生が追いつかない。
「“エンシェントフレイム”!」
更にそこへ地面に降り立ったヤマトが強力な炎魔法を撃ちこんで、完全に組織を焼き切って再生できないようにする。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
立て続けに襲い来る猛攻に、これまでで一番大きく、一番長いヴリトラの苦しげな雄たけびが周囲へと響き渡った。
「――まだまだ!」
しかし、そこで手を緩めてはヴリトラの反撃を許すことになってしまうため、次々に攻撃を繰り出して、ヤマトたちはヴリドラに回復する間を与えずに、そのままとどめへと向けていく。
ヤマトたちの目の前が様々なスキルと魔法の生み出す光によって視界が眩むほど照らされたのは、時間にして五分ほど。その間、強力な攻撃は隙間なくヴリドラへと降り注いでいた。
ヤマト:剣聖LV950、大魔導士LV892、聖銃剣士LV821
ユイナ:弓聖LV950、聖女LV877、聖強化士LV842、銃士LV812、森の巫女LV757
エクリプス:聖馬LV830
ルクス:聖槍士LV835、サモナーLV950
ガルプ:黄竜LV820
エグレ:黒鳳凰LV760
トルト:朱亀LV740
ティグ:青虎LV750
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