第百三十二話
ヤマトたちは立ちはだかる邪竜たちを倒し、ついには頂上へと到着する。
頂上は痛いほどの静けさに包まれていた。
彼らが到着までに戦った邪竜の数は百を超えている。
最初の邪竜を倒した時よりもさらにヤマトたちはレベルアップしていた。
「そ、そろそろ最後ですかにゃ……?」
途中途中で休憩をいれてはいたが、毎回ぐっすりと休むというわけにもいかず、ルクスの疲労は確実に蓄積していた。最後であってほしいと願いながらヤマトに問いかける。
「そうだね、この先が頂上だから……」
「うん……」
ヤマトもユイナも神妙な面持ちで頂上のある地点に向けて歩を進めていく。
きっと彼らが言うからにはなにかまちうけているのだろうと気づいたルクスは、次の質問は飲み込むことにした。
頂上は開けたエリアになっており、まるで闘技場のようでさえあった。
ここに来た時から感じていた静寂。だがはっきりと感じるほどの威圧感がヤマトたちに降り注いでいた。
「ここに……いるね」
「ルクス、エクリプス、戦闘準備。みんなも呼び出しておいて」
戦闘前の真剣な表情になったユイナがボソリとつぶやくと、ヤマトは後ろにいるルクスとエクリプスに前を向いたまま声をかける。
その時、前も見えないほどの強風がヤマトたちにたたきつけられ、立ち込める砂煙に思わず彼らは顔を覆う。
次に顔を上げた時、目の前には禍々しい黒々とした鱗を持つ巨大な龍が、彼らに襲い掛からんばかりの勢いを持ちながら目の前にいた。
大きく翼を広げ、耳を思わず塞ぎたくなるほどのけたたましい咆哮を放つ。
「っあ、あれは一体!?」
見ただけでかなりの重圧を感じる相手からびりびりとたたきつけられる咆哮にルクスは身構える。
それはここまでに戦ったどの邪竜よりも大きく、桁違いの強さを感じさせる存在だった。
「――邪龍神ヴリトラ」
睨み付けるようにヤマトが名を告げる。
自身の名を呼ばれたことに気づいたのか、ヴリトラはゆらりと顔をヤマトに向け、ギラギラと妖しく光る眼で射抜いた。
「これまでの邪竜なんか比じゃないくらい強いから、魔王との前哨戦にはもってこいの敵だと思うよ」
まるで軽口を叩いているような口ぶりのヤマトだったが、その表情は真剣そのものだった。
「ん、そうだねえ、こいつに勝てないと魔王は勝てないかも?」
それはユイナも同様だった。彼女は真剣さの中にも戦いを楽しみにしているような好戦的な眼差しをしている。
「お二人の表情から察するに、相当の敵ということですかにゃ……」
槍を握る手に思わず力が入ったルクスは緊張にごくりと唾を飲む。
「恐らく、この世界で魔王を除いたら一番強い相手だと思う。でも、こいつを倒さないとレベルカンストできない」
それはゲームの頃にあった仕様だったが、恐らくは今もそれは同じである――そうヤマトとユイナは予想していた。
三人はそれぞれ最も高いレベルは950レベル。この辺りまでが普通のモンスターなどを倒してあげられるレベル上限。
これを突破するためのクエストが【邪龍神ヴリトラの討伐】だった。
このクエストを突破することができたのは、全サーバーでも一握りのプレイヤーだけだった。
更にその中の数人――つまりヤマトたちだけが最終ボスを倒すことができた。
「ユイナ、ルクス、エクリプス、全力でいくよ。出し惜しみして勝てる相手じゃないからね」
鼓舞するように仲間たちに声をかけたヤマトは剣を両手に持ち、走り出す準備をする。
「了解! みんなに強化をかけるね!」
祈るような仕草で魔力を操作したユイナは全員のステータスの強化を行っていく。薄い魔力の膜が全員の身体を包み、力が漲るのを感じていた。
ルクスはその間に聖獣を呼び出している。
「それじゃ……いこう!」
気合十分な表情のヤマトが先頭きって走り出す。
元々ヤマトたちがいることや逃げる様子がないことからいつ立ち向かってくるのかと余裕な雰囲気でいたヴリドラ。ようやく彼らから戦闘の意思を感じ取ったため、自身も戦闘態勢に移行する。
「GUAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
待ちわびたぞ、と言わんばかりのその雄たけびは、山のふもとにまで届くのではないかというほど大きな声だった。
ひと際強力な咆哮をあびたルクスは身がすくみ、それに合わせて召喚獣たちは動きを止める。
エクリプスは、身は竦まなかったものの、強者の覇気に足を止める。
しかし、ヤマトとユイナは全く動じず、足を止める様子がなかった。
剣を構え、勇ましく正面から挑んでいくヤマト。
弓を構えたユイナは途中で側方に移動し、射撃しやすい位置へと向かう。
「せやあああああああ!」
走っていたヤマトはある一点で大きく踏み込み、飛び上がるように正面から対峙すると、全力の一撃を放つ。
その攻撃はヴリトラが振り下ろした腕とぶつかりあう。
金属同士がぶつかりあったかのような大きな音が一帯に響き渡る。
重量は明らかにヴリトラが上だったが、ヤマトはその場所から一ミリも動いていない。
完全にヴリトラの攻撃を受け止めていた。
「っ、重い! けど、耐えられないことはない!」
レベルが上がったことで筋力のパラメータも上がっているため、ヤマトはヴリトラの攻撃を止めることに成功する。
ギリギリと拮抗する力と力。ヴリトラは思っていた以上の実力者が現れたことで、高揚感からさらに腕に力が入り始める。
「正面だけ見てるとー、痛い目みるよ!」
その声がした時には既にユイナはヴリトラの側方に回っており、矢を放ち終えていた。
彼女の放った矢の数はゆうに千を超えており、収束するように全てがヴリトラへと降り注いでいく。
だが、ラスボスに匹敵するとも言われる強さを誇るヴリトラの黒々と鈍い光を持つ鱗はかなり強固であり、ユイナの矢は鱗に弾かれてしまう。
その程度は技を放った彼女も予想していた。
鱗を貫くことのない矢ではあったが、止むことなく降り注いで次々に鱗に当たる。
最初は大した攻撃ではないために無視していたヴリトラだったが、次第に鬱陶しいと思い、意識をそちらに向けてしまう。
「――いまだ……」
この時を待っていたようにヤマトが呟いたのは、小さいが強い思いのこもった言葉。
この言葉で動いたのはヤマトだけでなく、エクリプスとルクスも同時に動き始めていた。
向かって左側面にいるユイナの攻撃に意識が向いているヴリトラに対して、三人は反対の方向へと向かって行く。
駿馬のエクリプスは一番先に後ろ足に近づくと、渾身の一撃で足を思い切り踏み抜く。
「GYAAAAAAAAAAAAAA!」
単純だが、彼の一番の得意技。その強烈な一撃は、鱗をぶち抜くと皮膚を貫き、肉へと至る。
エクリプスの攻撃範囲は狭かったが、それゆえに一か所に力が集中し、確実にダメージを与えていた。
肉をえぐられた痛みに顔をゆがめたヴリトラは身じろぐように身体を動かし、痛みに苛立ちながら尻尾で全てを薙ぎ払おうとする。
遠距離攻撃をメインとするユイナは離れた場所にいるため、尻尾の影響は受けない。
近接攻撃を行っているヤマトとエクリプス、ルクスは、そのままでは尻尾に吹き飛ばされてしまう。
しかし、そうはならない。
「邪魔はさせない!」
そう、この攻撃をもヤマトは受け止めていた。
遠心力が加わった尻尾の攻撃は先ほどの腕の一撃よりも威力も速度も高いが、それを両方の手に持った剣で止めていた。
「GURRR!?」
なぜそのようなことができるのか、自分の力がなぜ通用しないのか、なぜ矮小な人ごときがこのようなことをできるのか――いくつもの疑問がヴリトラの頭の中に浮かび、すっかり混乱していた。
単純な力比べではもちろんヤマトが自身の力で尻尾を受け止めることは叶わない。
しかし、ヤマトは足の後ろを土魔法で固めて止めていた。
「今だ、いけ!!」
ヤマトの叫びに応えるようにエクリプスは先ほどとは別の足にとりついて攻撃を加える。
こちらも先ほどと同様の結果を生み出すこととなる。
そこへ飛び込んできたルクスは先に傷ついた足へと槍を深く突き刺し、追い打ちをかけるように聖獣四体が目が眩むほどの激しい魔法を重ねて放つ。
「GUGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
一つ一つは耐えられたヴリドラもこうも立て続けにすさまじい攻撃をぶつけられてはひとたまりもない。空に向かって大きく口を開けたヴリトラは、言葉にならない痛みから叫ぶように苦しげな声を上げる。
強固なモンスターであればあるほど、痛みを受けた経験が少なく、だからこそ痛みに弱い――これはここまでヤマトが戦ったなかで感じたものだった。
ヤマト:剣聖LV950、大魔導士LV892、聖銃剣士LV821
ユイナ:弓聖LV950、聖女LV877、聖強化士LV842、銃士LV812、森の巫女LV757
エクリプス:聖馬LV830
ルクス:聖槍士LV835、サモナーLV950
ガルプ:黄竜LV820
エグレ:黒鳳凰LV760
トルト:朱亀LV740
ティグ:青虎LV750
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