第百三十話
それから精霊王にいくつかアイテムをもらった一同は、元の世界に戻るための通路を開いてもらうこととなる。
精霊界に来た時と同じく、不思議な乳白色に輝く魔法のトンネルが現れる。遠くには元の世界の景色がちらついている。ミノスとは違い、精霊王は魔力に余裕があるようだ。
『わしが力を貸せるのはここまでだぞい。お前さんらならきっと全て超えることができるはずだぞい』
朗らかに笑いながらそう言う精霊王の言葉に根拠はなかったが、ヤマトたちに自信を与えた。
「はい! 色々とありがとうございました!」
「精霊王さん、ありがとーねっ」
「多岐にわたるご助力感謝しますにゃ」
「ヒヒーン」
ヤマト、ユイナ、ルクス、エクリプスはそれぞれ礼を言うと、元の世界に繋がる通路に足を踏み入れる。
最後に一度後ろを振り返り、精霊王へと手を振る一同。精霊王もまた彼らに笑顔で手を振り返してくれた。
しかし、入り口がするんと閉じた瞬間、通路もまた吸い込まれるように掻き消え、彼らは元の世界に放り出された。
「……もしかして」
「また……?」
「にゃ?」
ふわりと宙に浮くこの感覚を、三人は精霊界に移動した時に味わっていた。
ゴオゴオと吹き付ける風に耐えながら落下する一行は、いま上空数千メートルの位置にいた。
「――うわあああああ、し、しかも下は海!?」
慌てて風の障壁を張ろうとヤマトが下を見ると、青々とした穏やかな海が広がっている。
精霊界では下にあるのが地上だった為、障壁を何度も張りながら落下速度を緩めることで着地できた。
しかし、海とあっては落下速度を緩めることはできても、そのまま着水してしまっては、自身で魔法を張ることができないエクリプスは海の中に沈んでしまう可能性がある。
「ど、どうしようヤマト!?」
おろおろと困ったように泣きそうなユイナも混乱の最中にあるようだった。
彼女とルクスだけでもとりあえず抱き寄せ、エクリプスは最悪帰還命令を出し、それでもだめなら魔法のごり押しでなんとかしようと、ヤマトは身動きのままならない空中で動こうとした。
するとその時、ぶわりと一陣の風が巻き起こる。突風に目を閉じて構えたヤマトたち。
なぜか次の瞬間には彼らの浮遊感は消え、安定した状態になっていた。
『――ふむ、来てよかったな』
突風の正体は黄龍だった。ヤマトたちは大きく広い黄龍の背中の上にいた。
「な、なんでわかったんですか!?」
助かったことに安堵しながらもヤマトは驚きながら問いかける。
この絶妙のタイミングで、どこの海の上かもわからない場所に黄龍がたまたま現れたとは考えづらかった。
『うむ、ミノスから連絡があってな。お前たちがこの周囲に現れるから助けてやってほしいと言われた』
どういう経緯でミノスと黄龍が繋がっているのかは謎だったが、それでも助かったことにヤマトたちは安堵していた。ほっと息を吐きながら身体から力を抜く。
『……それで、どこに向かえばいい?』
ヤマトたちを助けた地点で浮遊する黄龍はこのまま彼らを運んでくれるらしく、行き先の指定を待っていた。
「どこにでも連れて行ってくれるのであれば……終わりの山、切り立つ刃に向かって下さい」
『…………』
どんな反応があるかと思っていたが、ヤマトの言葉に黄龍は返事をしない。背中にいるヤマトたちからは黄龍の表情も見えないため、今何を思っているかもわからなかった。
しかし、その進路は終わりの山へと向かって行く。
飛行はとても快適なもので、徐々に鋭く切り立つ刃のような大きく立派な山が見えてきた。
淡々と空を飛んだ黄龍は無言のまま、そのふもとでゆっくりと着地する。
『――すまない、我が送れるのはここまでだ。この先には同胞が、いや元同胞たちがいる。だから……いやなんでもない……』
ヤマトたちと向かい合った黄龍はどこか歯切れの悪い様子で話を切り上げ、そそくさと立ち去るように飛び立とうとする。
「大丈夫、できる範囲になりますが……解放しますから」
引き留めるでもなく、真剣な表情でそう告げたヤマトの言葉を受けて、黄龍は飛び立つのを一瞬躊躇するが、何を言うでもなくそのまま飛び立っていく。
その表情はヤマトたちからは伺いしれなかったが、彼は笑顔で空へと羽ばたいていった。
「ヤマト、行こっか」
黄龍を見送ったあと、ふわりとほほ笑みながらユイナがヤマトの顔を覗き込む。
彼女も黄龍が言いたかったことがなんであるか理解しており、真剣な表情で山を見据えていた。
「あぁ、行こう」
黄龍の思いを受け止めつつ、ヤマトも決意を新たにして山へと足を踏み入れていく。
ふもとにはモンスターはおらず、順調な登頂といえた。あちこちが灰色の岩場となっているこの山は景色がモノクロだった。
しかし、中腹に差し掛かったところでそれは一変する。
「――邪竜が出てきたね……ルクス、みんなを呼び出しておいて。ここからは本気でいく!」
邪竜の気配を感じ取ったヤマトは剣を手に先行して邪竜たちへと向かって行く。精霊装備が彼の魔力で淡く光を放った。
「GAAAAAAAAAAAAAAA!」
立ちはだかるは黒紫の鱗を持つ邪竜。けたたましいまでの咆哮が周囲に響き渡る。肌にたたきつけるような強力な咆哮と相手が放つ威圧感さえ感じるほどの雰囲気からは強者であることを感じさせた。
そして、ヤマトが近づいてくるタイミングに合わせて、雷竜は鋭く伸ばした爪を振り下ろす。
それを剣で受け止めようと考えたヤマトだったが、迫りくる爪を睨んでいる途中、瞬時の判断でそれを避け横に飛びのいた。
振り下ろされた爪は地面に突き刺さり、大きくえぐった後を残す。
しかもその爪はバリバリと帯電していた。
「雷竜の邪竜! ……ちっ、厄介なやつが相手だ!」
最初に当たったのが雷竜の邪竜ということで、ヤマトは思わず舌打ちをしてしまう。一瞬でも触れてしまえば相手の雷に飲み込まれてしまうのは確実だ。近距離攻撃をメインとするヤマトとは相性が悪い。
「ヤマト! 任せて!」
その言葉と共に颯爽と飛び出してきたユイナは攻撃を繰り出していく。
彼女の武器は弓と銃。どちらも遠距離武器であるため、雷竜に触れることなく攻撃ができる。
「任せた!」
適材適所と気持ちを切り替えたヤマトは風魔法で移動補助をしながら後方へと下がる。
交代するようにルクスも前に出る。
「聖獣たち、行くにゃ!」
聖獣の攻撃も全て遠距離攻撃であるため、ルクスが命令し、攻撃に移った。ルクスの期待に応えるように聖獣たちが飛び出していく。
「俺はこっちでやろう! “アースクエイク”!」
大魔導士としての力を使い、ヤマトは地面を揺らし、雷竜の足元の地面を崩す。
思ってもみない攻撃だったため、雷竜はバランスを崩してしまう。
「“アローレインバレット”!」
ぐらついた雷竜の隙を突くようにユイナが放ったのは弓と銃の合成技。
雨のように降り注ぐ矢、それに加えて大量の弾丸も、ともに降り注いでいく。
「GYAAAAAAAAAAAAA!」
矢が雷竜の鱗に穴をあけて、そこに弾丸の雨が突き刺さる。傷口をえぐるような強烈な攻撃に苦しげに雷竜は悲鳴に似た鳴き声を上げる。
「“マジックガンナー起動”」
半透明のパネルを三方向に展開したヤマトはそれを操作して大魔導士の力、そして聖銃剣士の力を組み合わせて魔導銃モード――通称マジックガンナーを発動する。
「雷ってそれこそ弱点属性がないように思えるけど……どれが効くのか、わかるまで撃ち込んでやる!」
ヤマトは雷竜を睨み付けながら手を銃の形にして人差し指を相手へ向ける。
すると魔力が手を包み込み、光の銃を生み出していく。
「“エレメンタルバレット”!」
魔力の高まりとともにヤマトは尽きることのない弾丸を連続で放つ。
十、百、千と魔力が続く限り弾丸を撃ち続ける。魔力残量無視の全開攻撃は他の人よりも多いはずのヤマトの魔力をゴリゴリと削っていく。
既に鱗はユイナによってボロボロになっており、更にそこへ聖獣の魔法攻撃が耐えず浴びせられている。
そこに強力な弾丸が、それも複数の属性を持って撃ち込まれていけば、もう雷竜は逃れる場所はなく、ただひたすらに攻撃の嵐に包まれる。
「いっけええええええええ!!」
打てる限りの攻撃をぶっ放し、テンションが上がって気合の入ったユイナの叫びが雷竜の終わりを告げる。
全員での総攻撃によって、雷竜は止めを刺されることとなる。反応が見られなくなった頃に全ての攻撃が止み、ヤマトたちの視線の先にはピクリとも動かなくなり、ボロボロに傷ついた雷竜が息絶えていた。
時間にすればわずか数分程度での勝利。
「はあはあ、なんとか、なった……」
しかし、ヤマトは息も絶え絶えでその場に座り込んでいた。
短期決戦に持ち込んだがゆえの勝利だったが、長期戦になっていたらヤマトたちも無傷ではすまなかったかもしれない。
それほどに邪竜は強力なモンスターであり、それゆえに上がりにくくなっていたヤマトたちを始め、メンバーのレベルが一気に上がっていく。
ヤマト:剣聖LV795、大魔導士LV692、聖銃剣士LV621
ユイナ:弓聖LV773、聖女LV677、聖強化士LV642、銃士LV592、森の巫女LV557
エクリプス:聖馬LV692
ルクス:聖槍士LV676、サモナーLV771
ガルプ:黄竜LV686
エグレ:黒鳳凰LV590
トルト:朱亀LV585
ティグ:青虎LV590
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ・評価ありがとうございます。