第百二十八話
既に精霊王による力の解放の儀式の準備は整っていたが、ルクスの食事がまだだったため、それを待ってからの実施となる。
「私が寝過ごしたのが悪いので、すぐにお願いしますにゃ!」
というのがルクスの弁だったが、急ぐことでもないとヤマト、ユイナ、精霊王はのんびりとお茶を楽しみつつ、待つことにした。
食事は昨日集まったのと同じ東屋でとり、その後一行は精霊の社にある儀式の間へと移動をしていく。
そして、部屋の床に描かれた魔法陣の中央にちょこんとルクスが立つ。
「ルクス、みんなを呼び出してくれるかい」
「了解ですにゃ!」
食事を終えて落ち着いたルクスはヤマトの指示に従って召喚獣たちを呼び出す。
四体の召喚獣はそれぞれの性格そのままにルクスが生み出したゲートから飛び出してくる。
元々普通の精霊よりもずっと力を秘めていた彼らだが、ルクスと共に魔獣の森にて戦い抜いた今は明らかに雰囲気が強者のソレに近づいていた。
『うむうむ、やはりかなりの力を秘めておるぞい。本来なら年齢的な成長と共に力が解放されるのだが、そうも言っていられない状況ゆえ……やるぞい。みな、彼を囲むように配置してくれぞい』
精霊王の指示に従って召喚獣たちがぐるりとルクスを囲む。精霊王の導きで、魔法陣に魔力が流れ始め、ぼんやりと光を放っていく。
『いくぞい――“汝ら、我が子らよ。我が呼びかけに応えよ。我が言葉は力なり。力に呼応せし汝らの魂よ。その力を解放し、汝らの力を我の前に示せ。我が子らの力、我は求む”』
それまでの優しいおじいさんのような声音とは一変、精霊王としての厳かな声音になる。
紡がれたのは静かな言葉だったが、部屋にいつの間にか魔力が充満し、部屋にいる一同は皮膚がビリビリと痺れるような感覚を受ける。
『“契約者ルクスよ、汝は力を求めるか”?』
「っ……はいにゃ!」
精霊王が生み出す濃密な魔力に圧倒されつつ、その問いにルクスは大きく頷いて返事をする。
『“契約者ルクスの望みは受領された。汝ら、我が子らよ、力を解放せしめん”!』
その言葉は強い力を持っており、言葉自体が召喚獣たちの身体を突き抜けるように衝撃を与える。
ともすれば、部屋の端にいるヤマトたちまで貫かれそうなほどの強い力。ヤマトたちは力の解放の儀式を固唾をのんで見守っている。
その力は彼ら召喚獣たちが内に秘める強い力を強制的に開放していった。
突如自身の身体に襲い来る異変に、声にならない声を出している召喚獣たち。
だがそれをルクスは歯を食いしばってただ見守るしかない。
ルクス自身にも相当な負荷がかかっているため、声を出そうものならそこから力が抜けて倒れてしまうかもしれないとすら思わされていた。
『もう少しだぞい、なんとか耐え抜くんだぞい!』
この部屋中を大量の魔力の奔流が渦を巻くように暴れている。
誰にぶつかることもなかったが、魔力の流れが乱れていることは当事者にとっては大変なものだった。
召喚獣たちはもともと魔力の内包量が高い。
しかし、それはちょっとした外部からの影響で乱れ、狂いやすいものである。
それは魔力が高ければ高いほどに……。
儀式を見守るヤマトとユイナは自らを守るように障壁を張っているため、影響は少ないが、この力を受け入れ、自らのものにすべく臨んでいるためにそれをすることができないルクスと召喚獣の苦しみは計り知れなかった。
力の奔流がルクスと四体の召喚獣に襲い掛かる。ひたすらに耐える彼らの表情は硬く険しい。
その時間は数分のことのようにも、数時間のようにも感じられるほどに緊迫したものだ。
誰もが儀式に集中し、ルクスを始め、四体の召喚獣が無事に乗り越えてくれることをひたすらに見守っている。
魔法陣の光がどんどん光量を増し、目の前が霞むのではないかと思った時。
『――よく耐えた、あとはこれで最後だぞい!』
精霊王の言葉に反応してか、魔力の流れが落ち着きを見せてくる。渦巻くように暴れていた魔力の奔流が一筋の軌道を描き始める。
そして、それらが収束し、完全に流れが止まったと思われた瞬間、濃密なまでの魔力の塊が五つの筋を描き、ルクスと召喚獣の身体に一気に注ぎ込まれていく。
「にゃああああああああああああ!」
飛び込んできた衝撃に、思わず声をあげてしまうルクス。
これだけの魔力が彼の身体に入れば、彼の力は強化される。
しかし、それ以上に一度に大量の魔力が入ったことによる負荷のほうが大きい。
その様子をヤマトとユイナは黙って見守っていたが、声を出さないのではなく、出せないというのが正しかった。
(んん? これってこんなにやばい儀式だったっけ……?)
(も、もっとこう、精霊王がサモナーの頭に手を置いてぱあーって光って終わりとかだったんじゃ……?)
そう、二人はこの儀式がこれほど大掛かりなもので、ルクスや召喚獣たちに大きな負担がかかるとは思ってもいなかったのだ。あまりの衝撃に言葉も出なかった。
そして、魔法陣の光が落ち着き、室内の魔力が完全に収まると、ルクスはがくりと膝をつく。
「ぐっ……はあはあはあはあ……き、きついにゃ……」
しかし、今回は気絶することなく変化に耐え抜いていた。
それは召喚獣たちも同様だったようであり、少しでも負担を少なくするためにそれぞれ光の玉となるとルクスの中へ戻り、姿を消していた。
『ほっほっほ、よく頑張ったぞい。これで儀式は完了だぞい。しかし、身体への負担が相当だろうから、今日はこれでゆっくりと休むと良いぞい』
「そ、そうさせてもらいますにゃ……起きたばかりで申し訳ありませんが、寝かせてもらいますにゃ……」
ルクスはよろよろと立ち上がると力なく一礼したあとにフラフラと部屋から出ていき、少し前まで寝ていた寝室へと戻っていった。
「精霊王、ありがとうございます。みんなの力が上がったのは俺もわかりました。これなら、本気で魔王と戦えそうです」
「うんうん、ルクスもみんなもすっごく強いね!」
感謝の気持ちを伝えるべく笑顔の二人だったが、その言葉を聞いた精霊王の表情は曇っている。
『……うーむ、確かに強くなったが、お前さんらの強化もまだまだ必要だと思うぞい。それだけ、魔王という存在は強力だぞい』
これだけではまだまだ足りない――厳しい表情で精霊王は語る。
硬い表情になったヤマトとユイナは自分たちのステータスを思い浮かべた。
「わかっています……とりあえずまずは精霊界でも装備を探したいと思っています。あとは、俺たちのレベルもカンストまで上げたいなと……」
塔でのレベル上げで一気にレベルが上がった二人だったが、まだまだ力が足りないというのは感じていたことであった。
もし、魔王というのがゲーム時代にようやく討伐したラスボスのことを指し示しているとしたら、レベルも装備もあの時の自分たちと比べて、まだまだ足りないのは二人もわかっていた。
ヤマト:剣聖LV745、大魔導士LV622、聖銃剣士LV541
ユイナ:弓聖LV723、聖女LV627、聖強化士LV582、銃士LV492、森の巫女LV487
エクリプス:聖馬LV672
ルクス:聖槍士LV656、サモナーLV750
ガルプ:黄竜LV626
エグレ:黒鳳凰LV520
トルト:朱亀LV515
ティグ:青虎LV520
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