第百二十七話
ルクスを魔獣の森へと放り込んだヤマトとユイナは森をあとにして、精霊王のもとへと向かった。
彼の住処《精霊の社》はゲーム時代と変わらないため、迷うことなく来ることができた。
精霊王の住む区域は清浄なる空気に包まれ、水の流れる庭園。
彩り豊かな草花が綺麗に咲き誇り、小さな妖精が光の玉としてふわふわと遊んでいる場所だった。
『ほっほっほ、まさかあの者を一人で行かせるとは思わなかったぞい。なかなか面白いことをするのぉ』
彼らを招き入れ、朗らかに笑う精霊王は、どこからか用意したティーセットに注いだ紅茶を飲んでいる。
「まあ、元々強いので今回は自信を持ってほしいのと、部下をうまく使うという考えを持ってほしい感じですね」
上品な細工がされた椅子に腰かけたヤマトもティーカップに口をつけている。
「うっわ、このお菓子おっいしーい!」
そしてユイナは出された茶請けの菓子を楽しんでいた。
ヤマトたちは精霊の社の中にある東屋のような場所で円卓を囲んでいた。
見渡しの良いこの場所には、心地よい風とともにふわりと花の香りが入ってくる。
『ほっほっほ、楽しんでもらえているようでよかったぞい。それで、お前さんらはどうするつもりなんだぞい?』
ここは精霊王にとっても自慢の場所らしく、はしゃぐユイナを嬉しそうに見ていた。そんな精霊王は実にアバウトな質問をヤマトたちに向ける。
「それは、精霊王の力をお借りして仲間の力の解放を――」
『そうではないぞい』
ヤマトの言葉を途中で遮る精霊王。その視線は鋭いもので、ヤマトたちを射ぬくようでもあった。
「と、言うと?」
『ほっほっほ、今の視線を受けても微動だにしないとはやはり力を持つ者たちはすごいぞい。不躾な視線を向けて悪かったの、もちろんお前さんらの力になることは約束しよう。この地への来客は珍しい。であるならば、多少の助力は問題ないぞい』
平然とした態度で微笑みながら視線を受け止めたヤマトを気に入ったように笑う精霊王は、そこで茶を再度すする。
『だが、聞きたいぞい。――お前さんらがその力を経て、この世界で何を成そうとしているのか』
次に顔を上げた時、最初と同じ笑顔だったが、しかしその目は真剣だった。
「あぁ、なるほど。それなら答えは一つです。魔王を倒すこと――まあ、やりたいことというよりそれをやるために呼ばれたらしいんですけどね」
ヤマトが肩を竦めつつ苦笑交じりに答えたその言葉に、精霊王は眉をひそめる。
『……呼ばれた? 誰にだぞい?』
「創世の大魔術師グレデルフェントさんです。思っていたよりも腰の低い方でしたけど、彼が魔王を倒す力を持つ俺たちをこの世界召喚したらしいです……って、精霊王?」
ヤマトは表情が険しくなった精霊王を見て不思議に思う。
『創生の大魔術師……ふむ、そやつがお前さんたちをこちらの世界に召喚した、と。グレデルフェント……そしてそやつが魔王を倒そうと思っているとな……?』
ぶつぶつとつぶやきだした精霊王は、そこまで言うと口を閉ざしてしまう。
「どーしたんだろうね……?」
菓子を食べる手を止めないユイナがきょとんとした表情で首をかしげる。
「うーん、グレデルフェントのことを知っているようでもないみたいだし……なんだろうね?」
二人には精霊王の考えがわからず、夫婦揃って首をひねっていた。
それから数分ののち、なんでもないと首を横に振った精霊王のことが気になって仕方のない二人ではあったが、彼がその話題を切り上げたため、たわいのない雑談に終始することとなった。
そして、そんな穏やかな時間が続き、そろそろ日が傾いてきた頃。
「精霊界でも夕焼けがあるんだねえ」
目を感動で輝かせながら、ユイナが赤に染まった精霊王の住処を眺めて呟く。
『ほっほっほ、空間が別だが、時間の経過はお前さんらがいた場所と同じだぞい。朝がきて、昼を過ぎて、夜になり――また朝がくる』
しみじみと語る精霊王の説明にヤマトとユイナは興味深そうに頷いていた。
『――む、そろそろ戻ってきたようだぞい』
誰が、とは聞くまでもなく、ヤマトとユイナが席を立って外に迎えに行く。
「はあはあ、やっと、ついたにゃ……」
ぐったりと息も絶え絶えで疲労困憊といった様子のルクスは、エクリプスの背中に乗っていた。四体の召喚獣たちもそれぞれついてきている。
エクリプスも一緒に精霊の社へと一度やってきたが、ルクスを迎えに行くと自ら申し出て魔獣の森の入り口で待機していたのだ。
「やあおかえり、ルクス。エクリプスもご苦労様」
「ルクスー、おかえりー!」
ユイナは近づくと、エクリプスの背中にいるルクスを優しく抱きかかえる。慈愛に満ちた表情はまさに聖女のようだった。そして彼女は、ボロボロになったルクスを疲労だけではなく、怪我も治るように回復魔法をかけていく。
「疲れましたにゃあ……ふにゃにゃ……」
回復魔法の温かく優しい光に包まれたルクスはとろけるような表情になる。ユイナの回復魔法は瞬く間に彼の傷も疲労も全て癒やした。
「ご主人様、ユイナ様、ただいまですにゃ」
「はい、おかえり」
元気になったことを確認したユイナがそっと地面に立たせると、ルクスは感謝の気持ちを込めて深々と彼女に頭を下げ、帰宅の挨拶をする。元気になった彼の身体からは魔獣の森に行く以前とは違う雰囲気があった。
『ほっほっほ、最初に会った時よりもかなり強くなったのを感じるぞい。やはり、なかなかの逸材だぞい』
精霊王はルクス自身の力、そして彼が契約している召喚獣の力を感じ取ってそう評価していた。それぞれの召喚獣たちもどこか力漲るような感じである。
「ルクス、よく帰ってきた。かなりレベルも上がったし、ガルプたちも一段と成長したようだね。これなら精霊王の力の解放を受けることができるよ」
ヤマトは無事に帰ってきたルクスたちを歓迎するように微笑む。
力の解放――精霊や召喚獣が本来持っている力を引き出すというものだったが、レベルが低いうちではその効果も低く、しかも中には力に耐えきれずにしばらくの間、動けなくなることもある。
「そう言ってもらえると、がんばったかいがありますにゃ。精霊王様、よろしくお願いしますにゃ」
『ほっほっほ、任せろだぞい。しかし、その身体ではさすがにきついだろうて。明日のお昼を食べたあとにしようぞい、それまではみんな休憩するとよいぞい。部屋は社にもあるからそこを使うといいぞい』
気合の入ったルクスを優しい眼差しで見る精霊王。彼の取り計らいによって、ヤマトたちはこの社に一番泊まることとなる。
次の日――。
ユイナの回復魔法で治癒してもらったとはいっても、ルクスは蓄積した疲労には勝てなかったようで、朝になっても目を覚まさず、やっと起きてきたのが予定の昼ご飯を終えた時間だった。
「――も、申し訳ありませんにゃ! まさか、ここまで寝過ごすとは……」
あまりのことにぺしょりと耳と尻尾を垂らして大きくショックを受けているルクスだったが、それだけ昨日の戦いが熾烈だったことを表していた。
ヤマト:剣聖LV745、大魔導士LV622、聖銃剣士LV541
ユイナ:弓聖LV723、聖女LV627、聖強化士LV582、銃士LV492、森の巫女LV487
エクリプス:聖馬LV672
ルクス:聖槍士LV656、サモナーLV699
ガルプ:黄竜LV426
エグレ:黒鳳凰LV320
トルト:朱亀LV315
ティグ:青虎LV320
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