第百二十六話
「っ、誰!?」
ユイナが慌ててばっと勢いよく頭上を見回すが、その姿は見えない。
『ほっほっほ、こっちじゃよ』
楽しそうに笑うその声はヤマトたちのすぐ近くから聞こえてきたため、そちらへ振り返る。
「あなたは……精霊王」
その姿を確認したヤマトが驚きながら名前を呼んだ。
『うむ、知っておったか。まさか一発で言い当てられるとは思わなかったぞい』
上空からゆっくりと降り立ったのは小型の熊だった。ふわふわとヤマトたちの目線付近に浮遊している。
「熊ちゃん! ――じゃなかった、精霊王さん!?」
一瞬可愛らしい熊の姿を見て抱き着きたい衝動にかられたが、ユイナはそれが精霊王だったことを思い出して踏みとどまる。
「そうそう、確かゲームでは声だけでその姿は見ることができなかったけど、設定で小さな熊の姿をしているとかってあったんだよね」
ユイナに笑いかけたヤマトもその設定を覚えていた。
『ほっほっほ、この姿のわしを見て一発でわかったのは初めてだぞい。まあ、お前さんらはわかったというよりは知っていたというのが正しいようだがのう』
のんびりと笑う精霊王は、ヤマトたちの反応を楽しみながら見ていた。
「そうだ! さっきのその必要はないっていうのは、精霊王さんがこっちに来てくれたってことでいいのかな?」
ユイナは先ほどの精霊王の言葉を確認する。意味深な登場だったため、気になっている言葉であった。
『ほっほっほ、それも一つだぞい。だがの、もう一つは森の魔獣のことだぞい。あれは、伝承ではもともと精霊として生まれるはずのものだったという話だが……それはただのおとぎ話で、真実はこの世界にもモンスターが現れるというだけのことだぞい』
ヤマトの話した物語をどこかで聞いていた精霊王が、問題となっている部分を間延びした口調で訂正する。
もともとそのことをちゃんとヤマトは知っていたらしく、空々しく口笛を吹きながら視線をユイナからそらしていた。
「ヤーマートー!!」
からかわれたことに気づき、頬を膨らませて怒るユイナが腕を振り上げながらヤマトのことを追いかける。
そんな彼女から、カラカラと楽しそうに笑いながら逃げ回る彼はそれすらも楽しいと思っていた。
『ほっほっほ、元気でなによりだぞい。それで、どうするかのう? お前さんらは、わしのところに召喚獣の強化に来たんじゃろ? それは構わんぞい、ただ先に修練を積みたいというのであれば魔獣の森に戦ってからでもいいぞい』
自分たちの目的が全てわかっていることに、ヤマトとユイナ、そしてルクスは驚いている。
しかし、ヤマトはその理由にすぐに思い当たる。
「――あー、ミノスが連絡をしてくれていたんですね。なるほどなるほど」
その答えがすぐ出てきたことに精霊王は笑顔になる。
『うむうむ、理解が早くて助かるぞい――それでどうするね?』
ニコニコと嬉しそうに頷きながら笑った精霊王の質問に、ヤマトとユイナは顔を見合わせる。
元々魔獣の森で戦う予定であり、それを避ける理由も先ほどの話で解消された。
となれば、二人が出す答えは一つ。
「「まずは魔獣の森で!」」
その答えに精霊王は満面の笑みで頷く。
『それでは、精霊の社で待っておるから終わったら来るといいぞい』
そう言うと精霊王はゆっくりと浮上すると、そこからびゅーんと勢いよく移動していった。
「……す、すごいですにゃ。あの方の身体からとても強力な力を感じましたにゃ。私とそれほど変わらない大きさなのに……やはりすごいお方ですにゃあ!」
精霊王が去った後、ルクスは興奮気味に熱く語るが、ヤマトとユイナは苦笑してその姿を見ていた。
「いや……」
「ね……」
困ったような表情の彼らの反応に、どうしたのだろうとルクスは首をかしげる。
「ルクス、自分自身のことはよく見えていないみたいだけど……十分ルクスも強力な力を秘めているよ?」
「うん、精霊王とまではいかなくても、もう少し鍛えれば同等に戦えそうかもー!」
柔らかく微笑みながらそう話す二人の言葉を聞いても、ルクスは全く実感がないようだった。きょとんとした表情で首をかしげている。
「うーん……いつも一緒にいるのが俺たちだから余計に自分の強さに気づきにくいのかもしれないね」
自らと比べる相手が常にヤマトとユイナであることがこういった考えに繋がっていると思えた。
更にいうと、詳細に様々なデータを見られるわけではないルクスでは、他者との力量の差をはっきりと数値で実感することができないことも要因の一つだろう。
「ふふっ、でもそれがルクスだね! うんうん、慢心しないのはとてもいいことだと思うよ。……でも、自分の力がどれだけのものなのか、それを理解するのも必要だよ。ね、ヤマト?」
ユイナはルクスを褒めながらも、これから成長してほしいという気持ちを口にする。
「そうだね……よし、ルクス。みんなを呼び出してくれるかな」
「了解しましたにゃ! “サモン――ガルプ、エグレ、トルト、ティグ”!」
ヤマトの呼びかけに元気よく頷いたルクスは手のひらにゲートを開くイメージで魔力を収束させる。
発動したゲートから、黄龍、黒鳳凰、朱亀、青虎の四体の召喚獣が呼び出された。
ルクスの呼びかけに応じるように、四体の召喚獣が姿を現す。
それぞれが思い思いのスタイルでルクスの周囲に集まった。
ヤマトとユイナが彼を見守っていたが、以前のように魔力切れを起こす様子はない。
「うんうん、いいね。四人同時だけど、よく安定してる。彼らとの相性も魔力も問題ないし、馴染んできたのかルクスの身体も大丈夫みたいだね」
一度倒れただけに不安はあったが、ルクス本人も一通り身体を動かしてみたが、自分の身体に違和感はないようだった。召喚された四体も安定した魔力供給がなされたのか、問題ないようだ。
「それじゃ」
「ルクス」
満面の笑みのヤマトとユイナは、無事四体の召喚獣を召喚できてほっと息を吐くルクスの肩に左右から手を置いた。
「……え?」
何ごとかと戸惑う彼をよそに、そのままヤマトはひょいっとルクスの身体を持ち上げる。まるで子供を持ち上げて高い高いをするかのようだった。
「「がんばっていってらっしゃい!!」」
そして、魔獣の森へとぽーんとあまり高くはないが距離のある放射線を描くように放り投げた。
猫の身体を持ち、レベルも相当上がっているルクスは突如として放り投げられても、姿勢をなんとか正して着地の姿勢に入っている。そんなルクスを追うように召喚獣たちが思い思いにあとを追いかける。
「――みんな、ルクスのことを頼んだよ」
「お願いねー!」
暖かい眼差しでそれを見送るヤマトとユイナ。子どもの旅立ちを見送る親のような気持ちになっていた。
一見すると、粗雑な扱いかもしれないが、これまでずっとヤマトたちと一緒に戦っていたルクス。
レベルが上がった今、一人で戦う力も身につけなければいけないと考えてのこの行動だった。
ヤマト:剣聖LV745、大魔導士LV622、聖銃剣士LV541
ユイナ:弓聖LV723、聖女LV627、聖強化士LV582、銃士LV492、森の巫女LV487
エクリプス:聖馬LV672
ルクス:聖槍士LV656、サモナーLV599
ガルプ:黄竜LV226
エグレ:黒鳳凰LV1
トルト:朱亀LV1
ティグ:青虎LV1
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