第百二十五話
精霊王のもとへと向かってしまうと、そこからはしばらく自由に動けなくなる可能性がある。
それならばとヤマトたちは先にレベル上げへと向かうことにしたのだ。
その場所とは精霊界にあって唯一邪なるものがいる《魔獣の森》と呼ばれる場所だった。
「どうしてその場所にモンスターがいるか知ってるかい?」
そこへ向かう道すがら、ヤマトは隣りにいたユイナへ問いかける。
ここでも戦う場所がある――プレイヤーにとってはそれだけの意味だったが、実は細かい設定がなされていた。
「うーん、それは知らないなあ。どんな話なの?」
当時、精霊の可愛さにばかり気をとられていたユイナはそこまで興味を持って調べていなかったらしく、少し考えたのち、きょとんとした表情で質問を返す。
「ごほん――それでは到着するまでしばしお付き合い下さい」
ふっと笑ったヤマトは一つ咳をすると、少々芝居がかった様子で話し始める。
「この精霊界では、昔から多くの自然に囲まれていて、空気中の魔力含有量も多かった。そして、それらの中から自然と発生するのが精霊と呼ばれるものたち――」
ヤマトの語りに聞き入りながら、ルクスは自分と契約している精霊たちのことを思い出していた。
「精霊たちは自由にこの世界で生きていく。そして、それらの精霊をまとめるのが精霊王。何か問題があれば彼がやってきてそれを解決する」
身振りを交えつつのヤマトの話に、ユイナもほうほうと興味深そうに頷いていた。
「平和が続いていた精霊界――しかしてそこに問題が起こる。一つは魔力の変異。この世界の魔力は澄んだ清浄なものだったが、異質な魔力が混ざってくる」
真剣な表情で声をワントーン落としたヤマト。
ユイナとルクスもつられるように真剣な表情になり、緊張交じりに話に聞き入る。
「最初はただ異質なだけ。……だが、それは徐々に邪なるものへと変化していった。しかし、誰もそれに気づかない。それこそ精霊王ですら」
ヤマトのその話を聞いたルクスがそこで挙手する。
「なぜ、精霊王はこの世界の変化に気づかないのでしょうかにゃ? この世界を統べる方であるなら、それくらいのことに気づきそうですにゃ」
不思議そうに聞いてくるルクスの指摘に、いい質問だとヤマトはにっこりと笑う。
「そう、精霊王も最初の変化には薄っすらとだけど気づいていた。だけど、当時精霊界は数多くの精霊が生まれ出でて、そちらに意識が向いていた。さっき最初はただ異質なだけっていったよね。人だって様々な人がいるように、精霊たちだっていろんな個性がある。そう、ただ異質なだけで精霊だから、害はないと精霊王は放っておくことにしたんだよ」
ここまで話してヤマトは取り出した飲み物を少量口にして舌を湿らす。
ルクスはなるほどと頷いている。彼が契約した四聖獣の子どもたちも個性豊かなメンバーだからだ。
「そして変化した邪なる魔力に影響されて変異する精霊たち。また、邪なる魔力から生まれてくる精霊たち――彼らは既に精霊と呼べるような存在ではなかった。そう、彼らは魔獣と呼ばれる精霊とは別の存在になっていた」
ここで魔獣の森に繋がってきたため、面白くなってきたとユイナとルクスは何度も頷いていた。早く次を話してくれと。
「そして……」
「「そして?」」
ヤマトの言葉をそのまま二人がオウム返しする。
「はい、ここがその魔獣の森になります。到着しましたー」
到着までの時間潰しとして話したヤマトはここで話を切り上げるつもりだった。ぱっと明るい表情で腕を広げて到着を告げる。
「ええええええっ!?」
「ご、ご主人様!!」
それはないよと、二人がヤマトの服の裾をそれぞれ反対側から引っ張る。
「いや、ほら、もう着いたからレベル上げ行こうよ」
「そ、それはないよヤマト! ダメダメ! ちゃんと最後まで話をしようよ!」
「そうですにゃ!」
話が聞きたくてしょうがないというそんな二人の反応を見て絆されたヤマトは、苦笑交じりで話を再開する。
「まあ、そんな大した話でもないんだけどさ。――魔獣と呼ばれる存在が精霊界に次々に増えていった。魔獣は理性を失ったかのように精霊に襲い掛かって、精霊の数がどんどん減っていったんだ」
再開されたことに喜んだのもつかの間、暗い展開になってきたことでユイナとルクスはハラハラした表情になっている。
「さすがにこの頃には精霊王も精霊王の一番近くにいた力ある精霊たちも状況のまずさにきづいて、対応をすることになる」
ヤマトの語りに合わせるように、二人からおぉっと歓声があがる。
「魔獣とはいえ、精霊王や力ある精霊の前には雑魚同然で、次々と倒されていく。それは圧倒的なまでの力だったから、ほとんど一瞬のことだった。でも、中には強力な魔獣もいて一瞬では倒されないものもいたんだ。その時に精霊王は気づいたんだ、魔獣も元は精霊であるということに。……自らの手で本来自分の子どもになるはずだったものたちを殺してしまったことを精霊王は深く悲しんだ」
ここまで聞いたユイナは既にうるうるときていた。
「そこでとった策が、魔獣を駆除するのではなくこの魔獣の森に閉じ込めるというものだった。精霊界にある邪なる魔力に関しては浄化することが完了し、新たな犠牲は生まれなくなった。だから、魔獣を殺す必要もない――という話らしいよ」
ヤマトは話を終えると立ち上がって魔獣の森へと向かおうとする。
「うぅ、ヤマトぉ。帰ろうよう、可哀想だよう……」
ヤマトの話を聞いて、ユイナは森の中にいる魔獣たちのことを可哀想だと思い、戦う気持ちが完全に萎えているようだった。それはルクスも同様であり、悲しい表情になっている。
「そうはいってもなあ、魔獣を倒した経験値は俺たちには普通だけど、精霊には倍になって入るんだよね」
二人の様子を見たヤマトは困ったように肩をすくめる。精霊の強化に関してここほど適した場所はないため、彼は森へ入ろうとする気持ちに変わりはなかった。
「魔獣さんを助けてあげてえええ!」
「……もう、仕方ないか。話をしたのは俺だもんね、まずは精霊王のところへ行こう」
だがそんな悲痛な叫びをあげるユイナを見たヤマトはとうとう観念した。彼女の悲しむ顔は見たくないからだ。
泣きそうな表情をするユイナをなだめつつ、ヤマトは精霊王のもとへ向かうことに決めた。
『――その必要はない』
その時、踵を返そうとしたヤマトたちに向かい、上空から声が降り注いだ。
ヤマト:剣聖LV745、大魔導士LV622、聖銃剣士LV541
ユイナ:弓聖LV723、聖女LV627、聖強化士LV582、銃士LV492、森の巫女LV487
エクリプス:聖馬LV672
ルクス:聖槍士LV656、サモナーLV599
ガルプ:黄竜LV226
エグレ:黒鳳凰LV1
トルト:朱亀LV1
ティグ:青虎LV1
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