第百十七話
休憩を終えた一行は、真剣な表情で最終エリアである一階へと降りていく。
「みんな、気をつけていくよ。何があるかわらないからね」
ヤマトが先頭を歩き、少し振り返ってみんなに注意を促し、また先へと進んでいく。
一段一段、踏みしめるように降りて行くと、やがて一階が見えてくる。
これまでいろんなフロアを帯剣してきたヤマトたち。最終エリアはどんなフロアかと覚悟していた一行だったが、一階は平野でも草原でも洞窟でもなく、通常の塔の内部だった。
レンガのように規則正しくかたどられた石が綺麗に隙間なく配置され、冷たい鈍い色をしている。
そして、フロアの中央には誰かが後ろ向きで立っていた。
「……人?」
「こんな場所に……?」
浮遊列島ヴォラーレ諸島の北の方にある孤島の岩山の中に悠然と建つこの塔は、基本的に外との出入りができない。
構造上、上空から侵入しないとならないことを考えると、よほどの手練れでなければ入ることができないはずだ。
「来ましたか」
ヤマトたちの存在に気づいたその人物がゆっくりと振り返って顔をあげる。
深いフード付きのローブを身にまとったその人物は淡々とした雰囲気を持ち、少し見えている顔は無表情に近かった。
何者か分からないが、ゆっくりと警戒しつつヤマトたちは近づいて互いの顔を確認できるところまで進む。
「……あなたは一体?」
一番先頭にいたヤマトが足を止めて、相手の様子をうかがいながら問いかける。
ゲーム時代、この塔にはNPCはおらず、最終フロアの一階には巨大なボスモンスターが待っていて、それを倒すことでレアなアイテムが手に入るというものだった。
しかし、眼前にいるのは人型の老人だった。
他にモンスターがいる様子もなく、フロアには老人とヤマトたちの姿しかなかった。
緊張からかごくりと唾を飲みながらヤマトは老人と見合う。
老人からは敵意は感じないが、ノーモーションで攻撃を仕掛けてくる者がいないわけではない。
「――ずっと、ずっと私はあなたたちを待っていました」
警戒するヤマトたちの様子を見た老人はおもむろにパサリとフードを外すと、それまでの無表情が嘘のように柔和にニコリと笑った。
「ずっと、って……あなたは一体何者なんですか?」
老人の笑顔と歓迎ぶりに内心戸惑いながらも、ヤマトは改めて先ほどと同じ質問をする。
「そうでした、まずは名乗らねばなりませんね。――私の名前はグレデルフェント。一介の魔術師です」
穏やかな笑顔で胸に手を当てたグレデルフェントは自身の名を告げる。
その名を聞いたヤマトとユイナは目を丸くして驚いていた。ルクスたちは誰か分からずきょとんとして成り行きを見守っている。
「グレデルフェントって言えば、創生の大魔術師の!?」
「だ、だよね!? 確か、ストーリーの中で何度も名前を聞いたから覚えてるけど……世界ができてからずっと調和と均衡を保っているとかって……――本当にいたんだね……」
ヤマトもユイナも、ゲームでの伝説ともいえる人物に会えたことに顔を見合わせて驚いていた。興奮交じりなのはエンピリアルオンラインを遊び倒した彼らならではだろう。
「そ、そもそもグレデルフェントっていえば、数千年前の人物だから名前を継承しているとか?」
「あー、そういうのも考えられるんだね。数千歳には見えないもんね!」
はしゃぐような二人のやりとりを見て、グレデルフェントを名乗る人物は笑顔で頷く。当然の疑問であろうと。
「あなた方が言う、その伝説の創世の大魔術師グレデルフェントというのは私自身で間違いありません。名を継いだのではなく、本人です」
ゆったりとした口調で語られたその解答は、彼らの一つの疑問を解消させたが、別の疑問を生じさせることとなる。
「えっと、それにしては、いってても六十代くらいにしか見えないんですが……というか、そんな人がなぜ今も普通の状態でいるんでしょうか? それに、この塔にいたなんて話は聞いたことがないわけで……」
ヤマトが色々と疑問を口にしているのを、グレデルフェントは笑顔で何度もゆっくり頷きながら聞いていた。
「もちろんその疑問にもお答えします。……まず、私の年齢についてですが、実年齢は数千歳になると思います。数百くらいまでは覚えていたのですがもういまは数えていないのであやふやなのはすみません……。ですがそれほどには経過していると思います。それから見た目がそれにそぐわないのは、身体年齢に対して停止の魔法がかけられているからなのです」
不老であるために現在の見た目が維持されている――それがグレデルフェントの答えだった。
「それから、この塔にいるのはこの塔を建てたのが私だからです。あなた方冒険者はこの塔を《天を貫きし塔》――そう呼んでいるようですが、本来の名前は《創生の塔》。私の二つ名の一部をつけた塔なのですよ」
ここにきてグレデルフェント本人からから明かされる新事実に、ヤマトとユイナは空いた口がふさがらないでいる。
「ふふっ、驚かれるのも当然でしょう。何せ私がここ数百年の間、あなたたち以外とは会話をしていないほどですからね。この塔に入れて、尚且つこの一階に到着するほどの力を持っているものはこれまで誰一人、いませんでしたよ」
穏やかに微笑んだグレデルフェントは嬉しそうに話す。本当に誰かが自身の元へ訪れるのを待ちわびていたのがわかる表情だった。
「えっ……と、その、じゃあ……ずっとこの塔にお一人でいたんですか……?」
「えぇ――といっても先ほど言ったようにここ数百年の話ですよ? その前は別の場所に居を構えていましたから。ここに来たのは色々と旅をしてからのことです。これを建てたのは数千年前に魔王と戦ったあと、すぐにでしたけどね」
千年もの間待ち続けていたグレデルフェントの気持ちを考えたヤマトの表情は曇る。だが、グレデルフェントはにっこりと笑っている。
数千年前に君臨した魔王とこの創生の大賢者グレデルフェントが戦ったという話だが、これもヤマトとユイナには初耳のできごとであった。
「ふむ、知らないのも無理はないでしょう。かなり昔の話ですし、当時の私の仲間は全て死に、私自身も魔王から呪いをかけられてしまいましたからね……」
ヤマトたちの反応を見て苦笑していたグレデルフェントだったが、仲間の話になった途端、初めて彼の表情に陰がさす。
「――その呪いというのが不老不死、そして戦いに魔力が使えなくなるというものでした」
少し下を向いたグレデルフェントは、自分の右手に魔力を込めて攻撃魔法を発動しようとするが、収束しようとした力はすぐに分散し、淡い光の玉が弾け、その魔力が消失していく。
「……この通りです、私にはもう戦う力がありません。しかし、魔王は数千年の時を経てこの世界によみがえろうとしています。この世界の人間で魔王と戦う力があるものは恐らく存在しないでしょう……」
そこまで言うとグレデルフェントは顔を上げて、ヤマトとユイナに視線を向けた。その目には不安と期待が渦巻いていた。
「……なるほど、そういうことですか。俺とユイナをこの世界に召喚したのは――あなたですね」
このヤマトの問いに一瞬ハッとしたように場が静まりかえるが、グレデルフェントはくしゃりと顔をゆがめ、申し訳なさそうな表情をしながらゆっくりと頷いていた。
「それに関しては完全に私の都合で行ったことです。あなたがたお二人にはどれだけ責められたとしても文句は言えません――本当に申し訳ありません」
唇をかみしめ、拳をぎゅっと握って苦しそうな表情をしたグレデルフェントは、二人に深く頭を下げる。
「いえ、それは構いません。そんなこともあるでしょう。――でも、どうして俺たち二人だったのか、俺たちは何をすればいいのか。それを教えて下さい」
勝手に召喚したことを構わないといい、その理由を知りたがるヤマトに、少し戸惑いながら顔を上げたグレデルフェントはポツポツと説明を始めていった。
ヤマト:剣聖LV745、大魔導士LV622、聖銃剣士LV541
ユイナ:弓聖LV723、聖女LV627、聖強化士LV582、銃士LV492、森の巫女LV487
エクリプス:聖馬LV672
ルクス:聖槍士LV656、サモナーLV599
ガルプ:黄竜LV226
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