第百十五話
一行は、とある階層で進みを止める。そこは75層だった。
「ゲームと同じなら、確かここで楽にレベル上げができるんだけど……」
「うん、75であってるはず……」
この塔に入って早々に違いを見せつけられたヤマトとユイナは少し緊張交じりにその階層に入ると、大きく周囲を見渡しながらゆっくりと歩みを進めていく。
このフロアの見た目は普通の平原だ。草が膝丈程あり、ところどころ大きな石の塊が転がっている。
「ここには何がいるのですか……?」
レベル上げというからには、何かしらモンスターがいるのであろうと予想したルクスは、何がいるのか? と問いかける。
「……確か、プラチナ系の――いた」
じっと前を見据えたままヤマトが最初に発見したが、ぽそりとつぶやくと人差し指を口元にあてていた。
「みんなここからは静かにね。あの子はとっても気配に敏感だから……」
ユイナもそのモンスターの姿を確認していたため、声をおさえてルクスたちに声をかけた。皆が息をひそめて頷く。
二人の視線の先にいるのは、プラチナバタフライという蝶タイプのモンスターだった。
しかし、敵との距離は二百メートルは離れており、視認できるといってもギリギリ見える。もしくは、いるような気がする程度だった。
プラチナバタフライは、ひらひらと銀色に輝く羽を揺らしながらゆっくりと優雅に飛んでいる。モンスターがとおった後には銀色の光の粒が舞っていた。
「簡単に説明をしておこうか。あのモンスターは倒すとかなりの経験値をもらうことができる。それこそ俺たちみたいに高レベルでも一気に数十レベル上がるくらいにね。ただ……さっきユイナが言ったように気配に敏感で、近づいてきた者に気づくと、ものすごい速さですぐに逃げてしまうんだ」
ひそひそとささやくような声音でのヤマトの説明に、真剣な表情でルクスたちが頷く。
「なるほど、なかなか倒せないモンスターだから経験値が多いのですね……でも、それではどうやって倒すのですか?」
ルクスのこの質問を予想していたヤマトはにやりと笑う。
「いい質問。よくある方法だと、遠距離攻撃で一気に倒す。……ただ、命中の問題とダメージの問題があるんだ。命中重視で攻撃速度が遅ければ、相手の俊敏で回避されてしまう。また、蝶だから一見そうは見えないんだけど、かなり硬いモンスターで、なまはんかな攻撃ではダメージを与えることができない」
ちょうど説明を聞きながらルクスが考えていた方法はこれであったため、ダメなものであるとヤマトに断じられてしまった。
「じゃあ、どうするかっていうと――追い込み漁だね」
「追い込み、漁ですか……?」
聞きなれない言葉であるため、ルクスがオウム返しで質問する。
「本物の追い込み漁のことはあんまり知らないんだけど、そんなイメージなんだよ。まず、数人でプラチナバタフライに向かっていって、わざと逃げさせるんだ。そして、反対に待ち構えていた攻撃者が渾身の一撃をぶちかます――単純な方法だけど、意外と成功率が高いんだよ」
この方法で、昔レベル上げをした時のことをヤマトは思い出していた。ユイナも笑顔で頷く。
「最初の頃は攻撃あてられなくて大変だったよねえ」
クスクスと楽しそうに小さく笑うユイナの頭に、ゲーム時代、ヤマトと四苦八苦しながらプラチナバタフライと戦った記憶がよぎる。
実際問題、目にもとまらぬ速さで素早く動くプラチナバタフライに攻撃をあてるのはかなり難しい。
自分の身体がどう動くかを完全に把握し、かつモンスターの動きを予測しなければならない。
「ということは、追い込み役は私とガルプ殿とエクリプス殿がいいですかね。そして、止めを刺す役目はご主人様とユイナ様のお二人で」
少し考え込んだルクスの判断は正しく、ヤマトとユイナも同様の考えだった。
「それで行こう。俺とユイナはぐるっと回って、この位置からプラチナバタフライを挟んで反対側に移動する。今から300秒数えたら追い込みを始めてくれ。この砂時計が落ちたらちょうど300秒だ」
結婚指輪の通話機能は二人だけのもので、他の者とはゲーム時代のように通話などの連絡手段がとれないため、時間を確認できるアイテムをルクスへと渡す。
「承知しました」
「このフロアはプラチナバタフライが何匹も出ると思う。取り逃がしても構わない。たった数匹でいいからまっすぐ追い込んでくれ」
ヤマトたちがいる位置から確認できるプラチナバタフライの数は一匹。
しかし、本来のプラチナバタフライの特性として複数で群れるため、今は確認できないが、草むらに隠れているものを含めてこの先何匹か出てくると予想していた。
「なるほど、わかっていなければ焦ってしまうかもしれませんね。――了解です、それでは300秒後に」
頷きあって意思を確認し合うと、身を潜めつつヤマトたちが移動を始め、ルクスたちはその場に残り、ひっくり返した砂時計の砂が落ちるのを見ていた。
「――あと少し……今です!」
それから300秒経ち、砂時計の砂が落ちきったタイミングで、ルクスたちは一気に飛び出した。
最も足の速いエクリプスの背中に槍を構えたルクスが、その頭にガルプが乗っている。
その状況でエクリプスは全速力で目標に向かって行く。彼の健脚がこの作戦の要だ。
彼らが進む先にはプラチナバタフライがのんびりと羽ばたいている。
あと数十メートルといったところで、プラチナバタフライに動きが見えた。
見えていた一匹がハッとしたように振り返って視認したルクスたちから逃げるように飛び立つ。
「……なっ!?」
次の瞬間、見えていない死角の部分にいた他のプラチナバタフライたちも同時に飛び立った。
ここまではヤマトに聞いていた情報のとおりだった。
ただ違う点は、何匹かではなく何百匹が同時に飛び立ったことだった。一斉に飛び立ったせいで光の筋があちこちに分散した。
「こんなに多いなんて! ですがご主人様の命である以上、このまま逃すわけにはいきませんっ。――エクリプス殿、全力で行って下さい! ガンガン攻めましょう!」
一瞬だけ思考が止まったルクスだったが、すぐにエクリプスに勇ましく声をかけた。
当のエクリプスはなんの動揺もなく、ただひたすら真っすぐに走っていた。
――自分の役目はこれである。
何がおころうとこれを達成すれば、結果はヤマトたちがもたらしてくれると信じていた。
「ヒヒーン!」
力強く一ついなないたエクリプスは更に速度を上げる。
目を離さないでしっかり追いかければ、大量のプラチナバタフライはそれ以上の速度で飛んでいるのがわかる。光の筋となったモンスターたちが真っすぐ逃げていった。
だが、その先にはヤマトとユイナの姿が。
「――ない!?」
少なくともルクスが視認できる範囲には二人の姿はなかった。
それでも、エクリプスが足を止めることはない。ルクスも驚きはしたものの、表情を引き締める。
みんな、心の中でしっかりと二人のことを信じていた。
『マスタールクス、いるぞ』
気配を読み取ったガルプは冷静にそう呟き、視線を上に向けていた。つられるように上を見たルクスは驚愕の表情になる。
「“ウインドプレッシャー”!」
「“アローレインタイプエクスプロージョン”!」
上空からヤマトの魔法、そしてユイナの矢が降り注いだからだ。
レベル400を超えた彼らが跳躍すればそのぐらいの技はたやすい。
ヤマトの魔法で突風を巻き起こし、プラチナバタフライの動きを止めて巻き取るように一か所に集めていく。
そして、ユイナのまさに雨のように降り注ぐ矢がとどめを刺していた。
「ピギャアア!」
そして、モンスターたちは断末魔の声をあげながらその命を散らしていった。
それと同時にレベルアップのアナウンスが全員の頭に響く。
「――まさに、一網打尽」
「思った以上に大量に倒せたねっ!」
着地した二人は見つめ合うほどの距離で嬉しそうに笑いあう。その様を見ていたルクスたちは呆然としていた。
ヤマト:剣聖LV425、大魔導士LV335、聖銃剣士LV281
ユイナ:弓聖LV423、聖女LV327、聖強化士LV284、銃士LV222、森の巫女LV267
エクリプス:聖馬LV372
ルクス:聖槍士LV356、サモナーLV391
ガルプ:黄竜LV106
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