第百十一話
『それではお前たちが行きたい場所まで私が送っていってやろう』
息子の契約を見届けた黄龍のこの申し出をヤマトは待っていた。
「ありがとうございます、助かります」
素直な感謝の言葉に黄龍はにやりと笑う。
『ふっ、それが一つの目的であったのだろう?』
ヤマトの反応の早さ、そして表情の変化を見て黄龍は彼の目的がここにあることを理解していた。
「あ、わかりましたか? いやあ、ちょっと強くなるために行きたい場所があるんですよね――北の塔に」
バレたことを苦笑しながらヤマトが口にした北の塔。そこは地上には入り口がなく、上空数百メートルの位置に入り口が存在する、謎の塔だった。
『ふむ、以前見たことはあるな。あのような場所に一体何があるというのか……』
黄龍は目を細めながら考え込むように唸った。
塔がある場所は、孤島で周囲を岩山に囲まれている。
その岩山を越えたとしても入る場所が見つからず、一体なんのためにある塔なのか人類の誰も知りえない場所であった。
「昔と同じなら、きっと色々と、ですね」
疑問に思う黄龍に対して、今度は反対にヤマトがにやりと笑った。
彼はあの塔に何があるのかわかっている。それはユイナも同様であり、にこにこと笑顔になっていた。
『まあいい、お主たちに負けた今となってアレコレ言う権利はない。とりあえずお前たちを送っていこう。――ほれ、背中に乗るといい』
黄龍はそう言って、一向が乗りやすいようにかがんでくれた。
「ありがとうございます。ちょっと全速力はきついので、少しゆっくりめでお願いします」
「やったー! ドラゴンの背中だー!」
礼を言いつつも黄龍の全力スピードを知っているヤマトは移動速度の注意をお願いする。
一方のユイナはドラゴンに乗って移動できることを素直に喜んで跳ねるように飛び乗った。
「失礼します」
『父様、よろしくお願いします』
「ヒヒーン」
ルクス、ガルプ、そしてエクリプスも乗り込んでいく。
黄龍の背中はしっかりとした安定感のある乗り心地で、彼らが全員載ってもまだ余裕のある広いものだった。長く生きた証の堅い鱗が深い黄色に輝き、力強い生命力を放っている。
『よし、みんな乗ったようだな。――それでは出発だ!』
ばさりと大きな翼を広げてはためかせると、一気に上空へと浮かび上がり、件の塔へと向かって行く。
「うわあ、やっぱりデジタルデータじゃない世界はすっごく綺麗だねえ……」
黄龍の背中から見える景色は思わずため息が出てしまう程に美しく、ユイナはその景色を堪能していた。うっとりと目をとろけさせて、視界いっぱいに広がる景色に見入っている。
「うん、やっぱりゲームとは違うね。風や匂いや見える景色、全部すごくすごくリアルだ!」
当たり前のことを口にするヤマトだったが、ゲームでしか味わえなかった世界を肌で感じることができるのは、とても新鮮なことだった。エクリプスはヤマトの側で悠然と景色を見つめている。
「私は、もう、何と言いますか……言葉になりません……」
あの家にだけいて、目覚めた時もあの家にいたルクス。彼はヤマトたちに同行してこうして山まで旅をし始めた。
しかし、これだけ世界が広いと感じる光景に出会ったのは初めてであり、まだまだ色々な場所にいけるというワクワク感が彼の胸に溢れていた。その隣にはガルプが黙ったまま寄り添う。
それぞれがそれぞれの思いを胸に、上空を移動していく。
黄龍がおさえめで飛んでいるとはいえ、風は背中にいるヤマトたちを直撃してしまうため、ヤマトは風魔法を使って障壁を張っていた。
「うんうん、なかなかに快適! ……それで、塔はどこまで行くの?」
彼の気遣いに嬉しそうに頷いて振り返ったユイナは、北の塔の中がどうなっているか知っているため、どういうスタンスで進むかヤマトに確認する。
「あー、一応いけるとこまでとは思ってるけど……できれば最後まで」
一瞬考えたのち、さっぱりとした笑顔でヤマトは答える。実際、今がどうなっているのか把握できていないため、彼は希望的観測で予定を口にした。
「ん、りょーかいっ。……最後までいけるといいねえ」
再び前の景色に視線を移したユイナは、ヤマトの答えを聞いて神妙な面持ちになっていた。
風景に感動したり、これから先について話し合ったりしているうちに、目的の場所に近づいてくる。
『そろそろ到着するぞ。どのあたりにいけばいい?』
黄龍に問いかけられ、改めて視線を前に向けると塔が見えてきていた。
塔はレンガを高く積み立てたようなデザインで、大地からぐんぐんと伸びており、雲をも貫いている。
そして、地上には入り口がないことはわかっている。
「えっと、一番上にいけますか?」
となると、てっぺんから向かうというのが考えられる道筋だった。ここまで運んでもらっただけでもありがたいため、ヤマトは少し遠慮がちに願い出た。
『もちろんだ』
問題ないと軽く笑って見せた黄龍はばさりと大きく翼をはためかせて上昇し始める。
雲を貫いているほどの高さではあるが、それでも最上階というものが存在するため、黄龍はぐんぐん高度を上げていく。
高度が上がるにつれて、気温も下がっていくため、ヤマトは火魔法と風魔法の応用で周囲の温度をあげていた。
「――ユイナ、ルクス、このマントを使うといいよ」
ヤマトはいつの間に買っていたのか、【旅のマント】を取り出して二人に渡す。
それを羽織るだけで、冷気をかなり遮断することができるため、魔法の効果もあって寒さに耐えることができた。
『さあ、そろそろ見えてくるぞ』
上空にはモンスターがおらず、黄龍は妨害を受けることなく、頂上へと一行を連れていく。
屋上の上に辿りつくとしばしホバリングし、ゆっくりと着地しようとする黄龍。
「――待った!! 着地はしないで、空中で待機でお願いします!」
あと数メートルで足がつくというところで、焦ったようにヤマトが大きな声を出す。
その声に黄龍は驚きながらも、かろうじて踏ん張り、空中に留まった。
『な、なぜだ! 一番上で降ろすのではないのか?』
当然の質問だったが、ヤマトは答えずに最初の頃に訪れた『ガルバの口』で手に入れていた石をアイテムボックスから取り出すと、屋上にぽーんと放り投げる。
手のひらサイズの石は塔の床に落ちると、コロコロと音をたてて転がる。
すると、その場所に炎の柱が爆発したかのようにドンと吹きあがった。
『――なっ!?』
「なんと!」
『っ!?』
黄龍、ルクス、ガルプの三人はその光景を見て驚いていた。それと同時にヤマトの忠告を聞いて踏みとどまって良かったと内心安堵していた。
「ここは地上からは入れなくて、途中には窓がないから横から入ることもできない。そして屋上には罠が張り巡らされているという凶悪な場所なんですよ」
ヤマトは三人の反応を見て笑顔で種明かしをする。
ゲーム時代は効果の弱い罠をあえて踏み、そこから進んでいくという方法で中に入るのが一般的だった。
「それじゃあ、今から全ての罠を一度発動させるので、もう少し高度を上げてもらえますか?」
『しょ、承知……』
ヤマトの指示に従って、いまだ困惑交じりの黄龍は翼をはためかせて高くあがる。
「はい、このあたりで――それじゃいきます。“アイスボール”!」
魔力を手に宿したヤマトは手のひら大の氷の玉を数十、数百生み出し、それを屋上の床を埋めつくすように一斉に放った。
氷の玉が床についた瞬間、氷、炎、雷、槍、剣、水、棘などなど、様々な罠がほぼ同時に発動していく。
「わーっ! これだけの罠が一度に発動するのは壮観だねえ!」
一斉に発動した罠はまるでショーのようですらあり、きゃっきゃとはしゃぐユイナはそれをまるで花火でも見るかのように目を輝かせてみていた。
ヤマト:剣聖LV235、大魔導士LV232、聖銃剣士LV141
ユイナ:弓聖LV233、聖女LV225、聖強化士LV170、銃士LV107、森の巫女LV154
エクリプス:聖馬LV191
ルクス:聖槍士LV174、サモナーLV198
ガルプ:黄竜LV1
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