第十話
ブロンズソードをアイテムボックスに格納すると、左手にフレイムソードを持ち替えた。
そして、右手から魔法を放っていく。
「“ウォーターボール”!」
放たれたのは初級魔法ではあるが、魔法による衝撃は中にいるアーマリーオーガに多少とはいえ、ダメージを与えることができる。
物理攻撃がとおらない敵には魔法攻撃が有効――それはゲームの時と変わらないようだ。
そのおかげで先ほどまでの防戦一方の戦いよりは、多少マシにはなっていた。
しかし、致命的なダメージを与えることは未だかなわず。最初は虚を突けたため、ウォーターボールが直撃していたが、今はハンマーによって撃ち落とされてしまっている。
それでもヤマトは走りながら魔法を唱え続けていた。
普通のレベル10の魔術士が放つウォーターボールは数発撃つと魔力切れを起こすが、魔術士になった時に強力な光を放ったヤマトは普通の魔術士が持つ魔力量を大きく凌駕していたため、あり得ない数のウォーターボールを撃ち続けることができるのだ。
一方で同じような攻撃ばかりでいい加減鬱陶しいと思ったアーマリーオーガは、次の魔法を撃ち落としたら攻撃に転じようと考えていた。鎧を身に着けていても、ヤマトを追いかけるだけの速度を出すことはできる。
そう考えたが、ヤマトからウォーターボールが飛んでこない。立て続けにきていた攻撃が突如終わったことでアーマリーオーガは戸惑いを見せた。
「……グオ?」
それは、この戦闘で初めて聞いたアーマリーオーガの声だった。
「なんだ、声出るじゃないか。まあ、そんなことよりさ――洞窟って冷えるよね? 寒くないのかい?」
アーマリーオーガと対峙して、ふわりと笑うヤマトのなんのことはない日常会話のような質問。
「グオ?」
先ほどと同じ発音の言葉を発し、アーマリーオーガは首をひねる。どうやらヤマトの言葉をある程度理解できているようだった。
「つまりさ……」
真剣な表情に変わったヤマトは剣をしまい、手ぶらですっと走りだす。
覚悟を決めたのかと判断したアーマリーオーガはハンマーをヤマトの頭目がけて思い切り振りぬいた。
「さすがにそんな大振りは当たらないさ」
どう攻撃が来るのか予想してかわしたヤマトはスライディングしてアーマリーオーガの横をすり抜け、後ろに回り込む。水しぶきがバシャバシャと上がるが、ヤマトはさっと立ち上がる。
いまやフロア内はヤマトが大量に放ったウォーターボールによって水浸しになっていた。それはアーマリーオーガの身体も同様だった。それを見てヤマトは寒くないか聞いていたのだ。
今になって先ほどの質問をアーマリーオーガは思い出して、ハッとしたように確認すると自らの身体が濡れていることに気づく。そして、自分の身体がじわじわと冷えていることにも。
「今更気づいたところで後の祭りってやつだよ。“アイスウォール”!!」
この魔法は、氷の壁を作り出す魔法であり、本来の用途は相手の攻撃を防ぐものである。しかし、モンスターの背後に回ったヤマトは両手をアーマリーオーガの鎧に触れ、この魔法を使っていた。
周囲の冷気、そして地面の水、更にはアーマリーオーガを濡らす水が氷の壁を作り出す速度を助けている。
ヤマトがむやみやたらにウォーターボールを放っていたのはこのためだった。
「グオオオ!」
それに気づいたアーマリーオーガが暴れようとするが、既に氷結は始まっており、いくら力が強いモンスターでも凍ってしまっては身体が思うように動かない。
「――さようなら」
そう告げるのと同時に氷の壁は完成していた。
フロア内の木製という環境の後押しを受けて出来上がった氷の壁は、単体で作られるものよりも大きく、アーマリーオーガごと飲み込んでいた。
魔法による効果は自身に向けないと術者に影響は及ばないため、ヤマトは氷の世界で一人無傷で立っている。
だが氷像と化したアーマリーオーガの顔は頭をも覆ったフルフェイスの鎧の上からではわからないが、苦悶に歪んでいるであろう。
しばらくして、アーマリーオーガは氷結からの継続ダメージが蓄積し、心肺機能が停止して命が絶たれる。
《剣士のレベルが上がりました》
《剣士のレベルが上がりました》
《剣士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
《魔術士のレベルが上がりました》
「うわわわっ」
アーマリーオーガを倒したことで経験値が流れ込み、一気にレベルアップのメッセージが流れたため、ヤマトは驚いて変な声が出てしまった。
「レベル差があっただけあって、一気にあがったなあ」
ステータス画面を確認したヤマトは改めて驚く。
表示されているのは剣士レベル25、魔術士レベル18と、ダンジョン挑戦前に比べて格段に上がっていた。
アーマリーオーガの討伐が確定すると、勝利の証として宝箱と外に通じる転移魔法陣が現れた。
宝箱から手に入ったのは、籠手と脛あてと靴だった。更に、金貨が二千枚。
「おー、結構入ってたね。今回は当たりの宝箱だ」
装備が入っている数が、前回のガルバの口の時と比較して二つから三つに増えている。通常二つが基準になっていて、三つ目が入っていることは稀なことだった。
そして大抵の場合、三つ目が入っているとレアな装備が一つ混ざっていると言われている。それは今回も例に漏れなかった。
「この靴、【疾風の靴】だ」
これは装備者の走る速度をあげる靴であり、移動距離が長いこのゲームでは序盤で手に入る必須アイテムといわれながらもドロップ確率が極端に低いものだった。
「うわぁーっ! これがいきなり手に入るなんて、超ラッキーだ!」
疾風の靴を手にしたヤマトは子どものように喜び、すぐにこの場で靴を装備することにする。そして、フロア内を走り回る。
「うっはああああ! 速い速い!!」
はしゃぎまわるようにその速度をしばらくの間、堪能していた。
興奮交じりにヤマトがそんなことをしていると、徐々に解け始めた氷の壁が静かに崩れ始めていた。
ヤマト:剣士LV25、魔術士18
ユイナ:弓士LV8
疾風の靴
移動速度が上がる靴。多くのプレイヤーが求めてやまない装備。
なかなかドロップせず、百回挑戦して一回ドロップすればいいものであり、
ヤマトはその一回を今回引き当てた。
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