第百六話
「ここからはちょっと厳しい戦いになるだろうから、手は多いほうがいいね。エクリプスを呼ぼう」
すっとアイテムボックスから笛を取り出すと、ヤマトはエクリプスを呼ぶために吹く。山が近いからか笛の音がいつも以上に周囲に響き渡った。
「ご主人様……こ、この浮遊している島にもエクリプス殿はやってこられるのですか?」
エクリプスが来ることを疑わずにあっさりと気軽に言うヤマトに対して、不安そうな表情のルクスが疑問をぶつけた。
「んー……前に離れた別の島には来てくれたから空でも来てくれるかなって」
ふわりと笑ったヤマトも内心半信半疑でいたが、しばらくするとヒヒーンという声とともに蹄の音が近づいてきたのがわかった。
「来たっ!」
いち早く音を察知したユイナがばっとそちらを向くと、ヤマトとルクスもそれにならう。
「――本当に来るなんて……どうやって移動しているんだろ?」
自分で呼んだものの、本当にこんな場所にまでやってくるエクリプスにヤマトは首をかしげていた。純粋な疑問が彼の頭に浮かんだのだ。
「なんにせよ、エクリプス殿まで来たとなると心強いですね! ただでさえお二人が強いところに、エクリプス殿まで加わったとなると、俄然無敵感が強くなります!」
ふんっと気合を漲らせて拳を作るルクス。これは彼の心の問題であったが、仲間が増えたことはことさら心強く感じるものだった。
「ヒヒーン!」
到着するとエクリプスは、呼んでくれたことを喜ぶようにヤマトの顔に大きく頬をすりつけてくる。
「ははっ、ありがとう。エクリプスが来てくれると心強いよ。頼む」
くすぐったそうに笑いながらそう話しかけるヤマトに、エクリプスは大きく頷いた。
そうして三人と一頭となった一行は、黄竜の住むドラゴンズランスに足を踏み入れる。
「ゲームの時と同じであれば、結構強いモンスターが出るはずだよ。レベル帯でいえば、ここに来る前に立ち寄った東の洞窟のそれよりも上の……160レベル平均だったかな」
先頭を歩くヤマトの説明を聞いて、ルクスはごくりと唾を飲む。
東の洞窟にしても、ルクスにとっては難易度の高いダンジョンだった。
それ以上のレベルとなると、油断できないなと、ぐっと気を引き締める。
「まあ、道中はさほど問題ではないだろうから、どんどん倒していこう。みんな出し惜しみせずにガンガン戦っていいよ」
ヤマトの全力オッケーの指示を受けた一行は、その言葉のとおり出し惜しみせずに、次々と技を繰り出して道中のモンスターを倒していく。
レベルが高いといっても、ヤマトとユイナよりも格段にレベルが低く、そしてそれ以下のレベルのエクリプスとルクスにとっては丁度いいレベル上げの相手になっていた。
モンスターを見つけると同時にヤマトとユイナがダメージを与えて、エクリプスとルクスがとどめを刺す。
この流れでどんどん山を登って行く。
山頂に近づけば近づくほどに、エクリプスとルクスの顔色は悪くなっている。
空気の薄さに身体が慣れていないようだった。
「もう少し行くと開けた場所に出るから、モンスターがいなければそこで休憩をしようか」
二人の不調に気付いたヤマトの言葉は、エクリプスとルクスにとってはありがたかった。
そして、その開けた場所にはモンスターの姿はなく、二人は安堵することとなる。
「ユイナ、二人の顔色が悪いから何か飲み物を出してあげて。俺は周囲の警戒にあたるよ」
ユイナにそう声をかけたヤマトは疲れを一切見せずに周囲の見回りに向かう。
今はモンスターの姿はないが、休憩中にやってくることもある。そのため、ヤマトだけは気を緩めずに周囲を確認していた。
「ふう、はあ……すいません。ずっと家にいたもので、さすがに山登りはなれてなくて……」
「ぶるる……」
申し訳なさそうに肩を落としつつ息を整えるルクスの言葉に、力なくエクリプスも頷く。
「いいよー、ゆっくり休も? それよりさー、私たちはなんで山でも大丈夫なんだろ?」
休憩するルクスとエクリプスに疲労回復の効果を付与した飲み物を出しつつ、ユイナはヤマトに問いかける。
彼女はこのあたりの空気の薄さを感じることなく、いつも通りに動けている自分の身体を不思議に思っていた。
「恐らくだけど、プレイヤーだからそのあたりも強化されているんだと思う。そもそもゲームのプレイヤーっていうのは、今回のような高い山だけじゃなく、マグマがあるような火山だったり、気温がすごく低い氷の迷宮なんていう場所に行くのが当たり前になっているだろう? だからそれに耐えうる肉体という設定、になっているんじゃないかな」
周囲を警戒しながらヤマトはユイナの疑問へ、自分なりの回答をする。
「なるほどなるほど。……あー、確かにほんとに最初の最初の導入部分で『異世界より来た強き者』みたいなの言われたかも。なんか、別の世界から来た者は強い肉体を持ってるとかなんとかって」
納得したように頷いたユイナが思い出したそれは、ゲームにログインして最初に出会うNPCから説明される話だった。
「そうそう、ユイナもよく覚えてるね。とにかくそういうわけで、異世界から来た者として設定されている俺やユイナは環境適応能力がすごく高いんだと思うよ。使い魔として作られたルクスや、この世界に生息する馬であるエクリプスはそのあたりが少し大変かもしれないね」
ふわりとほほ笑むヤマトの言葉に、ユイナたち一同は納得させられていた。
「――っと、来たか」
その時感じた気配に警戒したヤマトは上空に視線を向ける。そこには翼竜と言われるワイバーンの姿があった。
レベルはこの山に現れるモンスターの中でも一般的な数値。上空から攻撃できることが特徴だが、遠距離攻撃ができる職業であれば対して問題にはならない。大きな翼を広げてけたたましい鳴き声を咆哮のように放つモンスターだ。
今回のパーティ編成でも、ヤマトが魔法を、ユイナが弓や銃を、そしてルクスが精霊による攻撃を行えるため、さほど問題にならない。
「……ちょ、ちょっと数が多くないですか?」
しかし、空にいるワイバーンは一体や二体ではなく、ゆうに二十体を越える数がいるため、座っていたルクスは焦ったように慌てて立ち上がろうとする。エクリプスも空を見上げて警戒するように低く唸る。
「ルクス、休んでていいよー。ヤマトがやってくれるから、ね?」
ヤマトに対して絶対的な信頼を感じさせる笑顔を浮かべたユイナはルクスをそっと制止する。そして一切立ち上がる気配を見せずにのんびりと座ったまま、温かいお茶をすすっていた。
エクリプスはそれだけで安堵したように目を閉じ、再び休憩スタイルに入る。
「りょーかい。みんなは休んでていいよ」
任せて、というように笑って見せたヤマトは右手に剣を、左手に銃剣を構える。
「ま、魔法ではないのですか?」
魔法による遠距離攻撃で戦うと思っていたルクスは、ヤマトが両手を武器で塞いでしまったことに驚いていた。
「ふふっ、ルクスは心配性だね。大丈夫だよ、全部ヤマトにまかせよー! 万が一こっちにきても私が守るからだいじょーぶい!」
ルクスにブイサインを作って弾けるように笑ったユイナは、ヤマトへと視線を向ける。
その視線の先では、今まさにヤマトが戦闘に入ろうとしていた。
ヤマト:剣聖LV224、大魔導士LV220、聖銃剣士LV97
ユイナ:弓聖LV221、聖女LV214、聖強化士LV146、銃士LV83、森の巫女LV113
エクリプス:聖馬LV165
ルクス:聖槍士LV142、サモナーLV175
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