第百四話
巨体のわりに敏捷の高いハウンドフェンリルは素早い動きでルクスへと振り返るが、既にルクスは次の動きに移っていた。
「防御力が高いのであれば――“クインティブルスラスト”!」
足が曲がる関節の部分を狙って、五連続の突きを放つ。猫特有のしなやかな動きで素早く攻撃を決めていく。
皮膚の中でも骨と骨のつなぎ目はやや柔らかいため、ルクスの突きは相手にダメージを与えることに成功する。
「ガウウウウウウ」
そして、ハウンドフェンリルも思わず痛みに顔をゆがめ、苦しげな声を出してしまう。
「“アクセルツー”! からの、“クインティブルスラスト”!」
このチャンスを逃さないといわんばかりにルクスは更に速度を上げて、今度は別の足を攻撃していく。
「グルルルル!」
先ほどまで侮っていた小柄な、自分よりも明らかに劣っているこの猫は、十分に厄介な相手であると認識を改めたハウンドフェンリルは警戒するようにルクスから距離をとる。
距離が離れては、死角へ移動してからの突き攻撃は行えない。
ルクスは全ての足に攻撃をしたいと思っていたので、早い段階で距離をとられたことは焦りを生む。
「それならば、少し早いですが次の攻撃に移りますか――“アクセル、スリー”!」
早く次の攻撃を繰り出すために、現段階で出せるルクスの最高速でハウンドフェンリルへと迫っていく。
だがいくら速いといっても、単純で真っすぐな動きは相手から丸見えであり、待ち構えていたハウンドフェンリルは走るルクスに合わせて狙いすまして腕を振り下ろす。
アクセルという技は細かい方向転換が難しいため、ルクスの身体はそのまま腕が降りる先へと吸い込まれていく。しかし、ルクスに焦る様子はない。
「――今です」
ハウンドフェンリルの腕が迫るその寸前でルクスが合図を出すと、精霊のウルが水の玉をハウンドフェンリルへぶつける。
一般的な精霊の力はサモナーのレベルに由来するため、普通に水を当てても弾かれてしまうのは分かっていた。だからこそルクスはウルに眼球を狙うように指示していた。
これも大きなダメージとはいえなかったが、一番弱い粘膜部分を攻撃されたため、ハウンドフェンリルは痛みに意識が集中してぐらりと体勢を崩してしまう。
「“クインティブルスラスト”!」
ルクスは勇ましく大きな槍を振り回して技を放つ。
この技を多用する理由は、現段階で最も使いやすく、かつダメージを与えやすい技であるからだ。
いま、ルクスが狙ったのは、声をあげて開いている口だった。
目をピンポイントで狙うのは難しいが、目よりもサイズの大きい口であれば狙いやすいと考えた。
身体の何倍もある大きな槍を華麗に振るうその技術はかなりのもので、槍は真っすぐに口へと向かっていく。
「ガウウ!」
唸るようなその声と共に、ガキンという金属音が周囲に響き渡る。
ルクスの狙いは読まれていたようで、ハウンドフェンリルは口を思い切り閉じて牙で槍を挟んでいる。
ぎりぎりと鋭い歯が槍の刃の部分を力強くかみしめ、ルクスが押しても引いてもびくともしない。
「――なっ!」
そしてハウンドフェンリルはそのまま槍を持っているルクスごと持ち上げて壁に向かって思い切り首を振って吹き飛ばすように投げた。
「っ、ルクス!!」
焦ったように手を伸ばしたユイナが思わず声をあげて動こうとするが、ヤマトがそれを止める。
「まだ大丈夫」
なんで止めるの! と食って掛かろうとしたユイナがヤマトの顔を見るが、彼は冷静に戦況を確認していた。ハッとしたユイナが彼の視線の先を追うと、ルクスはまだあきらめていなかった。
先ほど吹き飛ばされている途中、槍から手を離して上手く体勢を直し、足をばねにして壁に着地していた。
そしてあとから飛んできた槍を掴むと、壁を思い切り蹴ってハウンドフェンリルへと再度向かって行く。
「うおおおおお!」
ルクスは闘気漲る表情で飛び出し、気合の入った攻撃を放つ。
今度の攻撃は連撃ではなく一撃、それも力を込めた最も威力の高い、しかし最も隙の大きい技だった。
「“ボルケーノスラストッ”!」
ゴオゴオと燃え盛る炎が槍の刃を旋回するように渦巻く。そんな炎の力を最大限に槍に込めて一気に放つ。
今のルクスにはこの手しか残っていないため、最後の一撃として放つが、相手はこの攻撃を待ち構えている。
避けてから攻撃をするか、カウンターでルクスに大ダメージを与えるか。
待ち構えている分、考える余裕もあり、ハウンドフェンリルの選択肢は多い。
「――やらせないよ」
「うんっ」
ヤマトの声がルクスの耳に入ってきたと思った次の瞬間、隣にいたユイナがすさまじい勢いで矢を放ち、ハウンドフェンリルの足を撃ち抜くと地面に縫い付ける。
それに追い打ちをかけるようにすぐさまヤマトは魔法を放ち、地面に縫い付けられた足を凍らせていく。
「ガウウウッ!?」
目の前のルクスにだけ集中していたハウンドフェンリルは驚き、目を見開く。
なぜ自分の身体が動かなくなっているのか? どこからいつ攻撃されたのか? すっかり目の前のルクスにばかり気をとられていたハウンドフェンリルは何もわからない状況であり、足が動かなくなったことでそのルクスからも意識が離れていた。
「くらええええ!」
耳に飛び込んできた威勢のいい叫び声が聞こえた方に方向に振り向くと、既に目の前にはルクスの槍が迫っており、視界いっぱいに炎が飛び込んでくる。足が縫い付けられているため、回避も無理な状態だった。
炎を纏った槍が大きな身体を持つハウンドフェンリルの胴体を貫く。
「ガアアア!」
串刺しにされ、断末魔の叫びを短くあげたハウンドフェンリルは急所を突かれたようで、そのまま倒れてしまった。巨体が地面に沈む鈍い音が周囲に響いた。
「っはあ、はあ……はあ、はあ……」
攻撃を放った体制のまま槍を握っていたルクスは、その場に座り込んでしまった。
最後の攻撃に全力を出し切ったのと、最初から最後まで緊張に包まれていたため、倒れるハウンドフェンリルを見た瞬間、一気に身体の力が抜けたようだった。
そんな彼の頭の中ではレベルアップのアナウンスが大量に流れていた。
「ルクスお疲れ。強かったね」
そこへ労わるように声をかけたヤマトはここまでルクスが考えながら動けると思っていなかったため、予想外という意味で驚き、これだけの実力を備えていることに柔らかく目を細めて喜んでいた。
「ルクスすごいよ! あんなに格上の相手に勝てるなんて! もう既に一大戦力だよ!」
ユイナは目線を合わせるようにかがむと、輝くような笑顔でルクスに回復魔法をかけていく。
「あ、りがとうございます……っ」
しかし、当のルクスは悔しそうな表情になっていた。傷はユイナの手によってみるみるうちに回復していくが、彼の表情は冴えない。
「……ん? どうしたの、ルクス。まだどっか痛む?」
「い、いえ……その、お二人のお力添えがなければ勝てなかったので……」
力なく落ち込んでそんなことを口にするルクスの頭をユイナが軽くチョップする。ハッとしたように顔を上げたルクスの視界の先ではユイナがちょっと拗ねたように怒っていた。
「あのねえ、さっきのモンスターはレベルがルクスよりも50も上だったんだよ? 今のレベルを確認すればわかると思うけどガッツリと上がってるでしょ? ルクスが倒したのはそれだけ強い相手だったってこと!」
ユイナは頬を膨らませながらルクスに説明をしていく。
たしかに彼女の言うようにルクスにレベルアップを告げるアナウンスはかなり長かった。
「つまり、格上相手に俺たちの多少の補助はあったものの、見事に勝利をおさめたルクスはすごいってことだよ。誇りこそすれ、落ち込む必要なんてない。それに、これで終わりじゃない。また俺たちと一緒にどんどん成長していけばいいだけの話だ――ルクスはまだまだ強くなるんだよね?」
しゃがんでくすっと笑ったヤマトもユイナに続く。
「っ……はい!!」
二人の言葉を聞いたルクスは、目にうっすら涙を貯めながら、大きな声で返事をした。
ヤマト:剣聖LV218、大魔導士LV214、聖銃剣士LV85
ユイナ:弓聖LV215、聖女LV205、聖強化士LV120、銃士LV79、森の巫女LV94
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV114、サモナーLV141
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