第百三話
「――これでレベルがだいぶ上がったね」
最下層で一息ついたヤマトが振り返って後ろにいたユイナとルクスを見る。
高いレベルの職業は微増といったところだったが、元々のレベルが低かった職業は一気にレベルアップしていた。
特に本人が心配していたルクスのサモナーのレベルがかなり上がったのは僥倖だった。
「最後のほうはルクスも精霊の使い方がうまくなってたねー! さっすがヤマトの使い魔!」
にーっと歯を見せて笑ったユイナは少し乱暴にわしわしとルクスの頭を撫でる。
「あ、ありがとうございます。熟練者のユイナ様に言ってもらえると嬉しいです!」
ぼさぼさの毛並みになったルクスはヤマトとユイナの実力に驚きながらも、その実力者に褒められることは喜びでもあったようで、ふわりとはにかむ。呼び出されていた精霊たちも嬉しそうにルクスの周りを飛び回っていた。
「レベルが上のモンスターともまともにやり合えていたからね。あとは、強い精霊や召喚獣と契約できればもっともっと強くなれるはずさ」
ユイナと同じように、ヤマトもルクスの強さを認めていた。
「あ、ありがとうございます!!」
ヤマトに褒められたルクスは嬉しそうに尻尾をぶんぶん揺らしながら、大きな声でルクスは礼を言う。
ユイナの時より大きな反応を見せるのは、やはり彼にとって一番は主人に認められることであるからだろう。
「――さあ、これくらいあれば黄竜との契約に向かっても大丈夫かな?」
確認するようにヤマトが笑顔で問いかける。
そもそもここにレベル上げに来た理由は、ルクスに自信をつけさせるというためであった。
「あっ、はい! ……これなら、きっと」
自信のある顔で手にしていた大きな槍をぎゅっと握るルクス。
どれほどの相手と契約するかわかっていなかったが、レベルが100を超えたため、自信につながっていた。
「っと、その前に……アレをなんとかしないとみたいだね」
ちらりとヤマトが視線を向けた先には、巨大なモンスターがいた。
ハウンドフェンリル――狼タイプのモンスターだが、通常の狼のサイズをはるかに超える。
ゆうに五メートルはありそうな体格をしており、荒々しい性格をそのまま表したような凶悪な顔立ちと鋭い牙を持っていた。
「ガルルルルル」
涎をたらし、牙をむき出しにしたハウンドフェンリルはヤマトたちをギラギラとした眼差しで睨み付けている。
こちらを警戒している様子はあるが、一定の距離に近づくまでは攻撃してこないようだ。
レベルはこのダンジョンで最も高い170レベル。
ヤマトやユイナであればメインの職業のレベル差が30以上あるので、たとえソロでも撃破はたやすい。
「――ルクス、一人でやってみようか」
しかし、ヤマトはあえて、約50レベル下のルクスに任せるという指令を出す。
「ひ、一人でですか……」
あまりのレベル差にルクスは怯んでしまう。ちらりと目線を前に向け、ハウンドフェンリルと目があった瞬間、少し後ずさりしてしまった。
「無理、かな?」
優しく問いかけるヤマトに対して、ルクスは表情を引き締める。レベル差のある魔物を任せるという主人の期待を感じたルクスは、ここはそれに甘えてはいけないと思ったのだ。
「やります」
やると決めたその表情からは強さと強い決意が感じ取れた。勇ましい表情で自身の体躯の何倍もある槍を構え、一歩前に出る。
「ようっし、それじゃ先に強化しておこっか。ヤマト、いいよね?」
聖強化士のユイナが許可をヤマトに求める。
「あぁ、もちろん構わないよ。俺からもこれを渡しておこうか。――効果的に使うんだよ、ルクス」
しっかりとルクスの目を見つめたヤマトは以前手に入れていた強回復薬を五つほど彼に渡す。
「はい、お二人ともありがとうございます!」
二人に手を貸してもらったルクスは槍を手に、精霊をお供にハウンドフェンリルへと向かって走り出した。
「――ねえ、ヤマト。どうなると思う?」
「うーん、結構いい戦いになると思うけど……万が一の時は俺が魔法で援護するから、ルクスの回復頼むよ」
ルクスの背を笑顔で見送ったユイナとヤマトはいま、ハウンドフェンリルへと向かっていく彼を真剣な表情で見ている。
MMORPGで50レベルの差といえば、場合によっては天と地ほどの差があるため、ゲーム時代なら絶対に戦おうとしなかった。挑めば最後、死地に突っ込むようなものだからだ。
しかし、ヤマトはあえてここでルクス一人に戦わせることを選択した。
「今となってはレベル差も案外あてにならないからね……もちろん高いに越したことはないけど。ルクスはここまでの戦いでほとんど俺たちの影に隠れるような形だったから、こういう経験はしておいたほうがいいだろうと思ってね」
何ごとも経験だと語るヤマトの考えを聞いて、ゲーム時代から何度もその思いを感じ取っていたユイナは大きく頷いた。
「確かにそうだねー。でも、本当にやばそうだったら手は出すからね!」
しかし、彼女はヤマトの案に納得できる部分はあるものの、危険であることに変わりがないため、いつでも弓で援護できるように準備をしている。
「いいよ、ルクスを犠牲にするつもりはないからね」
ヤマトとてただルクスを放り出したわけではない。しっかりと彼がどう戦うのか、じっと見つめている。
そんなことを話している間に、ルクスはハウンドフェンリルと対峙していた。
「まずは私が槍で、距離をとりつつの戦闘……ウルは援護を頼みます」
ハウンドフェンリルから目をそらさずに槍を構えたルクスはそっと呟くように指示を出す。
ウルというのはルクスの使役する精霊の名前だ。発語はないが、動作で頷いて見せる。
「では戦闘開始、です!」
ぐっと足に力を入れたルクスは一歩目から一気に最高速にギアをいれて、飛び出すようにハウンドフェンリルとの距離を詰めた。
それまではゆっくりと動いて見せて、開始と同時に距離を詰めたことで、ハウンドフェンリルの虚を突くことになる。
「ガウ!?」
そして、ハウンドフェンリルの目前に迫ったルクスの槍がその身体へと向かっていく。
「トリプルスラスト!」
素早く繰り出された三連続の突きは胴に見事命中して、ダメージを与えることに成功する。
しかし、レベル差があるため、軽微なダメージにとどまっていた。
「……ガウ?」
なにかがチクっとした感触に首を傾げたハウンドフェンリルが、その程度の攻撃か? と嘲るような表情でルクスを見る。
そして、ルクスを大した奴ではないと判断したハウンドフェンリルは、大きな腕を振り上げるとそのままルクスに向かって勢いよく振り下ろす。
狼系のモンスターだけあり、走る速度も攻撃の速度もかなり高い。
このままではルクスは攻撃を受けてしまう。
その巨体から放たれる攻撃は、おそらく直撃をせずとも、動きを止められてしまうほどの力をもっているだろう。
「ならば――“アクセル、ワン”!」
迫りくるハウンドフェンリルの腕を見ながら気合を入れて声を上げたルクス。足元には彼を中心とした円形の力の波動がぶわりと描かれれる。
次の瞬間、敵の腕が振り下ろされた先には既にルクスの姿はなかった。
ルクスが使用したのは、速度を一時的に上げる聖槍士のスキル。
「“クアドラブルスラスト”!」
素早い動きそのままに、あっという間にハウンドフェンリルの後方に回ったルクスは、背中に向かって四連続の突きを繰り出す。
「ガルル!」
大ダメージではないが、先ほどよりも威力の上がった攻撃は、ハウンドフェンリルを確実にイラつかせていた。
ヤマト:剣聖LV217、大魔導士LV213、聖銃剣士LV80
ユイナ:弓聖LV214、聖女LV204、聖強化士LV117、銃士LV77、森の巫女LV90
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV84、サモナーLV121
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