第百二話
エルエルの家を出たヤマトたちは、バウンディアの街を素通りして、そのまま東に向かって行く。
話に聞いたように、街には羽の生えたウィンディア族の姿が多くみられるが、中には羽のない者もいた。
真っすぐ目的地に向かうため、それらを横目にヤマトたちはひたすら先を急いだ。
だが、ちょうど街を出るところで後ろから声をかけられる。
「はあ、はあ、ちょ、ちょっと待っとくれ……!」
それは息をきらせてやってきたエルエルだった。ぜえぜえと肩で大きく息をしている。
「エルエルさん、どうしました?」
慌てた様子のエルエルを見て駆け寄ったヤマトが背中をさすりながら優しく尋ねる。
「はあはあ、ふうふう……」
それでも高齢であるため、なかなか息が整わない。
「お、落ち着いて下さい。さ、ゆっくり深呼吸しましょう。はい、すってー……はいてー、すってー……はいてー」
促すようにゆっくりとしたヤマトの声に合わせて深呼吸をしていくと、エルエルの呼吸も徐々に落ち着きを取り戻していった。
「……ふう、やっと落ち着いたわい。すまんな、これを渡そうと思ったんじゃ」
呼吸が整ったエルエルが懐から取り出したのは一枚の地図――それもなかなかに新しいものであった。
ヤマトがそれを受取って広げると、ここ、浮遊列島ヴォラーレ諸島の地図のようだった。
「これはこの島の地図でな。バウンディアだけでなく、他の街や昔の遺跡の場所なども載っておる。何か探し物があるなら、このあたりの地理を理解しておいたほうが良いと思ってのぉ」
そう言って朗らかににっこり笑ったエルエルは、どうやらヤマトたちが家を出て行ったあと、家の中を捜索し、この最新の地図を探し出していたようだ。
「わざわざ持ってきてくれたの? わあ、エルエルさん、ありがとー!」
ヤマトの手の中にある地図を見たユイナが弾けるような笑顔で礼を言うと、ヤマトとルクスも続いてぺこりと頭を下げる。
「良いのじゃよ、せっかくの出会いじゃからな。それに、転移装置に日の目を見せてくれたからその礼じゃわい。あのまま誰も使う者がおらねば、わしの代でメンテナンスも終わりじゃからなあ」
どこか寂しそうな表情でエルエルは笑う。
恐らくはなんらかの理由で跡継ぎがいないのだろうと推測できた。
「アレを使って三人がやってきてくれて本当に嬉しかったんじゃ。少しでも目的に近づけるように持っていっておくれ」
「エルエルさん、ありがとうございます。とても助かります」
ヤマトは再度礼を口にして、しっかりと大事に地図と抱える。その胸にエルエルの思いを受け止めていた。
「それじゃ、行きますね。慌ただしく出ていってすいませんでした」
頭を下げたヤマトは、今度は謝罪を口にし、エルエルに手を振って街から出ていく。
三人の後姿が見えなくなるまで、いろんな思いを胸にエルエルはその場に立って彼らを見送っていた。
街から離れてしばらくすすんだあたりで、しみじみとかみしめるようにユイナが口を開く。
「エルエルさん、いい人だったねー……おじいちゃんが生きてたらあんな感じだったのかもなあ……」
ユイナの祖父は彼女が子どもの頃に亡くなっていたが、穏やかな性格で色々と面倒見もよかったと両親からよく聞かされていた。
当時幼かった彼女を大層可愛がったようで、大きくなった姿を見られないことを最後に寂しそうに語っていたという。
「あー、ユイナのお祖父ちゃんかあ。前に写真では見せてもらったけど、優しそうな人だったね……確かにエルエルさんとちょっと雰囲気似てるかも」
ユイナの実家に挨拶に行った際に見せてもらったアルバムの中に、彼女の母方の祖父の写真が入っていた。
ヤマトはその時のことを思い出して優しく微笑む。
「会ってみたかったなあ……なーんて、暗い表情はなしなし! それよりもさっきもらった地図をインストールするんでしょ?」
「うん、えっとメニューの地図で……はい、オッケー」
暗くなった雰囲気を振り払うようにユイナはわざと明るく振る舞う。
貰った地図は一枚しかないため、ヤマトの持っているマップにその地図を登録することにした。
すると、みるみるうちにマップが最新版にアップデートされていく。
大雑把な配置だけだったものが、細かい部分まで詳細に記載され、マップがとても見やすくなった。
エルエルの地図は今の街の配置や建物について記されていたため、それをもとに進めば目的に近づきやすくなる。
「――あとは、黄竜がいるかどうかだよなあ……」
目的である黄竜との契約。
そもそも黄竜が今もヴォラーレ諸島にいなければ話が進まない。
「あ、あの、名前を聞く限りとんでもない相手のようなのですが……私なんかが契約できるものなのでしょうか?」
硬い表情で戸惑うルクスは、自身のサモナーのレベルがまだ36であるため、相手が契約してくれるのかどうか、それが一番気になっていた。
「……確かに、それは考えてなかったな」
「うーん、だったらどこかでレベル上げできる場所ないかな? ヤマトの地図にダンジョンとか載ってる?」
ユイナに聞かれたヤマトは島のマップを隅々まで確認していく。
「ここから近いのだと……もう少しいったところに東の洞窟というのがあるみたいだね」
「東の」
「洞窟」
そのあまりにもシンプルな名前をユイナとルクスが口にする。ダンジョンと言うからにはもうすこしゲームっぽい名前を期待していたようだ。
「だってそう書いてあるんだから仕方ないだろ? ……にしても、他に名前がなかったのかと聞きたくなる名称だね」
不満を口にするヤマトだったが、苦笑交じりの彼も二人と同じ感想を持っていた。
「うーんっと詳細は……」
東の洞窟を選択して地図をよく確認すると、モンスターの平均レベルが表示される。
「――レベル140、結構高いね」
この島に来ること自体難しいため、設定レベルも高めになっているようだ。
レベル200越えのヤマトたちにとっては大変ではないが、まだレベル30ほどのルクスではかなり高レベルダンジョンになるだろう。
「でも、ちょうどいいんじゃないかなー? 私たちも新しい職業のレベル上げもしないとだし、そこそこのレベルのダンジョンだから高いレベルの職業にも経験値入るでしょ?」
「そ、そんなにレベルの高いモンスターと戦って大丈夫でしょうか?」
東の洞窟に行くことを楽しみにし始めたユイナをよそに、一人だけ最高レベルが低いルクスは不安そうだった。
しかし、ヤマトとユイナはぱあっと笑顔になる。
「「大丈夫!」」
ぐっと大きく頷いてきっぱりと彼らに言い切られてしまっては、ルクスに抵抗する術はなく、東の洞窟へ向かうことになる。
時間にして一時間程度で東の洞窟へと到着した。
この洞窟は少々小さなつくりとなっているため、身体の大きなエクリプスは今回お留守番となった。
「ここが……その洞窟、ですか」
洞窟を見上げたルクスは緊張の面持ちでいる。目立った特徴のある感じではないのだが、レベルを聞いてしまったルクスからすればそれでもどこか身構えてしまうようだ。
「だーいじょうぶ、大丈夫っ!」
ニコニコ笑顔のユイナはひょいっとかがむと、ルクスの肩にポンッと手を置く。その顔を見た後にルクスはヤマトを見るが、ただ優しく笑うだけだ。
「さあ、中に入ろう」
そしてヤマトは特別なことなど何もないといったいつも通りの雰囲気で、洞窟内へと足を踏み入れていく。
ユイナに背中を押されるようにルクスも中へと進んだ。
東の洞窟はレベルは140と高いが、ただモンスターが生息している岩づくりの洞窟であり、特別なアイテムなどは秘められてはいなかった。
そのため、出会い頭にどんどんヤマトとユイナがモンスターを倒していき、気付けば三時間後には洞窟の最下層までたどり着いていた。
「す、すごい……」
パーティ戦のため、どんどん入っていく経験値に戸惑いながらも、最後のほうは戦闘に加わっていたルクスだったが、結果的に二人との実力差を改めて感じる結果となっていた。
ヤマト:剣聖LV217、大魔導士LV213、聖銃剣士LV80
ユイナ:弓聖LV214、聖女LV204、聖強化士LV117、銃士LV77、森の巫女LV90
エクリプス:聖馬LV133
ルクス:聖槍士LV84、サモナーLV121
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