馬車
出発のため俺たちは王宮の城門前で待ち合わせしていた。
約束の時間の前であったが俺とエルカはすでに集まって王女様の到着を待っていた。
「エルカさんよ、荷物は?」
俺がそう問いかけた彼女は手持ちは剣と背負った小さなバッグのみだった。
俺のイメージする女の子は最低でもキャリーバッグ一つ分は必要なはずだ。
「修行の旅ですし、食料や消耗品を除けばこんなものでしょう」
そうこうしていると宮殿方から豪華な馬車がやってきて、目の前に止まると中から、
「お待たせいたしまして申し訳ありません。荷物を整理するのに時間がかかりまして」
そう言って王女様が出てきた。
その恰好はいつものきらびやかなドレスではなくひらひらが抑えられた質素ドレスであった。
本人は修行の旅と思って考えた格好なのだろうが、俺は支給されたライトアーマー、エルカは騎士の鎧、そこにドレス、どんな護衛クエストだよ。
いや、あながち間違ってないのか、彼女は王女様なわけだし、ただこれから向かうのは俺の修行の旅なのだから流石に今の恰好ではいろいろ不都合だ。
というか流石のエルカもどう注意すればいいのか困ったかのように頭を悩ませている。
「この格好はまずかったでしょうか、一番地味で汚れても構わない服なのですが」
自分の恰好をおかしいと思わないその無垢さにハリセンを叩き入れたいところだが、
「王女様だとばれるとまずいので、私のようなラフな格好か、魔法使いということでローブなどがいいのでは」
俺の恰好をまじまじと見て、手をたたきいつものメイドさんを呼ぶと俺を指さしながら何か言いつけた。
「わかりました。確かに私の王女という身分は伏せたほうがいいでしょう。なのでこれから私のことはシルとお呼びください、そしてもっと砕けた感じでお話になってください」
一理あると思いうなずき、
「わかった、シル、これでいいか」
そういうとシルは満足げにうなずき、
「あなたもですよ、エルカお姉ちゃん、昔のようにシルちゃんと呼んでくれてもいいのですよ」
エルカは過去の思い出に恥ずかしそうに頬を染めつつ
「はっ、わかりました、シル様」
シルちゃんと呼んでくれなかった幼馴染に少し寂しそうな顔を見せるシルのもとにタイミングよくメイドさんが荷物を抱えてやってきた。
シルはこちらに一礼すると馬車にメイドさんと入っていった。
これはもしかしてかわいい女の子の着替えのシーン、男として絶対に覗かねばならない、むしろ覗かないと相手に失礼だ。
いい覗きのスポットがないか馬車の観察を始めると首筋に冷たい感触が触れた。
「おい、それ以上動くとどうなるかわかっているな」
俺の首筋に剣を当てているエルカの目はマジだ、マジで俺を殺そうとしている目だ。
俺はおとなしく両手をあげ、馬車と反対の方向を見る、すると首筋から冷たい感触が離れたが、いまだに俺を殺そうという殺気が放たれていた。
エルカの殺気に耐えながら少し待つと馬車からさっきのドレス姿とは打って変わってまさに冒険者らしい恰好のシルが出てきた。
「どうですか?ジン殿」
文句なしの100点満点、かわいい子は何を着ても似合うなと思う。
「すごく似合ってるよ」
素直にそう言葉に出すとシルはまた嬉しそうにほほ笑んだ。
「では出発いたしましょう、馬車にお乗りください」
馬車?目の前にあるのは明らかに王家の人間が乗ってますよといわんばかりのきらびやかな馬車しかない。
「これに乗るの?」
俺がシルにそう問いかけると不思議そうにうなずく。
「ええ、荷物もありますし」
馬車の中をのぞくと大型ワゴンほどのスペースに半分以上トランクのような荷物が積まれていた。
「なにこれ」
俺がそう指さすと、
「お着替えや旅行用の道具ですわ」
屈託もなくそういわれたがどう説得したものかとエルカのほうを見ると彼女もこの量をどうすればいいのかと頭を抱えてしまっていた。
この後俺らがシルに再度王女であることがばれてはいけないと、説明して荷物を最終的にトランク一つに収めさせるのに、丸一日かかってしまった。
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