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ららばい  作者: kikuna
4/8

④不敵

 頭の中が真っ白だった。

 予定日より早く生まれてきてしまった赤ん坊は小さく、皺くちゃ顔でかわいいとは、とても思えなかった。

 それでも必死で生きていると、看護師に言われ、心がズキンと痛んだ。

 翌朝、ガラス越しに倫子が目を覚まし、俺を見て微笑む。

 「なに、死にそうな顔をしてんだよ」

 そんな事しか言えない俺に、倫子は言ったんだ。ありがとうって。

 言葉が詰まる。

 そして満面の笑みで、ピースサインをしたんだ。

 「ケンちゃん、赤ちゃんに名前、付けてね」

 そう言って、倫子は笑う。

 思わず、俺は目を伏せてしまった。

 自分はここにいない方が良い。倫子の親が言うように、二人に任せて、どこか遠くへ。

 「あの子のお父さんは、ケンちゃんだけだからね。ケンちゃんがいてくれたから、私、頑張れたんだから、逃げちゃだめだからね」

 倫子には敵わないと思った。

 目を上げる俺を、倫子はまっすぐと見詰めていた。

 俺の中で、何かが弾ける。

 それからは大変だった。

 倫子の親に何度も頭を下げ、三人で暮らせるように頼んだ。

 予断を許さない倫子を、毎日見舞いながら、俺は仕事を探した。


 そして、待ちに待った三人での暮らし。

 俺は、小さな工場に勤め出す。

 何かあればすぐに舞い戻れる距離。ただそれだけで決めたんだ。何がしたいとか、何ができるとか問題じゃなかった。雇ってもらえるかもわからない相手に、俺は必死で頭を下げ頼んだ。

 倫子の病気は良くなることはない。

 残酷過ぎる現実。

 わが子もまともに抱けないほどやせ細ってしまった倫子を、俺はどうやってやればいいのか分からないでいた。

 そんな俺らを見かねて、倫子の両親が一緒に暮らすことを提案してきた。

 それに頭を横に振ったのは、倫子の方だった。

 出来るだけ親子水入らずでいたい。

 俺には分かっていた。

 それでは俺の居場所がなくなってしまうと、きっと倫子のことだから考えたんだろう。

 「俺は」

 言いかける俺を、少し怖い顔をした倫子が、真っ直ぐ見る。

 「だってケンちゃん、すぐ甘えてずるするもん」

 何だその理由。

 「パパの自覚持って貰わなきゃ。いつ、私がいなくなるか分からないんだから」

 何てこと、言い出すんだよ。

 目を見張る俺から目を反らすことなく、倫子は続ける。

 「現実はちゃんと受け入れなくちゃね。この子の為にも」

 お前は強い。

 心からそう思った。

 本当は誰よりも泣きたいだろうに、弱音一つ吐かないでいる。躰はかなりきついはずなのに、いつだって笑っていた。

 放っておけないと、母親が通いで毎日やって来ていたが、俺の食事だけは自分が作ると言って聞かなかった。

 病状が進み、起き上がることすらままならぬなくなってしまった倫子を気遣い、カップ麺にお湯を注いでいると、いつの間にか起き上がって来た倫子が本気で怒りだす。

 「ケンちゃん、またそんなの食べようとして、今、私が作るから待ってって」

 出て来たのが、インスタントラーメンで、俺は笑ってしまった。

 カップ麺もインスタントラーメンも変わらないだろうという俺に倫子は、目くじらを立てた。

 「全然違うよ。こっちには私の愛情がこもっているもの」

 大真面目に怒る倫子が、可愛いと思った。

 それから間もなく、倫子は危篤状態で病院へと運ばれる。

 残り少ない時間。

 何が俺にしてやれるのか、頭が悪いなりに考えた。

 そして疎遠だった自分の両親に、俺は頭を下げたんだ。

 俺たち家族を心から祝って欲しくって。

 医者に無理を言って貰った外出許可。

 いつ何があってもいいようにと、あの怖い顔で俺を睨んだ医者が同行を買って出てくれた。

 結婚式をしてやろうと思ったんだ。

 いよいよというその日の明け方、倫子は静かに息を引き取った。

 病室に吊るされたウェディングドレス。

 間が抜けているのは俺の専売特許。どこまでも抜け作な俺は、してもらうばかりで何もしてやれずに、死なせてしまった。


 「遺影に使って下さい」

 後悔だけが募らせている俺に、母親が一枚の写真を指しだす。

 弾けんばかりのドレスを着た倫子の笑顔に、俺の涙腺が決壊しだす。

 このドレスを持って俺は倫子にプロポーズをしたんだ。

 きちんと言ってなかったから、けじめとして、このドレスと指輪を渡して……。

 やせっぽちの自分でも本当に着れるのか心配だと言って、袖を通したそうだ。折角だからと写真を撮ってと言う倫子に、母親は涙が止まらなくなってしまったと話す。

 「母さん、親不孝ばかりしてごめんね。ケンちゃんと、春香のこと、頼んだね」

 着替えを済ませた倫子は、淋しそうにそう言って、泣き崩れてしまったそうだ。

 「もっと生きて、ケンちゃんと二人で春香の成長を見ていたかった」

 俺の前では一度も泣いたことがなかったのに、倫子はそう言って母親の胸でいつまでも泣いた。 

 

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