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ららばい  作者: kikuna
3/8

③覚悟

 珍しく、倫子がだるそうに布団から出てこなかった。

 それでも俺は気にすることもなく、平然と飯と言ってタバコに手を伸ばす。

 「ケンちゃん、本当にタバコは」

 そう言った途端、倫子は口を押さえてトイレへと駆け込んで行った。

 流石に心配になった俺は、トイレの前で倫子に声を掛ける。

 「大丈夫か?」

 「大丈夫。病気じゃないから」

 はぁ? 

 と思いながら、俺は心配させやがってなんて自分勝手なことを呟き、早く飯にしろよなんて言っちまったんだ。

 トイレを流す音がして、ごめんねと倫子が出てくる。

 顔色が優れないのは、一目で分った。

 どんな顔をしていいのか俺、分らずに、携帯に目を落とす。ついでにテレビも点ける。

 「音、大きすぎだよ」

 そう言った倫子はまた、トイレに駆け込む。

 「おい本当に大丈夫なのか」

 面倒臭そうに言う俺に、倫子はしばらくして返答して来る。

 「仕方ないよ。落ち着くまでは」

 まったく意味の分からないことばかり言う奴だなと、俺は寝そべりゲームに没頭していたんだ。

 「ケンちゃん、来年にはお父さんになるんだから、もうそろそろ仕事して」

 口をタオルで拭いながら、倫子は今までに見せたどんな笑顔よりも眩しいもので、そう告げた。


 まじ?


 持っていた携帯を落としそうになる俺を見て、倫子はまた微笑む。

 冗談じゃないと思った。

 「無理」

 咄嗟に出た言葉だった。

 「無理なんかじゃないよ。この子、私たちに会うためにここへやって来てくれたんだから」

 「生活、出来ないだろう」

 「だから、ケンちゃんも働いてね」

 「無理だって」

 「私、産むから。誰がなんて言ったって絶対産む。ケンちゃんが反対なら、私一人で産むから」

 倫子が俺に歯向かったのは初めてだった。

 どんどん膨らんで行く腹を見るのが辛くて、俺はふらふらと遊び歩く日々が続いた。

 金が尽きアパートに帰ると、玄関で倫子が苦しんでいて、俺は焦る。

 「ケンちゃん、タクシー呼んで」

 「バカ。こういう時は救急車だろ」

 「お産で救急車なんて呼んだら怒られちゃう」

 「お産?」

 すっとんきょな声を上げる俺の首に手を回し、倫子が微笑む。

 「やっぱりケンちゃんは凄い。本当にいて欲しい時にはいつもそばにいてくれる」

 買い被りの言葉に、俺は居心地の悪さに、うるせいやと悪たれを吐く。

 お産は、時間がだいぶかかった。

 バタバタと人が出たり入ったりして、なんだか物々しい雰囲気がしていた。

 人が一人生まれてくるのだから、こんな物だろうと思った俺は、携帯でゲームをして暇をつぶす。

 電池が切れても、倫子は運び込まれた部屋から出てこなかった。

 ドラマかなんかで見たことがある、赤ん坊の声が聞こえ、医師たちがおめでとうございますという奴もまだだ。

 その内、バタバタと見知らぬやつらが廊下をかけてきた。

 俺を見るなりに、「倫子は」と聞いてきた。

 何だこのおっさんて、俺、思った。

 「あの子は、大丈夫なんでしょうか」

 お産ぐらいで涙ぐむって、アホかこいつらと思いながら、俺、何も答えなかった。

 「あんたには言いたいこと、山ほどある。どうして、倫子はあんたみたいな男を、選んじまったんだ」

 そんなこと、知ったことない。

 あいつが勝手に俺に惚れて、付いて来ちまったんだ。

 それでも、俺はあいつのために族を抜けた。半殺しになりながら、ここまで逃げて来たんだ。それだけでも褒めて欲しい。

 筋違いに訝る俺に、倫子の母親はすがるように泣き出す。

 「お願いです。あの子を、私たちに返してください」

 このタイミングで、どうしてこんなことになってしまったのか、俺にはさっぱり分からなかった。

 

 処置を終えた医者が、説明する言葉一つ一つが理解できないでいる俺に、するどい目線が向けられる。

 なぜ、救急車を呼ばなかったんだと責められた。

 何一つ聞かされていなかったんだ。ヤバい病気があいつの体をむしばんでたことも、後がないってことも、いつだってニコニコして、ガキが出て来る日を楽しみにしている姿しか、思い出せずにいた。

 仕事だって、ぎりぎりまで頑張るって言っていたし、そんな仕草、一つも見せずにいたんだ。


 廊下に出た俺は、倫子の親父に殴られる。

 もう付きまとわないでくれと言われ、赤ん坊は自分たちが育てると、握り拳を震わせていた。

 

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