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第12章(その2)

 リュテカは思わず泣くのをやめ、しげしげとビリーアを見つめる。

「あたしの父親はネスレル・デル・スール」ビリーアは話し出す。「エランドリアの、ちっとは名の知られた宮廷魔術師だったのよ。国王の相談役でもあった。エランドリアがシルヴァルドの侵略にあった時には、国の魔法使いの先頭に立って戦ったけど、破れてしまった。しかし皇帝陛下は父を許して、新たに皇帝陛下付きの魔法使いに任命したの。だけど父は昔かたぎの一徹な人だからそれを潔しとせずに、皇帝暗殺を企てた。そして発覚し、今度は処刑された。父はまったく、これっぽっちも家族のことなんて考えてなかった。当然、あたしたち遺族にも嫌疑がかけられたけど、皇帝陛下は今後あたしたちが陛下と陛下の政府に忠誠を尽くすならば、という条件付きで特赦にしたばかりか、あたしを軍の、皇帝直属の秘密諜報部に入れた。あたしは受け入れざるを得なかった。と、言うより、あたしは陛下の寛大さに打たれて、むしろ積極的に志願する気になっていた。でもそれは、エランドリアから見たら裏切りでしょ? 売国奴でしょ? 以来こうして、大陸中をあちこちフラフラしながら、諜報活動を続けてるって訳。陛下の政府が潰れでもしたら、あたしなんか真っ先に処刑されちまうわ」

 ビリーアはタバコをもうひと吸いすると、床に落としてにじり消した。リュテカはそんなビリーアをじっと見ていたが、やがて言った。

「…淋しくないの? そんな生き方」

「別に」ビリーアはぶっきらぼうに答える。「そんな風に思ったことはないわ。時々ひどく疲れて気弱になるけど」

「可哀そうだわ。あなた」

 リュテカが言った。

「あんたに言われたかないね!」ビリーアは気色ばんで叫んだが、すぐに気を取り直す。「やめましょ。ケンカしても仕方ないわ。あたしから言わせてもらえば、あんな男とデキちゃう方がずっと気の毒だけど、まあ、蓼食う虫も好き好きだから。お互い同情のし合いっこはよしにしましょう」

 ビリーアは立ち上がったが、リュテカは呆けたように窓の鉄格子に寄りかかったままだ。

「ホラ、あんた、敬礼は?」

 ビリーアに言われてリュテカはのろのろと立って、ふてくされたような顔で敬礼する。

「リュテカ・モン=ヘルベール中尉!」突然ビリーアは怒鳴る。「それが上官に対する敬礼の仕方か! やり直しッ」

 リュテカは反射的に直立不動になり、ピシッと指先をそろえて敬礼した。

「よろしい」ビリーアはニヤッと笑ってウインクした。「じゃ、一つ教えといてあげる。あのハゲチャビン、ヴァン・ドランを早々に処刑するつもりよ。ネチッこい男だね。ヴァン・ドランみたいなのは趣味じゃないけど、あのハゲチャビンみたいなのは反吐が出るわ。あ、これは同情じゃなくて、情報よ。どうするかは、自分で考えなさい。じゃあね、バイバイ」



 リュテカの独房を出て、またしばらく上ったり下りたりして、ビリーアがやって来たのは、今度は東の塔と南の塔の間にある独房であった。やはり扉の窓に鉄格子のはまった独房で、ここには表に見張りの兵が立っている。中にはソーナ婆さんがいた。婆さんは簡易ベッドにちょこんと座って、編み物をしている。

「まだエルコに何かメッセージがあるの?」

 独房に入ったビリーアが聞くと、婆さんはチラリと見上げて、

「あんたのタバコと同じだよ。これやってないと手持ち無沙汰でね」

 と言った。そして続けて、

「悪いがリュテカとあんたの会話は聞かせてもらったよ。あんた、あのデル・スールの娘なんだねえ。リュテカといい、あんたといい、傑物の娘ばかりなんだね。娘の方の出来はともかく」

 と言う。

「傑物…」ビリーアは肩をすくめた。「リュテカの親父さんはともかく、あたしの方はどうかしら。あたしから言わせれば、家族のことを顧みないで我が道を言った迷惑親父だわ。そんなに自分のプライドが大事なら、最初から家族なんて持たないで欲しいわ」

「まあ、そんな風に言うもんじゃない。おかげであんただってこうして生きていて、タバコも吸えるし悪態だってつけるんだからね」婆さんは溜息をついた。「まあ、親っていうのはそうやって子供に厳しく裁かれるのが、宿命かねえ」

「…あたしの親父のことは、どうだっていいわ」ビリーアも溜息をついた。「それより、そんな魔法が使えるのなら、ここから脱出するのも、ワケないんでしょ? 本当は」

「本当にそうしたら」婆さんはニヤリと笑う。「みんな困るだろ?」

「まあ、確かに困るけど…」ビリーアは婆さんの顔色を窺う。「一体、何を考えてるの?」

「何も」婆さんは首を横に振る。「物事なるようにしかならない、としか考えてないさ。あんたは信じないかも知れないが、今回の件、あたしゃすべて成り行き任せでね。齢取ってこんなことに巻き込まれるとは思わなかったが、実はちょっとワクワクしていたんだよ」

「…もちろん、信じられないわよ」ビリーアは疑り深そうな顔で言う。「…あんた、こうなること、最初から全部お見通しだったんじゃないの?」

 婆さんは笑って肩をすくめただけだった。そして、

「あんた、その軍服似合ってるね」

 と言った。ビリーアは答えた。

「あたしはキツいから嫌い」

「フウン。軍服がかい? 軍人がかい?」

「両方よ」

「…残念だが」婆さんはビリーアを見上げつつ言った。「エルコの嫁に軍人はごめんだよ」

「リュテカならいいんでしょ?」ビリーアは肩をすくめる。「えこひいきだわ」

「リュテカ、元気だったかい」

「また話を逸らす」ビリーアは鼻で笑う。「話が聞こえるんだから、たいがいわかるでしょ。まあ、私とケンカする位だから、大したことないと思うわ。案外たくましいわね、あの子」

「まあ、リュテカは大丈夫だろうね。それより、あんただよ」

「あら」ビリーアは大げさに驚いて見せた。「心配してくれるの? でも、どうせエルコの嫁さんにはしてくれないんでしょう? どうしようかしらね。こんな生活にも飽き飽きしたし、軍隊で出世したってしょうがないしね。エランドリアからすればあたしなんて売国奴だし。どこかのパルチザンにでも入ろうかしら」

「シルヴァルドに惚れてるんじゃないのかね」

「最初はね」ビリーアは大きなあくびをしながら言った。「でも最近のあの人、何をしたいんだかよくわからないわ。もう大陸制覇ってのが目的化してて、法の下の平等と自由を大陸全土に広めるっていうもう一つの目的は、完全にお留守になってるわ。でもそれでも、陛下は偉大よ。偉大すぎて疲れるけど」

 ソーナ婆さんが笑い出した。

「何よう」ビリーアは顔を赤らめて言った。「そりゃ、別にあたし、陛下の愛人でも何でもないけどさ…」

「悪かったね」婆さんはなおも笑いながら言う。「あたしも昔、同じようなことを考えたもんでね。つい」

「へえ…」ビリーアは不意に好奇心丸出しの表情になった。「あんた、誰かの愛人だったの?」

「エルフリート大王」

「へええ」ビリーアは感嘆した。「大物じゃない。え? 愛人だったの? あたしみたいに片思い、とかじゃなくて?」

「一時は本当に愛し合ったことも…」婆さんは編み物の手を止めて、遠い目になった。「結局、別れたけどね」

「そうよねえ」ビリーアは大げさにうなずく。「国王と魔法使いじゃ、土台ムリよね。その点、陛下はもともと一介の軍人だから、そこんとこ全然大丈夫なのよね。…なのにあたし、何でそうならなかったんだろう」

 ビリーアはまったく『ラクリ・ヴェステの七人の魔女』に思い至らないようだ。ちょっと拍子抜けした様子の婆さんは、ためしに聞いてみた。

「あんた、『ラクリ・ヴェステ』って知ってるかね?」

「何それ」ビリーアが言う。「食べ物? 化粧水? 突然何?」

 怪訝そうな表情のビリーアに対し、婆さんはゲラゲラ大笑いし始めた。

「いや、いいんだよ。合格だよ、ビリーア。さ、こんな婆さん構ってないで、エルコの所に行ってやっておくれ。何だか知らないが、あの子が今日一番落ち込んでるからね」

「何だかんだ言って、エルコが可愛いのね」

「出来は悪くとも、孫は孫だからね」婆さんはペロリと舌を出す。「ま、あんたが行ってやるのが、エルコにとって一番の慰めになるさ。さてと、あたしもリュテカの所に行ってやるかねえ」

 そう言うとソーナ婆さんは、不意に人形のように動かなくなってしまった。ビリーアは婆さんを指でつついた。身体は温かいが、ピクリとも動かず、まばたきさえしない。ビリーアは大きく溜息をつくと、独房を出た。そして、見張りの兵に告げた。

「ここは異常ないわ。お年寄りは、ちょっと疲れて寝てるから、そっとしておきなさい」

 そしてビリーアは、エルコのいる独房へ向かった。



 いきなり目の前にソーナ婆さんがポン! と現れたので、リュテカはひどく驚いた。目を真ん丸に見開いたまま、リュテカは言った。

「…こんなことも出来るのね。だったら、ここから脱出するのなんて、たやすいでしょう」

「今しがたビリーアもおんなじことを言ったがね」婆さんは言った。「あんたらを見捨ててあたしだけ逃げる訳にはいかないよ」

 リュテカはガックリと大きな溜息をつく。

「でも、もう、どうでもいいわ」リュテカは投げやりに言った。「私、いい様に踊らされてただけだわ。…何て馬鹿馬鹿しいんだろう」

 リュテカは自嘲の笑みを浮かべ、それから、目に涙が溢れて来た。婆さんは痛ましそうにその顔を見やるが、それ以上は何もしようとはしない。

「あんたとビリーアの話は聞いたよ。魔法使いなんでね、そういうことも出来るんだ」婆さんは言った。「同情するよ。大人の男たちなんて、ロクなもんじゃない。自分の保身と打算だけだからね。しかしまあ、あんたのおじさんがそれだけで裏切ったとも思えない。今の王政下にあるよりも、進歩的なシルヴァルドの支配下に入った方が国が良くなるっていうのは、政治的に見ればあながち間違いじゃない。確かに今の王政は旧態依然だから、このままでは大きな改革は期待出来ないからね。だけど、ではシルヴァルドの支配下に入ったらバラ色の未来が開けるのかと言うと、そんなこともないだろうね。モンティバルの国民の間にだって、いろんな考えがある。愛国心、郷土愛、それに宗教だ。絶対に一筋縄ではいかないよ。…若い時のあたしは、それがわからなかった。理想は実行すれば、実現できると思っていたんだ」

「『ラクリ・ヴェステの七人の魔女』…」リュテカは呟いた。「…その話、本当に聞きたいんだけど、今は状況が悪いわね。…そのうち、話してもらえる?」

「もちろんだとも」

 リュテカは涙を拭いて、そしてまっすぐに婆さんを見た。

「…彼が処刑されてしまうらしいの。どうしたらいいかわからないの。…力を貸してもらえる?」

 婆さんは微笑んでうなずいた。



 扉の窓から中を覗いたビリーアは、深く大きく溜息をついた。

 エルコが、簡易ベッドの上に膝の間に顔を埋めて、うずくまっている。表情は見えないが、もうその姿だけでエルコの打ちひしがれっぷりが伝わって来る。何とも哀れを催さずにいられない姿であった。

 ここは南の塔と西の塔の間にある独房だった。

 入って来たビリーアの軍服姿を見たエルコは、しばらく唖然呆然とした表情で、見つめていた。さすがのビリーアも、少々照れくさくなって来た。

「似合ってるね」エルコの表情は、みるみるしおれて来た。「やっぱり、君は軍人なんだ。僕とはしょせん住む世界が違う」

「違わないわよ」ビリーアは言う。「今こうして同じ部屋の空気吸ってるじゃない」

「そういう意味じゃなくて…」エルコはハアーッと大きな溜息を一つついて、頭を抱え込む。「僕はいったい何のためにここまで来たんだろう。何の役にも立ってないし、これからも立ちそうにない」

「まだあんたそれ言ってるの?」ビリーアはうんざりして言う。「そんなことないわよ。役に立ったわよ」

「具体的にどんな」

 エルコはジイーッとビリーアを見ている。ビリーアは口ごもってしまった。

「ほら」エルコは言った。「なぐさめはいいよ」

 ビリーアは不意にエルコの襟首を掴んで、その横っ面をピシャッ! とひっぱたいた。

「ああもう、何いつまでもグダグダ訳の分かんないイジケ方してんのよ!」ビリーアはどやしつける。「あんた、自分の目的が何か忘れたの? あんたの目的は、あんたの婆ちゃんを故郷に無事連れ戻すことでしょ? あんたまだ目的のモの字も達成してないじゃない。これからがあんたの正念場でしょ? しっかりしなさいよ」

 エルコは、たった今目覚めたかのように、目をパチクリしていた。

「そうだ。そうだよ」エルコは言った。「僕はまだ、婆ちゃんを連れ戻してないんだった」

「じゃ、もう一回気合を入れてあげる。二度と忘れないようにね」

 そう言ってビリーアがニヤッと笑って手を上げたので、エルコは思わず目をつむった。ビリーアはその手でエルコの顔を上向かせ、その唇に、唇を押しつけた。エルコはビックリして目を開け、そして慌ててまたつむった。エルコの腕はいつしかビリーアの身体を抱きしめ、そして、その腕に次第に力がこもってゆく。

 しかしビリーアは唇を離し、やんわりエルコの身体を遠ざける。ビリーアは微笑んでいた。

「やっぱり、お別れなんだね」

 エルコは思わず言った。ビリーアの口が、開きかけた。その時だった。

「デル・スール中佐殿」表から、声がした。「副官殿から、伝言です」

 ビリーアは扉の方へ行った。    

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