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第11章(その3)

 日の出とともに再開された架橋工事は、洒落ではないが、昼過ぎには佳境に入った。

 それは、リュテカ自身も思っていなかったほどの、スペクタクルな光景だった。

 順繰りに端から組まれていった木材は、複雑なその組み合わさり方によって、お互い支え合い、崖っぷちから5メートル以上突き出しても、その上に人が二三人乗っても、ビクともしないのであった。しかしそれが10メートル以上になると、ミシミシと先端が揺れ始めた。

「リュテカ」婆さんが呼んで耳打ちする。「あの先っぽ、支えなくて大丈夫かい?」

 先程から顔を引きつらせて、揺れる先端を見つめていたリュテカは、「何か出来るの?」と溺れる者はワラをもつかむ、といったように、飛びついて来た。

「魔法でどうにか」婆さんは言った。「ただし、あたしの体力がもてば、だがね。しかしこの調子じゃ、あとまだ半日はかかりそうだね…。エルコを呼んどくれ」

 木材運びを手伝っていたエルコが、婆さんのもとにやって来た。

「あたしを手伝っとくれ」婆さんはエルコに言った。「一緒に、あの揺れてる橋の先っぽが落ちないように、魔法で支えるんだ。出来るかい?」

「エッ」エルコは顔を引きつらせて、橋の先端の方を見やった。「あれを?」

「出来るのか、出来ないのかを聞いているんだよ」

「や、やれって言われれば、やるけど…」エルコの声は次第に小さくなる。「僕と婆ちゃんじゃ、能力差があり過ぎるよ。付いて行けないよ」

「情けないねえ」婆さんは大きく溜息をついた。「じゃ、ビリーアにも手伝ってもらおう。こういう魔法が使えるかどうか、わかんないけどねえ」

 エルコはさらにビリーアを呼んで来た。

「あらまあ、すっかりお見限りだと思ったのに」ビリーアはそうエルコに悪態をつきながらも、うれしそうだ。「こういうの、やったことないけど、やってみるわ。楽しそう」

 突然、ソーナ婆さんとエルコとビリーアが橋のたもとに横並びになって、じっと目をつむって瞑想らしきことを始めたので、親分は面食らってリュテカを呼んだ。

「ありゃ何のマネだ」

「橋の先端の強度に不安があるので、魔法で支えてもらってるんです」

 リュテカは正直に答えた。

「何か小細工しようってんじゃねえだろうな」

「疑り深いのね」リュテカは溜息をついた。「単純に私の考えが足らなかっただけよ。あなたが大事にしてくれてるミニチュアと実物では、訳が違うわ。そこまでちゃんと考えなかった私が悪いの。でも、ああしないと、せっかく造ってる橋が、向こうに届く前に崩れて落っこちるのは確実よ。エラそうに胸張って言えることじゃないけど」

「チッ」親分は舌打ちした。「じゃあ、仕方ねえなあ」

 そして、陽が西にだいぶ傾いた頃…。

 橋の端が…もちろん洒落ではない…対岸に到達した。しかしそれで終わりな訳ではなく、対岸にも、こちらに造ったのと同じ、頑丈な礎の木組みを造らねばならない。対岸まで至った橋の上を、リュテカはじめパルチザンたち、ならびにゲレルと六人の兵は渡って行き、対岸の木を伐って、そこに再び木組みを造っていった。それだけでさらに夜半までかかった。

 そこは特に、いちばん大事な「仕掛け」が仕込まれる場所なので、リュテカは念入りにそこをチェックしながら、作業の指揮をし続ける。その姿はまさに戦場で指揮を執る指揮官そのものの勇姿であった。

 もちろん、橋が対岸に至ったので、三人の魔法使いはお役御免となった。婆さんは涼しい顔だが、エルコとビリーアはヘロヘロになって、その場にうっ伏していた。

「あ、あんたの婆さん、バケモノよ」ぜえぜえ息を切らしながら、ビリーアはエルコに囁く。「こ、こんなしんどい魔法を使って、あんなにケロッとしてるなんて…」

「聞こえてるよ」婆さんが言う。「あんた、修行が足りないね。まだまだだよ」

「だったら」ビリーアも食い下がる。「修行させてよ。あんたん所でさ」

「それが人に弟子入りしようって態度かね」婆さんはチラリと横目でビリーアを見る。「まずはその口のきき方と態度だね。それじゃエルコの嫁には…」

 婆さんは慌てて口を押さえた。

「えっ」ビリーアが喜色を露わに今の言葉に飛びついた。「あたし、口のきき方と態度改めれば、エルコの嫁さんになってもいいの? ああもう改めます改めます。お姑様、先程は失礼いたしました。あ、お姑様ってのは変か。せ、先生…」

「やめな」婆さんはうるさそうに手を振った。「ホラ、リュテカが来るよ。見なよ、あの堂々とした態度。あの子の父親が、アルツィオラに凱旋した時さながらだねえ」

 完成間近の橋を渡ってこちらにやって来るリュテカの姿は、まさにソーナ婆さんの言う通りであった。凛々しく、堂々と、胸を張って、前をまっすぐに見て、リュテカは橋を渡って来る。

 リュテカはパルチザンの親分の前に立った。この親分、悪党なのかも知れないが、リュテカはどこか憎めないものを感じていた。親しみさえ覚えていた。何より、自分の造ったあの橋のミニチュアを、抱いて寝るほど気に入ってくれたのだ。自分のファン第1号かも知れないこの人を、騙すのは忍びなかった。しかしここで上手くこの男を丸め込まなければ、今までの努力が水の泡となる。リュテカは心を鬼にする。

「さて、橋はもう完成同然よ。今私が渡って来たのを見たでしょう? 人が歩いて渡るのには、何の問題もないわ」リュテカは慎重に言葉を選ぶ。「でも、100挺のライフルを運ぶとなると、話は違うわ。みんな、それぞれに銃を持っている上に、さらに100挺ものライフルをいっぺんに運ぶとなると、その重量は相当なものになるわ。橋を造ってから言うのもなんだけど、もしかしたら、その重量に、この橋は耐えられないかも知れない」

「この期に及んで何言ってんだ?」親分は怪訝そうな表情に苛立ちを加えて言う。「銃が運べないんじゃ意味がねえ」

「そこでまた提案があるんだけど」リュテカは言った。「この橋の上に、ここにいる人が全員横一列に並んで、次々と銃を受け渡して行くってのはどうかしら。そうすれば、橋にかかる重量はぐっと減る。それに、対岸に銃を運ぶ時間もずいぶん短縮できるはずよ。100挺のライフルを30人でいっぺんに運ぶのより、ずっと効率的かつ安全で迅速だわ」

 親分は例によってその髭面に、疑り深そうな表情を浮かべて思案している。やがて、親分は言った。

「何か小細工しようってんじゃ…」

「ないわ」リュテカは遮る。「私が誠実である証しを、二つ見せたいと思うの」

「二つ?」親分は眉をひそめる。「何だ」

「一つは」リュテカはヴァン・ドランの方を指さす。「あのヴァン・ドラン少佐を最初に対岸に渡して欲しいの。私もそれに従う。もちろん丸腰よ。銃はあなたたちが持っている。私たちに逃げ場はない。撃ちたければ、撃てばいいわ」

 親分はジッとリュテカを見据えたままだ。やがて、「二つ目は何だ」と言った。

「もう一つは」リュテカはことさら重々しく言った。「あなたの功績を讃えて、この橋にあなたの名前を、命名したいの」

「ヘッ?」二番目の提案に面食らった親分は、素っ頓狂な声を上げた。「俺の名前?」

「そうよ」リュテカは晴れやかに微笑んだ。「この橋が建設された、第一の功績はあなたにあるのだから、それはむしろ当然だと言うべきだわ。今後、この橋を利用する人は、そのたびにあなたの名前を目にするし、あなたの功績を偲ぶことになる。つまり、あなたの名前は歴史に残るの」

 親分は、笑い出した。まんざらでもない、といった照れ笑いが、やがて呵々大笑に変わった。

「いやあ」親分はリュテカの両肩をバンバン叩いた。「おまえさん、女のくせに実に気の利く奴だな。女にしておくのがもったいないぜ。わかった。他ならぬおまえさんの提案、快く受け取ろう。いやあ、こんな清々しい思いを味わうのは、まったく久しぶりだぜ」

「で、あなたのお名前は?」

 リュテカは無遠慮にバンバン叩かれた肩の痛みをこらえつつ、聞く。

「俺か。俺はな」親分は少しはにかんで言う。「ロマン・ピンクトーンって言うんだ」 

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