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第10章(その3)

 三台の荷馬車が崖下に放置されている場所にやって来たのは、ロバに乗った、麦わら帽子をかぶった、小太りの男である。小太りの男は崖下の荷馬車に気付くとロバを止め、周囲を見回した。そして、何かを見つけてロバを下り、山道の路上からその何かを拾い上げた。

 とたんに、背後から「動くな」と声がした。

 男が手を上げて振り向くと、拳銃を構えたヴァン・ドランが、道の下から姿を現した。男は思わず懐に手をやった。たちまちヴァン・ドランの拳銃が火を吹き、男はその場に倒れた。ヴァン・ドランは男の傍らに行き、その身体を爪先で小突いてから、男の手にしているものを拾い上げた。

 それは、先程ビリーアが投げ捨てたタバコの吸い殻であった。




 背後で銃声が響いたが、手を上げたままのビリーアは、もはや振り返らなかった。

「可哀そうに。殺すことはないじゃない」ビリーアは言った。「中尉さん、一つ忠告しとくわね。人の命をあんな風に粗末にする男は、長生きしやしないわよ。男はもうちょっとじっくり選んだほうがいいわよ」

 リュテカは拳銃を振って、ビリーアに黙るよう命じた。この娘、何だか急に物腰が堂々として来た、とビリーアは思った。顔付きも、それまでのあどけなさが急に消えて、目付きなんかすっかり艶っぽくなっている。一言で言うなら、「娘」から「女」になったというところか。そのリュテカの表情がわずかに変化したので、ビリーアはヴァン・ドランが戻って来たのが分かった。

「これは『シルヴァルディア』という、シルヴァルドの政府が出しているタバコだ」タバコの吸い殻をビリーアの鼻先に突き出して、ヴァン・ドランは言った。「シルヴァルドの領内じゃありふれたタバコだが、ここモンティバルじゃ珍しい。これがおまえの通信手段だ」

「調べてもらってもいいけど」ビリーアは薄笑いを浮かべる。「それはただのタバコの吸い殻よ。何も出てきゃしないわ」

「まあ、そうだろうな」

 ヴァン・ドランがそう言った時だった。

「一体どうしたんです」

 上空から声がした。空にホウキに跨ったエルコがいた。山道に降り立ったエルコは、駆け寄って来て、驚きを丸出しにして叫ぶ。

「何があったって言うんですか」

「これだ」ヴァン・ドランはエルコにも、先程の吸い殻を見せた。「これがこの女の通信手段だ」

「だからただの吸い殻よ」ビリーアはあくまで悪びれない。「箱から無造作に取り出して、吸って、捨ててるの。何か連絡するとして、一体どうやってやってるって言うのよ」

 そう、そこよ、と先程からずっとビリーアに銃を向けているリュテカも思った。ビリーアがタバコを使って情報を送っているに違いない、とヴァン・ドランはリュテカに言ったが、その方法が具体的にどういうものかまでは、説明してくれなかったのだ。

「確かにこれは見た目はただの吸い殻だ」ヴァン・ドランは言う。「だがここには、特殊な方法によって、おまえが得た情報が記されているに違いない。そしてそれは、おそらくはシルヴァルド自身のもとに持ち込まれて、これまた特殊な方法で解読されるんだ」

「もったいぶらないで」ビリーアは溜息混じりに苦笑して言う。「あんたが考えたその方法とやらを、言いなさいよ」

「ごく短時間のうちにそんなことをする方法があるか? そんなことが出来る奴がいるのか?」ヴァン・ドランもニヤリと笑う。「…魔法使いなら、それが出来る。この女は魔法使いだ」



 その場で驚いた表情を見せたのは、リュテカだけだった。エルコが特に驚かなかったのには、むしろビリーアの方が驚いた。

「あんた、驚かないの?」

 ビリーアが言うと、エルコは肩をすくめた。

「そんなことなら、薄々感付いてたよ」エルコは溜息混じりに言った。「そのタバコ云々の件は、今初めて知ったけどね。思えば、いろいろ思い当たる節があるもの。まず、僕が魔法使いだとすぐ見抜いたこと。あの場面(作者注 第2章参照)を目撃したからと言って、それをすぐに魔法と結び付けるなんて、普通の人はしないと思う。それから、あの『快楽の起源亭』で、僕の目の前の的のど真ん中に、ダーツの矢を当てて見せたこと。反対側の壁際にいて、店には客だっていっぱいいたのに、あんなに正確に的の真ん中にダーツを当てるなんて、魔法を使わなきゃとても無理だ。それから、あのアバネの森で僕が振り回していたマントの火がいつの間にか消えていたのに、何ともなかったこと。あれはビリーアが結界を作って僕を守ってくれていたんだ。僕の力じゃ結界なんか張れないからね。さらにもう一つ。タヴェルンの駐屯地の中庭で、僕の婆ちゃんがそこにいた人たちを金縛りにしたのに、ビリーアにはあまり効かなかったこと。魔法が一番掛かりにくいのは、同じ魔法使いだからね。あとはそれから…」エルコは言いかけてやめた。「あとはもういいや」

「よくまあ細かく列挙してくれたこと」ビリーアは呆れて首を横に振る。「こういう時はねえ、黙っているものよ。あたしの危機なんだから。…まあでも、しょうがないわね、今さら。じゃ、エルコ、今あんたが言ったことの答え合わせをしてあげる。まず問1。これはバツ。あんなこと、勘が良ければ誰だってわかるわよ。問2。これもバツ。あれは魔法とは関係のないあたしの特技なの。ハッキリ言って魔法より得意。問3。これはマル。確かにあたしはあの忌々しいヒルの森で、あんたや少佐の上に結界を作ったわ。でもあたしはあんたの婆ちゃんほど凄くないから、あの森を抜けるまで、あんたたちの上に結界を張っておくのが精一杯。あんたの婆ちゃんみたいに、あのタヴェルンの駐屯地の中庭みたいな広い空間に結界を張るなんて、あたしにはとても無理。あんたの婆ちゃん、口は悪いけど、大した魔法使いだわ。それから問4。これはサンカクね。あんたの言うとおり、確かに魔法使いに魔法は掛かりにくいけど、それだけであたしやあんたが金縛りに掛からなかった訳じゃない。あんたの婆ちゃんは、ちゃんとあたしたちに魔法が掛からないように手加減してたんだよ。だって、あのゲレルには何の魔法も掛かってなかったじゃない。エルコ、あんたがあの時ちょっと気が遠くなったのは、単にあんたの修行が足りないからよ。それをあんた、とっさだったから婆ちゃんも手加減出来なかったとか何とか、言ってたでしょう。あんたもね、自分の婆ちゃんを年寄り扱いしたいみたいだけど、正直あたしから見ても、あんたなんかあの婆ちゃんの耳クソほどの実力もないわよ。…まあ、いいわ。それから、今エルコが言いかけて言わなかったこと。デンキウナギの件ね。もし普通の人間があんなショックを受けたら、死んでるわね。あ、何をしたかは言わないわよ。それはエルコとあたしのヒ・ミ・ツ。あんたたち二人だってさんざん人に言えないコトしてんだから、おあいこよ。フン。答え合わせ、以上。四問中一問正解じゃ、とても合格とは言えないわね。さあ、もう後は煮るなり焼くなり、好きにして頂戴、色ボケのお二人さん」

 長々とまくしたてたビリーアは、そこまで言うと、手を上げたままプイッと横を向いた。

「あの…」エルコが言った。「ちょっと話が…」

「何?」

 苛立たしげに顔を向けたビリーアに、エルコは「いや、ビリーアじゃなくて」と手を振り、ヴァン・ドランの方を見た。

「この先で、パルチザンが立ち往生してるんだ。渓谷に掛かる橋が落ちたらしい」

「何だと」ヴァン・ドランが血相を変えて怒鳴る。「なぜそれを先に言わん!」

 エルコは身をすくませた。

「ウッ…」

 ヴァン・ドランが左肩を押さえて、うずくまった。リュテカが「大丈夫!?」と叫んで慌てて寄り添う。ヴァン・ドランの顔は蒼白になっていた。リュテカがその額に手を当てた。

「…ひどい熱」

「ハハ…」ヴァン・ドランは脂汗を滲ませながら、ニヤリと笑う。「おまえのせいだ」

「そうやって何でも女のせいにするのね」リュテカは鼻白んで言う。「さっきの銃声、聞こえたかも知れないわ。…それも私のせいにする?」

「ああもう」ビリーアが呆れて口をはさむ。「痴話ゲンカしている場合じゃないでしょ。奴らがこっちに来るかもよ。隠れなきゃ。エルコ、奴らが来るとしたら、どの位かかりそう?」

「そうだな。ここから山道が恐ろしく急になるから、早くても一~二時間ぐらいかな」

「じゃあ、充分逃げれるわね」

 ビリーアが言うと、リュテカが「待って」と言った。

「橋が落ちた、って言ったわね」リュテカはエルコに聞いた。「どんな橋だかわかる? どの位の長さがあるか、とか」

「ずーっと上空から見ただけだから…」エルコは思い出す。「どんな橋かはよく分からないけど、谷の幅は、多分、20メートルはあったかな…」

「渓谷の幅がそれ位なら、多分吊り橋ね」リュテカは得心が言ったように一人うなずくと、言った。「…では、武器を捨てて、投降しましょう」 


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