第9章(その7)
内通者が開けた門から乱入したパルチザン『北東解放同盟』は、約三十名であった。彼らは営倉に行ってゲレル他六名の兵士を解放し、同時に、車庫に納められていた三台の荷馬車を引っ張り出した。もちろん、駐屯地内からは兵たちがわらわらと出て来て、たちまち銃撃戦となった。
「婆さんはどこだ」ゲレルが中庭で叫んでいた。「婆さんを探せ」
そこにエルコとビリーアが、タヴェルン城の庭園から駆けて来た。
「アッ、ヤバい」
ゲレルの姿を見つけたビリーアは慌ててストップしてUターンしようとしたが、遅かった。
「待てッ」ゲレルの鋭い声が飛ぶ。「手を上げろ」
エルコとビリーアはそろって手を上げる。その上空に、ホウキに跨ったソーナ婆さんがふわりと飛んで来た。ゲレルは、拳銃はエルコとビリーアに向けたまま、上空の婆さんに言う。
「この二人を殺されたくなければ、大人しく我々と来るんだ」
「あれまあ」婆さんが呆れ顔で言う。「軍の将校が、盗賊の仲間かい」
「盗賊じゃない。パルチザンだ」ゲレルは言う。「我々は同志だ」
ビリーアは思わず目をつむって、ブツブツお祈りを唱えていた。南無三、こりゃもー駄目だ。あのバーサンが、エルコはともかく、あたしなんぞ助けてくれる訳がない…。
ソーナ婆さんはフワリと地上に降りると、「これ持ってな」とホウキをエルコに放った。
「その辺から無断借用した奴だから、ちゃんと返しといておくれ」婆さんはエルコにそう言うと、ゲレルに向き直った。「あたしが行けば、この子たちに手を出さないと誓うかい?」
「ああ、いいだろう」
ゲレルは言った。婆さんはさらに念を押す。
「絶対だね。あたしゃこういう約束をキチンと守らない奴は嫌いなんだよ」
「ああ。絶対だ」
ゲレルは深くうなずいた。その時だった。
「余計な手を出すんじゃないよ」婆さんが一喝した。「これ以上余計な犠牲を出すんじゃない」
ゲレルの背後に、ヴァン・ドランとリュテカの姿があった。言うまでもなく、ヴァン・ドランは上半身裸に包帯を巻いた姿、リュテカに至ってはバスローブ姿であった。ヴァン・ドランは拳銃を構えたまま、その場にじっと立ち尽くしている。その傍らでリュテカも、同じように立ち尽くしている。婆さんは眉間を押さえて「やれやれ」と溜息混じりに首を振る。
ハッとして振り返り、ヴァン・ドランに拳銃を向けたゲレルにも、婆さんは一喝する。
「よしな。あんたが一発でも撃ったら、あたしゃ行かないよ」婆さんはさらにゲレルに言う。「大丈夫、そいつらは撃たないよ。あたしが保証する」
ゲレルは疑わしげな目でヴァン・ドランたちを見やった。ヴァン・ドランは拳銃を構えて突っ立ったままだ。ゲレルは拳銃を下げたが、ヴァン・ドランはそのままだ。
「では、行くぞ」
ゲレルは婆さんを促す。婆さんはうなずき、立ち尽くしたままのリュテカに言った。
「すまないね。あんたの任務を中途半端に終わらせちまう」そして、もう一言。「あんな話、しない方が良かったかねえ。ちょっとあんたには薬が効きすぎて、副作用が出ちまったようだねえ。まあ、ちゃんと服を着な。風邪ひくよ」
ゲレルは婆さんに拳銃を向けたが、たちまち一喝された。
「そんなことしなくても、あたしゃ行くって言ったら、行くんだよ!」
こうして、婆さんはゲレルに連行された。婆さんは、すでに馬をつながれてある荷馬車の一台に乗せられた。ゲレルと六人の兵の他、パルチザンの連中は三台の荷馬車とともに、たちまち門から出て行った。
ドサリと音がして、ヴァン・ドランとリュテカがその場に倒れた。ビリーアとエルコは倒れた二人の方に駆け寄った。二人はよろよろと身を起こしていた。
「一体、どうしたの?」リュテカは頭を振りながら言った。「急に体が動かなくなって…。目は見えてるし、ソーナさんの声も聞こえていたのに。そしたら、今度は急に、気が遠くなって…」
「婆さんの魔法だよ」
ビリーアが言うと、エルコがうなずく。
「そうだよ」エルコはこともなげに言う。「婆ちゃんは僕たちの周りに一時的に結界を作ったんだ。だから僕たちに弾が当たらなかったんだ。そして、あなたたち二人は一時的に金縛りにしたんだ。とっさに掛けた魔法だから、婆ちゃんでもちょっと加減が出来なかったみたいだ。僕も少し気が遠くなった位だし、ビリーアも同じだったんじゃないかな?」
エルコがチラッと見やると、ビリーアは「うん…」とうなずく。
「婆ちゃんは、凄いんだよ」エルコは溜息混じりに言う。「僕なんか、こんな魔法使えないよ。でも婆ちゃんの力は、こんなもんじゃない。婆ちゃんは凄過ぎるから、自分の力を非常に限定された形でしか使わない。こんな風に使うのは、例外だよ」
言い終わると、エルコはホウキに跨った。
「ちょっと、あんた、何してんの」
ビリーアが言うと、エルコはもの憂げに、
「奴らの後を追うのに、決まってるじゃないか」
と言い、ふわりと舞い上がった。
「えっ、あんたも空飛べるの?」
ビリーアが驚いて声を上げると、エルコはまたこともなげに、
「一応魔法使いだからね、これでも」
と答えた。ヴァン・ドランがよろよろと身を起こした。リュテカも、その身体を支えるように、一緒に立ち上がった。ヴァン・ドランにエルコは言った。
「大丈夫、ちゃんと戻って来るよ。心配しなくても」
ビリーアがエルコに言う。
「ねえ。あたしも連れてってよ。ここに置いてかれると、もの凄く気まずいんだけど」
「悪いけど」エルコは空中から言う。「僕、ホウキの二人乗り、苦手なんだ。…じゃ、愚図愚図してられないんで」
ふわーっとエルコは空高く垂直に舞い上がり、満月の中に一瞬そのシルエットが映って、すうーっと北東の方向へ、夜の闇の中へ、消えて行った。
「あ…あ…あ…」ビリーアはその方向に向かって振るでもなく右手を上げていたが、やがて、ガックリ下ろした。「行っちゃった…」
それから大溜息をついてその場にドスンと腰を下ろしたビリーアは、忌々しげにヴァン・ドランとリュテカに言った。
「もういい加減、みっともないから二人とも着替えてらっしゃいよ。もう賊も婆さんも行っちゃったんだから、慌てることないでしょ。まったく、こんな時に何してるのよ。信じられないわ」
すると。
上空にホウキに跨ったエルコの姿が戻って来た。やがて降り立ったエルコに、ビリーアは拍子抜けした顔で言った。
「もう戻って来たの?」
「ああ」エルコはケロリと言う。「婆ちゃんが編み物してるのが、見えたからね」




