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4-1:召喚師たちの邂逅

この作品は【Die fantastische Geschichte】シリーズの一つです。設定資料集、【FG 0】と合わせてお楽しみください。

「……そこな童、我が見えておるのか」

 小さな僕の世界に、不思議な人が現れた。初めて見るその人は今にも消えてしまいそうで、それでも人間のような姿の男性だということは分かった。僕の知っている人間で、彼のように半透明な人も、二本の角が生えた人も、背に黒い蝙蝠のような翼を持った人もいなかったから、たぶん人間じゃないんだろうと思ったんだ。

「見えてると、おかしいの?」

「声も聞こえておるか。……おかしいことはない。少しばかり珍しいだけだ」

そう言うと彼は紅い瞳を少し細めて笑ったようだった。長く真っ直ぐな髪も輪郭のぼやけた服も黒くて、まるで黒い霧みたいだなんて僕は考えていた。

「召喚師の才があるのか。消えゆくばかりかと思っていたが、運には見捨てられていないらしい」

 どうやら消えてしまいそうだと感じたのは間違いではないみたいだ。地面にほとんど這い蹲っていた彼は少し体を起こして、傍でしゃがんでいた僕に目線を合わせる。たったそれだけの動作が辛いようだった。

「童よ、そなたに頼みがある。……我と契約してくれぬか」

「けいやく?」

 意味の理解出来なかった僕に、彼はゆっくり説明してくれた。契約とは、対価を払う代わりに彼の力を借りること。対価は僕の身体に彼を間借りさせること。彼は自分の身体を失い、魂だけの状態なのだという。このままでは消えてしまうから、身体を取り戻すまで契約で命を繋ぎたいのだと。その代わりに契約している間、僕の願いをできる範囲で叶えてくれるらしい。

「我の持てる全てで以て、そなたを守ろう。契約破棄の権利も、召喚師たるそなたに有る。我が契約を違えたならば、その時は切り捨てるがよい」

 合わせた目を逸らさず、彼は真剣な顔をしていた。話をしている間にも彼の姿はどんどん暈けてゆく。それでも急かすことなく、僕の答えを静かに待ってくれた。

「いいよ。……でもその前に、お願いがあるんだ。契約は絶対にするから、嫌だったら断ってくれていいから」

 助けてほしいと言われて、断る気なんて最初から無かった。僕の願い事は一つだけあって、でも契約だからって叶えてもらうのは嫌だった。交換条件じゃない、純粋なお願い。


「僕の、友達になってください」


【Die fantastische Geschichte 4】


――――――――――


【4-1:召喚師たちの邂逅】

 その日、アルカディア城は朝から騒がしかった。といっても城中が騒然としていたのではなく、ごく一部がひっそりと慌てていただけなのだが。

「駄目だ、どこにもいらっしゃらない」

「女官たちは何をしていたんだ。今日は王子の休息日だから目を離すなと言いつけておいたのに!」

「『それじゃあ気が休まらないよ。遠くには行かないから安心して』だそうだ」

城内を隅から隅まで走り回った男たちは、一人の報告した言葉に一斉に溜息を吐く。彼らが捜している王子は、どうやら城を抜け出したらしい。このような事態はこれまで何度もあったのだが、男たちは毎回律儀に城の中を捜索していた。一国の王子が臣下に黙って城下に繰り出すなどまさかないはず、という淡すぎる期待を捨てきれずにいるのだ。

「城で大人しくしてくださるなら、見張りなど付けませんよ! ただでさえ『病気がち』でいらっしゃるのだから、もう少し外出は遠慮してくださらないと困るのに」

「……休息日以外は外出なさらないのだし、大目に見るべきか。諦めてお帰りを待とう」

 城の外にまで探しに行くつもりはない。絶対に見つけられないまま、先に王子が自分から戻って来ることは学習済みだ。「病弱気味な王子」の脱走を防げないことに関して、休息日だけのことだから、と周囲はほとんど諦めの境地に至っている。

「今日はどちらに行かれたのかねぇ、我らが第三王子様は」

 窓の外に広がる城下町、せめてそのどこかに居てくれと願いつつ、男たちはまた溜息を吐いた。


 大勢の人々が行き交い、賑やかな日常の音で満たされた城下町。そこかしこで客引きの文句が飛び交う商業区の一角に、旅人や戦士が必要とする治療薬等の消耗品を扱う店がある。その店の軒先で、控えめなくしゃみの音が上がった。

「おうおうどうしたエド。風邪でも引いたかぁ?」

「さあ……誰かが噂しているのかも」

 店主にエドと呼ばれた青年は困ったように笑いながら、ちらりと白亜の城を振り返る。昼のアルカディア城は豪奢ではないが気品のある佇まいで、陽光を浴びて白い外壁が輝く様は誰もがうっとりとするような美しさだ。城の方を見た青年の様子に、店主は合点がいったという顔をしている。

「違いねぇ! どうせお前さん貴族の嬢ちゃんらの憧れの的なんだろ? 憎いねぇ」

「まさか。たぶん噂しているのは心配性な家人だよ」

「まぁた謙遜しちゃってよぉ。美形で若い貴族の騎士さまに惚れない娘っ子がいるもんか!」

店主は否定する青年の主張も聞かず、豪快に笑いながら囃し立てる。店主の言い分は当たらずとも遠からず。黄に近い金色の髪と若葉を思わせる緑色の瞳は、穏やかな物腰と対比するかのように鮮烈で、整った顔立ちを更に際立たせている。無骨で安物の鎧は立ち居振る舞いに表れる育ちの良さのせいで、青年が上流階級の出であることを隠しきれていない。

 それらの理由からこの店主は、初めて来店した時以来青年を「貴族家出身の騎士」として扱っているのだが、その部分に少しだけ誤りがある。それを指摘できない青年は、そのように言われる度に申し訳なさを感じていた。

 青年は「エド」としか名乗っておらず、店主は彼の本名を知らない。知っていれば今のように気さくな態度では話してくれないだろう。

(貴族じゃなくて王族だって訂正できたら、罪悪感無く話せるんだけどな)

 エドウィン・ルネ・アルタイル。それがアルタイル王国第三王子である、青年の名であった。


 店を出てエドウィンが向かったのは人気(ひとけ)の無い路地だ。目的地は城壁の向こうに広がる平原なのだが、問題は検問である。王都アルカディアは城郭都市であり街全体を城壁と堀に囲まれているため、内外を行き来する者達は検問所を通らなければならない。兵士たちが人物や物品の出入りに日夜目を光らせているのは頼もしいが、お忍びで出歩いているエドウィンにとっては厄介なことだった。いくら「病弱なせいで」公の場に王子として姿を現したことが無いとは言っても、万が一顔を知っている者がいたら城に連れ戻されてしまう。よって彼はいつも検問所を通らずに外へ出ていた。

『……起きてるかい? 転移をお願いしたいんだけど』

 狭い路地に身を隠し、エドウィンは己の内側へと意識を向ける。声に出さず話しかけた相手は彼の親友。その親友はいつも「そこ」に居るのだ。

『起きていると分かっていたから、外出したのだろう。今日は調子が良い。心配せずとも転移魔法程度で眠りはせぬ』

耳で音を捉えるのではなく、頭に直接流れ込むようにして聞こえてくる親友の返事に、エドウィンは安堵の笑みを浮かべる。転移魔法ならば城壁の向こう側まで一瞬でこの場から行けるのだが、エドウィン自身は使えないため親友に頼まなければならない。だがエドウィンの内側に居る親友は、訳有って魔力を消費し過ぎると眠りについてしまう。起きているだけでも消耗するため、必要な時に力が無くなっていることもあるのだが、今日は大丈夫のようだ。

『それなら安心したよ。辛いなら今日は止めておこうかと思ってたから』

『我はそなたの(しもべ)ぞ。遠慮は要らぬと言っているだろう、エドウィン』

『それは嫌だっていうのも僕はいつも言ってるよ、サタン』

 控えめなエドウィンの言葉に親友――サタンは面白がって己の立場を主張する。召喚師と、契約を交わした被召喚者。主と従者とも言い換えられるその関係を、エドウィンはあまり良く思っていない。対等で在りたいというエドウィンの考え方に、サタンも珍しいと言って面白がりはすれど了承している。彼らの間には、契約による絆とは別の友情があった。

『ククッ、少しからかっただけだ。許せ友よ。……では行くぞ』

悪びれることなく告げられた謝罪と共に、現れた魔法陣がエドウィンの足元で一瞬淡い光を放つ。誰にも見られることなく、一人のような二人は街を出た。


――――――――――


 エドウィン達が街を出たのと同時刻。一人の少女が平原にて魔法の発動を試みていた。

「〈風の娘よ、我が声に(いら)え。契約の下に汝を召喚す〉」

少女の眼前に複雑な陣が描かれる。強い力を放つそれに、少女は緊張と期待を込めた眼差しを向ける。が、

「〈出でよ〉……〈出でよ〉! ……ああもう! エリアル、さっさと来なさいって言ってるでしょ! なんで無視するのよ!」

何も起こらないまま、魔法陣の光は薄れていく。仕舞には、ぽすん、と間抜けな音を立てて完全に消滅してしまい、少女は地団太を踏みながら召喚に応じなかったエリアルを罵倒する。

「ちゃんと詠唱もしたのに、相変わらず非協力的なんだから! 召喚師の求めに応じないなんて契約違反よ!」

召喚師リゼル・トラヴァータは誰もいない空間に向かって怒りをぶつけ続けた。契約を交わした相手を上手く従えられないというのは、召喚師にとって致命的なことである。リゼルはこうして召喚の練習をしているのだが、彼女の契約相手のうちエリアルは呼び出しにすら反抗する始末だ。これでは戦闘時などに召喚しても助けてくれないだろう。

「未熟だと思うなら修行を手伝ってくれてもいいじゃない! 馬鹿! 人でなし! サイッテー!!」

「ええと……よく分からないけど、ごめん」

 一通り叫び終えたリゼルは聞こえてきた声に目を見開く。先ほど不発に終わった魔法陣のあった場所に、エドウィンが立っていたのだ。彼の認識では転移魔法で平原に到着した矢先、見知らぬ少女から罵詈雑言を浴びせかけられたことになる。理由は分からないが怒っているリゼルに対して、エドウィンは困惑気味に謝罪する。リゼルは一瞬呆然とした後何が起こっているかを理解し、真っ赤になって勢いよく首を左右に振る。

「あ、あなたのことじゃないの! 人が来るなんて思わなくて……っていうかあなた誰? いつからそこにいたのよ」

慌てて否定したリゼルだったが、話すうちに冷静になったのか疑問を呈する。空色の瞳を胡乱げに細めて不機嫌を表したのは照れ隠しだ。失敗して悔しがるという醜態を初対面の人物に見られたかもしれないと思うと気が気でない。だがリゼルにとって幸いにも、エドウィンは途中からしか見ていなかった。

「僕はエド。ついさっきここに来たんだけど、目の前に君がいた上に第一声が『馬鹿』だったから驚いたよ」

「それはごめんなさい。本当にあなたのことじゃないから、気にしないで。……あ、私はリゼルよ」

 肝心の場面は見られていないと分かり、リゼルはほっと胸を撫で下ろす。エドウィンも怒らせるようなことはしていなかったと知って安堵する。何とも絶妙なタイミングで出会ってしまったものだ。

「ねえ、いきなり現れたってことは、転移魔法でも使ったの? あなたそのナリで魔術師?」

「転移魔法ではあるけど、使ったのは僕の友達なんだ。君はどうやら本職の魔法使いみたいだね」

 騎士然とした格好のエドウィンが転移してきたことに、リゼルは興味を示す。転移魔法は高度な魔法なので、彼が使用したのならそれなりに実力のある魔法使いでもあるということになる。エドウィンはリゼルの問いに苦笑しながら否定し、逆にローブと杖といういかにもな格好をしている彼女へ確認する。

「そうだけど、もっと言うと私は召喚師なの。もちろん魔術も修めてるけどね」

「召喚師!? すごいなあ、初めて会ったよ」

リゼルは自慢げに手を腰に当てて宣言する。召喚魔法は最も高度な魔法とされており、天性の素質が無ければ使えないため、召喚師と名乗ることができるのは魔法使いの中でもごく僅かだ。リゼルの知る召喚師が他に一人しかいないこともあって、彼女は貴重な人材であることに高いプライドを持っている。未熟ではあるが召喚師だと名乗ればいつも賞賛されてきた彼女は、続くエドウィンの言葉に得意げな表情を凍りつかせた。

「僕は一人としか契約していないけど、君は召喚師を生業にしながら魔術も修行しているんだろう? 本当に凄いな」

「……あなた、召喚師なの?」

「召喚魔法の素質は一応あるんだ」

 エドウィンは心の底からリゼルを褒めているが、彼女の心中は穏やかではない。今まで居なかったライバルとなりそうな人物。表向き余裕の笑みを浮かべながら、その実力を計ろうと必死で彼に問う。

「一人としか契約してないなんて、今まで何をしてたの? 誰かに師事したりしてなかったの?」

「うーん……特に何もしていないんだ。僕はそもそも召喚師より騎士にならないといけないから。今のところ召喚魔法の修行をする暇は無いかな」

「そ、そうなの。勿体無いけど、他にすることがあるならしょうがないわね」

エドウィンの答えに表面上は残念そうな反応を返すが、本心としてはそのまま召喚師の道は諦めてくれと願っている。ライバルは一人でも少ない方が良いのだ。一方でエドウィンはリゼルの言葉に裏があるなどとは考えていない。完全に彼女を召喚師として貴重な才能を開花させている、努力家の少女だと認識していた。

『サタン、彼女に召喚魔法を教えてもらうのはどうかな。そしたら君だけに頼らずに済む』

『やめておけ。そなたの場合は我一人で十分だ。それにその娘の邪魔にもなる』

『名案だと思ったんだけど、仕方ないか。確かに修行の邪魔をしては駄目だよね』

『……ククッ、そうだな』

 エドウィンは修行の邪魔になることを懸念し、リゼルに教えを乞うことは止めておこうと決める。リゼルは自分の地位を脅かしかねない相手に警戒し、必死で潰しにかかる。傍観していたサタンは両者の思惑を理解した上であえて黙っている。


 三者三様、それぞれが口にしない考えを抱きつつ平原に立つ。それらの全てが明らかになるのは、もう少し先の話である。


【Die fantastische Geschichte 4-1 Ende】


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