その後のアギト
チルリットが街で暮らしていた間の別視点話なので本編を読まれていないと意味が分からないところがあるかもしれません
その連絡を受けたとき、シオンは珍しく一家そろっての夕食をとっていた。まだ前菜の途中ではあったが、アギトは火急の用だと言ってシオンを呼び出す。
「なんだ」
中座して部屋を出てきたシオンは眉根を寄せている。
文句の一つも言いたいところだろうが、火急の用ということで不機嫌そうにアギトの言葉を待っている。
「街に向かわせていたものからチルリットさまが行方不明になられたと連絡が」
言葉を最後まで聞こうともせずに、シオンはそのままルルを呼びつけると屋敷中の使用人の招集を命じた。
別室に街の地図を広げさせ、街の外へ続く街道6つすべてに使用人たちを手分けして向かわせる。
しばらく地図を眺めていたシオンだが、外套を羽織る。
「どちらへ?」
「東の街道がベイリュートへ通じている。噴水公園からも比較的近い。そこへ向かう」
ベイリュートは王都に次いで大きな街だ。人を売り買いするにはそれなりの規模の街でないとということを見越してのものであろう。
「シオン様、お待ちください。お食事の途中です」
「ルル、お前は芝生公園で皆の報告を待っていろ。僕は東の街道を確認後芝生公園へ向かう」
止めようとしたルルを一喝し、シオンは屋敷を飛び出す。何か言いたそうなルルに目配せし、アギトもシオンの後に続く。
だーから言わんこっちゃない。
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チルリットが屋敷を出たことをアギトがルルから報告を受けたのはいなくなった翌日のこと。
「止めなかったんですか?」
少し咎める様な口調になっていたかもしれないアギトに、ルルは無表情に自分は口を出す立場にはないのでと言った。
「そんな…………」
なんということだ。
俺の婚期が遅れるではないか。
ルルやシオンから聞き出した情報によればシオンはチルリットのためを思って屋敷から出したらしい。屋敷で不自由な生活を送っている自分とは違って普通の子供のように普通に生活させてやりたかったのだと思われるがひねた子供らしい、実に浅はかな考えだ。
大事なものは覆って隠してだれの目にも触れさせないことが定石なのに。
案の定シオンは一月もたたないうちにチルリットのことが気になってしょうがないらしく、では自分が見てきましょうかとアギトが水を向けるとホイホイ乗ってきた。
それならさっさと迎えに行けばいいのに、一体何を意地になっているのか。
まあそれなら意地を張る余裕すらなくしてしまえばいいと、アギトは少々話を盛って報告することにした。
「本日チルリットさまはヒリトと待ち合わせをして学校へ向かいました。通りで待つヒリトにチルリットさまは軽く手を上げ、笑顔を向けて、一緒に並びまるで恋人同士のように」
「ちょっと待て、その報告にはアギトの主観が混じっているではないか。もっと客観的に報告しろ」
「申し訳ございません。一般的に周りから見た感じとして述べてしまいました。そういえばわたくしうっかり報告をし忘れておりましたが、チルリットさまとヒリトはシオン様が留守をされている間に出会われたのですが」
「それは知ってる。出会ったんじゃなくて知り合ったんだろう」
不機嫌そうに書斎机を爪でコツコツと叩いているシオン。
「はい、そのときにヒリトはチルリットさまを後ろから羽交い絞めにして」
「は?がいじめ……」
更に不機嫌な表情で小さくつぶやく。
「羽交い絞めとは後ろから抱き締めるような形で」
「そんなことは知っている!」
机をたたくシオン。
「…………ちょっと稽古に付き合え」
「かしこまりました」
「本日店番をしていたチルリットさまのもとにヒリトが客として来店。楽しそうに談笑しているときにヒリトがチルリットさまの作られたケーキを頬張ったところむせたヒリトの背中をチルリットさまは優しく撫でさすっておられました」
「…………」
「本日チルリットさまが共同の井戸に水汲みに向かっていたところヒリトがやってきて手伝われておりました。わたくしの読唇術によると、桶を代わりに持ってもらったヒリトに「すごーい。ヒリトってすごく力もちなんだね」「こんなもん全然重くないし。いつでも代わりに持ってやるから」「ありがとう。ヒリトってとっても頼りになるのね」といったような会話をされていました」
「…………」
「シオン様本日の報告を」
「もういい。ヒリトの話なら聞きたくない」
「そうですか。では」
「ちょっと待て。本当にまたヒリトの話なのか?」
「はい、まあ。チルリットさまの交友関係は決して広くはないので……。お聞きになりたくないのでしたらわたくしはこれで。失礼します」
「……報告だけ聞く」
こんな会話が繰り返されること一年。よくもまあ意地を通したものだ。もしかしてプレイとして楽しんでいたのでは?と勘繰るほど。
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カーニバルだからか大通りほどではないが裏通りもそれなりに人がいたが、シオンの迫力に気圧されたのか皆道をあけてくれたので思ったより時間もかからずに街はずれに着くことが出来た。
さすがに祭りの真っ最中しかも夜に出立するような者もそう多くなく、街道付近は人影もまばらで、閑散としている。その中で一つの荷馬車がゆっくりと出立しようとしているのが見えた。近くには道化者の姿も見える。
まあ怪しいと言っては怪しいが。
「シオン様はここでお待ちください。少し様子を見てまいります」
「必要ない。あいつだ。捕えておけ」
息を整える間もなくシオンは飛び出すと、馬車に駆け寄ると馬に鞭を入れている男を殴り倒す。
えええええええええ!
いきなり!?
違ってたらどうするんだ?
突然のことに呆気にとられていた道化者がはっと我に帰る前にアギトも素早く動き、当て身を食らわしその場に転倒させ動けないように関節をきめる。
その後の指示を仰ごうと顔を上げるとシオンはこちらを見ようともせずに荷台を探っている。殴り倒された男が起き上がりシオンに向かっていく。
ああ、ぼっこぼこにされて再起不能になった。
大きな麻袋を担ぎあげるとそのままさっさと去っていくシオン。
おーーーーい。
いや、まあ、いいですけどね。
後片付けは使用人の役目ですし。
アギトは荷台にあった縄を使い気絶している男と道化者と一緒に縛り上げ、事情を説明し警備兵につきだす。
ぐるりと回り道をして顔見知りの使用人を見るたびに無事解決したことを皆に知らせ屋敷に戻るように伝言を頼む。
到着した芝生広場にはたくさんの人が思い思いにくつろいでいる。
「ルル」
たくさん人がいるのになぜだろう、いつも彼女のことはすぐに分かる。まあ周りがまったりと寛いでいる中背筋を伸ばし直立しているから目立っているともいえるが。
「シオン様は?」
アギトの言葉にルルが無言で視線を向けた先に巨大な袋と向き合うシオンの異様な光景が。
「さっさと出してあげればいいのに」
「照れくさいのではありませんか。落着したようですのでわたくしは街に散らばる使用人に声をかけて屋敷に戻らせます」
「あ、東の使用人にはもう声をかけました」
「ありがとうございます。ではまたあとで」
その場を去ろうとしたルルの手を思わず掴む。
「どうかしましたか?」
「ええと、あとで部屋に来てください」
「遅くなりそうですが」
「構いません」
ルルは視線をさまよわせた後、無言のまま小さく頷き、広場から去っていく。
その後ろ姿を見送って、シオンに視線を向けると、いつの間にやら袋から出ているチルリットとなにか言い合っていたかと思ったらシオンが押し倒している。
あー。まあ。そうなるよねー。
久しぶりの再会だし。
周り中の注目を浴びている中で熱烈にくちづけを交わしている主人を離れたところで座ってしばらく眺めていたがいつまでたっても終わらないし、あれ以上のことをこんな衆目の中でされてはルルが怒るだろうし。アギトはやれやれとため息をついて立ち上がる。
全く手間のかかる子供たちだ。
まあ、とりあえず婚期の大幅な遅れがなくなっただけでも良しとするか。